2023-03-26

麻耶雄嵩「化石少女と七つの冒険」


ベルム学園の古生物部、神戸まりあが学園で起きる殺人事件を解決していく連作、その第二弾。シリーズの前作『化石少女』が出版されたのが2014年、今作の第一章が雑誌掲載されたのはその五年後と、結構インターバルが開いている。
前作はまりあの大胆すぎる推理が事件の真相を何故か射抜いてしまうが、それは間違っていると後輩の桑島彰がなんとか、まりあを言いくるめる、そういう構成であった。今作の最初のほうでも、まりあと彰の関係性は以前からのものを踏襲しているけれど、ミステリとしては随分と違ったものになっていると思う。

まず、前作『化石少女』では事件それぞれに手の込んだトリックが用意されていたけれど、今回はそれがない。複数の人物の意思が交錯することで、真相が見え難くなっているケースばかりだ。当然、解決も複雑なものになってくる。それを緩和するためか、推理合戦の形式が導入されてくる。学園のヘンリー・メルヴェール卿を自称する生徒が登場するのだ。そして何より前作と違うのは、まりあの推理自体が、まっとうかつ鋭いものになっていることである。
結果、受ける印象は洗練されたパズルであって、麻耶雄嵩にしては落ち着いたものだ。それでも「古生物部、差し押さえる」での盲点を突いた手掛かりや「化石女」で最後に明らかにされる伏線の質は実にこの作者らしいし、「彷徨える電人Q」における犯人絞り込みのロジックはとてもスマートであります。
一方で連作としては、ワトソン役である桑島彰自身の物語、その比重がどんどん大きくなっていく。ワトソンが手掛かりをコントロールすることで解決を限定する、その度合いもよりあからさまであって、すでにフェアプレイは放棄されているようでもある。

「面白いけれど、この作者にしてはちょっと普通っぽいなあ」と思いながら読んでいると、連作最後の「禁じられた遊び」に至り、いつもの「え、どういうこと?」となる感覚が襲ってきます。それもただ読者を引っかけるためだけのトリックでなく、本書全体のテーマと結びついたかたちで使われているのだから、その衝撃は凄い。

いやいや、おみそれしました。
麻耶雄嵩は健在でした。

2023-03-21

The Land Of Sensations & Delights: The Psych Pop Sounds Of White Whale Records 1965-1970


2020年に米Craft Recordingsより出たホワイト・ホエールもの。Craft RecordingsというのはConcord傘下のリイシュー・レーベルで、現在はVarèse Sarabandeの親レーベルでもあるよう。
編纂に当たったのはアンドルー・サンドヴァルで、マスタリング担当はダン・ハーシュ。1人(1グループ)1曲という縛りを設けているようなのが、以前取り上げた同種のコンピレイションと違うところ。全26曲中、Varèse Sarabandeの「Happy Together」とは2曲が重複、Rev-Olaの「In The Garden」とは7曲、「Out Of Nowhere」とは5曲の重複があります。トータルだと半数以上になるか。しかし、それ以外の曲にはこの盤しか再発がないものも多いです。

副題に「サイケ・ポップ・サウンズ」と付けられているように、選曲からは(タートルズのものを除外した上で)生きのいいローカルなガレージ・ロックから手の込んだサイケ・ポップまで広く採られている一方、落ち着いたテイストのミドル・オブ・ザ・ロード的なポップスは外されています。
その中で、ちょっと毛色の違うのがクリス・ジェンセンによるホリーズのカバー “I Can’t Get Nowhere With You”。制作はスナッフ・ギャレットとリオン・ラッセルのチームで、ゲイリー・ルイス&プレイボーイズと共通するようなキャッチーなティーンエイジ・ポップに仕上がっていて、これはこれで悪くない。

1960年代後半におけるLAポップの流行をオブスキュアなシングル盤で表現しながら、一枚全体の流れが弛みなく構成されているのが美点であって、このあたりがアンドルー・サンドヴァルのセンスですね。一見さんはタートルズも入った「Happy Together」、ポップス寄りの好みなら「In The Garden」の方がいいかもしれませんが、両者とも既に入手が容易ではなくなりつつあるのが困ったところ。

ところで、この盤にはひとつミスがあって。24曲目にはバスター・ブラウンというグループの “The Proud One” が収録されているはずが、ジョニー・シンバルの書いた “Sell Your Soul” が入っているのですね。とてもいい出来なのだけれど、いったいこの “Sell Your Soul” が誰のヴァージョンで、どこから紛れ込んだのかがわからない。

