2020-05-16

小森収・編「短編ミステリの二百年1」


かつて江戸川乱歩は『世界短編傑作集』を編みましたが、本書は乱歩が扱わなかった種類のクライム・フィクションもひっくるめて短編ミステリの歴史を概観してみよう、という趣旨のアンソロジー&評論、その第一巻です。収録されている作品が全て新訳というのがいいですね。なお、タイトルに「二百年」とあるので19世紀前半から始まるのか、と思ったのだが、そこまでは遡りません。
本書全体の三分の一を占める評論は東京創元社のウェブサイトに毎月連載されていた「短編ミステリ読みかえ史」(現在はブログに移行されて「短編ミステリの二百年」として継続中)がベースになっています。

この一巻目のラインナップはちょっととっつきが良くないかも。ミステリ・プロパーといえそうなのがコーネル・ウールリッチくらいであって、他はジャンル外の書き手によるミステリ要素を含んだ作品ばかりなのだ。
その分、抜群の切れをもつものがいくつも読めます。ミステリのアイディア部分というのは、どうしても時代が経つと古びてしまうので、そこに寄りかかった作品で百年も昔のものとなると、面白く読むのはなかなかしんどい。
ここで選ばれている作品の多くは意外性だけに頼ったものではなく、結末に持っていくまでの語りや構成の巧さ、演出による驚きが感じられるものが多いです(中には、ちょっと長閑過ぎやしないか、というものもありますが)。

個人的に一番印象が強かったのはリング・ラードナーの「笑顔がいっぱい」かな。ミステリではないでしょうけど。解説ではいやいや、これは悪徳警官ものですよ、なんてありますが。そう考えるなら山口雅也あたりがアンソロジーに採ってもおかしくないか。すごく簡潔、なのにぐっときます。
それからウィリアム・フォークナーの「エミリーへの薔薇」は有名作品でゾンビーズの曲名にもなっています。結末に辿り着いたとき、それまでに描かれていた場面に隠れていた感情までが立ち昇ってくる、という効果が素晴らしい。
あと、最上のウールリッチ作品「さらばニューヨーク」は流石というか。ただひとり混じったパルプ・ライターならではの強烈な個性ですね。

この一冊に限っていえば、トリックや謎解きが主眼ではないミステリの面白さ、なので読む人は選ぶかもしれません。