2023-04-22

ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ「恐ろしく奇妙な夜」


『赤い右手』のジョエル・タウンズリー・ロジャーズ、その中短編集。
ロジャーズには米国内で21世紀になってからまとめられた作品集がふたつあり、本書はそれらから選ばれた六作品で構成されている模様。


「人形は死を告げる」 海外から予定よりもだいぶ早く帰国したものの、家には妻がおらず、どうやら旅行に出かけたようなのだが、というお話。
熱を帯びた語りが不穏な先行きを予感させるのに、読み手の思惑はことごとく外していく展開。扇情的な章題も、それが内容を反映したものと思えない。じりじりと不安を高めていった末に唐突に明らかになる真相(しかも、推理によってだ)は、伏線らしきものがあるにもかかわらず、完全に虚を突かれた。他に類を見ない種類のミステリではあります。抜群。

「つなわたりの密室」 130ページほどある中編で、施錠された殺人現場から犯人が忽然と姿を消す、という不可能犯罪もの。
癖の強いキャラクターがやたらに多く、なかなかとっつきにくい(もっともこれが煙幕にもなっているのだけれど)。ミステリとしては色々突っ込みたい天然なところと、ダブルミーニングを利かせた描写など計算を感じさせる部分が共存、大胆なつくりの謎解きミステリになっている。とはいえ、これは個人選集だからこそ許容できることであって、普通に考えれば無いぞ。思わず「嘘やん」と叫んでしまった。だからこそ面白かったのだが。

「殺人者」 本書のなかでは最も短く、それゆえプロットも比較的にシンプルながら、迫力のあるクライムストーリイ。
仕込まれているツイストは徐々に見えてくるようになっているのだが、ここでも妙に不安にさせる語り口、本筋に関係あるのかわからないが熱をもって語られる挿話などによって疑心暗鬼にさせられ、最後まで油断できない。これが確かな計算によるものなら凄いのだけれど。一般的な基準ならこの短編がベストか。

「殺しの時間」 作家志望の男が巻き込まれた、ある事件。
妄想か事実かが判りにくいエピソード、メタ性があるのかないのか微妙な書きぶりにまたしても惑わされる。落としどころは割とまともなスリラーというか、あえてパルプ・マガジンの流儀に則った感があります。

「わたしはふたつの死に憑かれ」 ラジオドラマの脚本担当者のところに持ち込まれたのは、自分が昔、関わった事件を題材にしたと思しい実話小説だった。
設定にはどうかなあ?と思うところもあるけれど、そこを受け入れてしまえば意外なくらいうまく構築されており、トリッキーで切れのいいミステリ。これもいいですな。

「恐ろしく奇妙な夜」 本作品集で唯一のSF短編。この作品の初出が1958年で、他がみな1940年代後半の発表と、これだけ10年から離れています。そのせいか妙なところはないけれど突出したところも感じられなかったな。だって、この語り手は信用できてしまうもの。


表題作だけ少しテイストが違いますが、あの『赤い右手』の作者という期待に十分に応えてくれた作品集でした。他の作品も読みたいね。