2023-03-11

Out Of Nowhere: The White Whale Story Volume 2


2004年に出た、Rev-Olaによるホワイト・ホエールのコンピレイションの続編。ボリューム1の「In The Garden」がソフトサウンディングなポップスを中心にして編まれていたのに対して、こちらはガレージ・サイケな味付けのものが多くなっております。そういう曲の中だとクリークの “Superman” がよく知られているかな。後にREMがカバーした曲です。

シングル1、2枚しか出していないグループがさらに多くなり、レアリティという点での価値のあるコンピレイションだが、「In The Garden」の落穂拾いという感もありますね。
で、こちらの方で一番いいと思ったのはドビー・グレイ。ケニー・ノーラン作の ”Honey, You Can't Take It Back” はゲイリー・ゼクリーがプロデュースした軽快なポップ・ソウル。トニー・マコウリィ辺りを思わせる出来です。もう一曲の ”What A Way To Go” も都会的で洒落たミディアムに仕上がっています。


クリスマス・スピリットというのはシングルを一枚だけ作った即席グループで、タートルズのマーク・ヴォルマンとハワード・ケイラン(後のフロー&エディですな)、モダーン・フォーク・クァルテットのサイラス・フライヤーとヘンリー・ディルツ、バーズのジーン・パーソンズとグラム・パーソンズ、それにリンダ・ロンスタットらからなる(らしい)。面子を聞くと、ちょっとしたスーパー・グループではあるが、それらの名前はクレジットされているわけではなく、全員がシングルの両面に参加しているわけでもなさそう。プロデュースはMFQとタートルズ両方に関わりのあるチップ・ダグラス。
A面に当たる “Christmas Is My Time Of Year” は後期タートルズの演奏にゲスト・シンガーが入っている、という風な曲で、実際にタートルズのシングル集にも収録されている。
もう一方の“Will You Still Believe In Me” はストーン・ポニーズにいたボブ・キンメルの書いた曲。チップ・ダグラスとリンダ・ロンスタットによるデュエットで、タートルズ組は参加していないそうだ。“Will You Still~” の方はこの盤でしか聴けないのかな。

2023-03-08

In The Garden: The White Whale Story


2003年、英Rev-Olaより出されたホワイト・ホエールのコンピレイション。
編纂に携わったのは後に同じCherry Red傘下でNow Soundsを立ち上げ、サンシャイン・ポップのいいのをばんばんリイシューするスティーヴ・スタンリーで、選曲も彼の個性が感じられるもの。タートルズの曲をあえて外した上で、ポップな曲を選りすぐったものになっていて、前回に取り上げた「Happy Together (The Very Best Of White Whale Records)」との重複はわずか一曲にとどまっています。

まあ売れはしなかったものの良い曲が目白押しですな。
クリークの "Soul Mates" はのちにパレードを結成するスモーキー・ロバーズ作。内省的かつ華やかで、とても好み。コーラス部分の展開など、なるほどパレードそのものだ。
また、トリステ・ジャネロもここでは落ち着いていて都会的なものが選ばれています。とくにこの盤のタイトルにもなっている "In The Garden" はセルメン・フォロワーの影も形もないクールなアンビエンスのもので恰好いい。
そしてニノ&エイプリルの、デヴィッド・ゲイツ作 "You'll Be Needing Me Baby" と、これもメロウ極まりない選曲。
もっとも、この辺りは単体でのリイシューもされているし、良くて当然、といえなくもない。

シングル・オンリーのもので目に付くものを挙げると、ライム&サイベルはウォーレン・ジヴォンがいたデュオだが、ジヴォンが首にされたあと別のソングライターが “ライム” となって出したシングルは両面ともカート・ベッチャーのプロデュース。いかにも彼らしいハーモニー・アレンジが聴けます。オールドタイミーな曲調の "Write If You Get Work" が気に入りました。
更に良いのがコミッティという、アル・キャプスとセッション・シンガーのスタン・フェイバーによるスタジオ・プロダクトによる "If It Weren't For You"。これは「Happy Together~」に入っていた "California My Way" のB面曲で、シングルとしてはラジオでA面の方をかけさせるために、わざわざ逆回転にして収録されていたという代物(タイトルも "You For Weren't It If" と、さかさにしてある)。ここではもちろん、正常なかたちで聴けるわけですが、いやいや、なんて勿体無いことをしていたのか、と思うくらいのグレイト・サンシャイン・ポップ。ソルト・ウォーター・タフィーあたりが好きなひとは気に入るのではないかな。作曲はホワイト・ホエールのスタッフ・ライターであり、自分たち名義のシングルも出しているダルトン&モントゴメリー。

他にも聴きものとして、ニコルズ&ウィリアムズ作の "Do You Really Have A Heart" と "We've Only Just Begun"、それぞれ最初期の録音があります。"Do You Really~" を歌ったのはのちに "Drift Away" をヒットさせるドビー・グレイ。"We've Only Just Begun" はスモーキー・ロバーズが歌い、自らプロデュースしたもの。どちらもメロディを尊重し、暖かみのあるつくりで、よろしくてよ。

