2023-02-14

リチャード・ハル「伯母殺人事件」


1934年発表のデビュー作だそうです。
昔から倒叙ものの古典として『殺意』、『クロイドン発12時30分』と並び称されるのがこの『伯母殺人事件』ですが、わたしは三作品のどれも通ってこなかったのであります。個人的に推理の興味が希薄なミステリはあまり読みたくないのですが、まあ現物に当たれば意外といけるかも、という気の迷いが起こって手にしてみた次第。

ストーリーはかなりシンプル。ごくつぶしの若者が(育ての親である)口やかましい伯母の殺害を企てる、というもの。倒叙なので、そのいきさつを日記にしたためる、という形式が取られています。

語り手の若者、エドワードというのはどうしようもない、知的ぶったろくでなしです。仕事につかず伯母さんのすねをかじりながら暮らしていて、周りの人間を自分より知性や品位の低い田舎者として内心、見下している。そして、自分の行動がそれらの人々に迷惑となっても気づかす、伯母からは再三、その事実を指摘されるものの、プライドの高いエドワード君は素直に認めようとはしない。
そんな彼が犯罪を企てるのだが、実際にはそれほど利口というわけではなく、そもそも労働を嫌悪しているために仕掛けがとても雑で、うまくいかない。そこのところに皮肉やとぼけたユーモアが感じられ、家庭内のねちねちしたやりとりを中心に描かれているのに重くならず、読みやすいものになっています。

失敗を重ねるうち、伯母自身も向けられた殺意に気付いている素振りを見せはじめるのだが、エドワードはそれをはっきりと認めようとしない。この、自分にも見えているはずの現実を棚上げにし、状態の取り返しがつかなくなるまで都合のいい妄想を続けていく感じがたまらん。幼児的ではあるけれど、とても現代的だ。

さて、ミステリとしての肝の部分なんですが、これは残念ながら古びてしまっていて、現代の読者だと予想が付きやすいもの。最後のセンテンスなど、なるほど綺麗に決まっているけれど。
しかし、この最後の章は誰のために書かれたのだろう。そのところを深読みしていくと面白い。なにしろ、伯母さんはエドワードの文章に対しても検閲を行った、というのだから。全体が信用できない語り手による創作、といえないか。

一般に倒叙ものというのは前半に犯行に至る過程が描かれ、後半になると警察らの手によって事件が解決される、その行き筋のサスペンスや、万全に見えた計画の中に生まれた齟齬の意外性などが読みどころだと思うのだけれど、そういう点でこの作品は破格ですね。
なんでしょう、枠におさまらない犯罪ユーモア小説というところか、とても英国らしい。