2023-03-07

Happy Together: The Very Best Of White Whale Records


わたしの所有するホワイト・ホエールのコンピレイションのうち、一番古いものがこれで、米Varèse Sarabandeより1999年に出されたもの。
マスタリングはダン・ハーシュ、ビル・イングロットらが担当。収録された全21曲中、20曲がモノラルというのもいいですな。シングル曲を中心に編纂されたというか、そもそもシングル・レコードしか出していないひとも多いようだ。

ホワイト・ホエールというのはタートルズを売り出すために作られた会社で、他にヒット・レコードをコンスタントに出せるタレントを確保できなかったため、タートルズのキャリアとともに閉められた、と考えていいでしょう。その活動期間は1965~71年となります。
この盤でもタートルズは “It Ain't Me Babe”、”Happy Together”、“Elenore” が入っていて、まあ手堅い選曲ですな。

タートルズ以外の曲はフォーク・ロックを軸にしつつ、ソフトサウンディングなものからガレージィなロックンロールまで満遍なく、という感じ。知られたところではニノ&エイプリル、リズ・ダモンズ・オリエント・エクスプレス、ゲイリー・ゼクリーのブレインチャイルドであるクリークなんかがあって、このあたりはやはり聴いていて楽しいですが、おや、トリステ・ジャネロが入ってないのね。

ホワイト・ホエールは活動期間の後半になると、外部のプロダクションによる制作物を買い上げてリリースというものが多くなっていったようです。その辺りになるとサウンドの傾向がばらばらで、特有のセンス、カラーといったものが感じ取れないですね。このコンピレイションはレーベルの活動を一望できるようにちゃんと編集したせいで、かえって面白みが損なわれてしまっているのかもしれません。現在ではホワイト・ホエールの編集盤は他にも出されているので、これを無理して手に入れることはない、そう言いたいところだが。
オブスキュアなものでおそらく未だに他ではリイシューされていない曲が結構、含まれているのですよ。中でもコミッティという名のアル・キャプスらによるスタジオ・プロダクト、それによるフィフス・ディメンションのカバー “California My Way” が、ハーモニーが強調されたつくりで爽やか、なかなかいいです。

2023-03-06

ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル「禁じられた館」


会社社長のヴェルディナージュは郊外にある広壮な屋敷を購入することにした。だが、その契約書にサインする直前、何者かによる脅迫状が届けられる。
「命が惜しかったら、マルシュノワール館から直ちに立ち去り、二度と戻ってくるな」
ただの悪ふざけだ、と笑い飛ばしたヴェルディナージュ。しかし屋敷に住み始めた一か月後、鍵の施錠された扉の内側で、二通目の脅迫状が発見されるのだった。


1932年にフランスで出た長編。屋敷に入るのを目撃された人物が殺人事件の直後、その姿を消してしまうという、バリバリの不可能犯罪ものです。

事件の舞台となるマルシュノワール館はいわくつきで、これを建設させた銀行家は獄中で死亡、そして代々、そこに住もうとする者のもとには脅迫状が舞い込んできた、と。最初の買い手はこれを無視し続けた末に射殺死体で発見され、それ以後の所有者たちは脅迫状が届くと、みな館から逃げ出してしまった。
面白いのはこの屋敷が建てられてまだ5年しか経っていないことだろう。不可能犯罪は起こるけれど、中世の亡霊や怨念がどうとかいう話ではない。実際に生きている誰かが悪意を向けてきている、ということはずっと明確だ。この辺りの人工性の強さは(キャラクターの口調の強さとともに)フランス・ミステリらしさではあるか。

殺人事件を担当するにあたった警官、検事代理、予審判事それぞれが独自の推理をもって異なる人物を犯人もしくは共犯者と目するに至る。しかし、依然として犯人がどうやって屋敷から消えたかはわからない。そして物語が三分の二まで進んだところでエルキュール・ポアロをさらに気取り屋にしたような私立探偵が登場する、という具合。
展開そのものは凄く王道のもの、です。ただ、容疑者が二転三転するディスカッションは1932年ということを考えると、相当にねちっこいのでは。

最終的に明らかにされるトリックは現在からすればそこまで驚くものではないにせよ、容疑者絞り込みのロジックがいいし、何よりも指摘されてはじめて気付くが、充分にフェアである意外な手掛かりが素晴らしい。あと細かいところで、単なる捨てトリックと思われたものにも意味があった、というのもセンスがいい。

フランス・ミステリには肩透かしなものもありますが、これは堂々たる謎解きミステリです。文句なく面白かった。