2017-05-20

Van Morrison / The Authorized Bang Collection


ヴァン・モリソンがゼム脱退後の1967年に、バート・バーンズのBangレーベルに残した音源集の3CD。記載はされていないものの、リイシュ-を手掛けたアンドルー・サンドヴァルによればマスタリングはヴィク・アネシーニが担当したらしい。
タイトルに「Authorized」とありますが、Bang録音のうち当時リリースされたアルバム「Blowin' Your Mind!」より後のものはモリソンのあずかり知らないところで勝手に出されたものだったということ。今回のリリースではヴァン・モリソンが分量のあるライナーノーツを寄せているので、本人がオーソライズした、ということなのでしょう。

ディスク1は「THE ORIGINAL MASTERS」とあり、17曲が収録。8曲目までは「Blowin' Your Mind!」そのままの曲順で、残りは1970年代にBangよりリリースされた「The Best Of Van Morrison」や「T.B. Sheets」に入っていた曲などからなります。
これらの曲の多くはCD化の際にはリミックスが施されていました。それが、今回は全てオリジナルのステレオ・マスターをソースにしています。オリジナルのミックスは演奏が左右にはっきりと別れ、センターにボーカルが配置されるという、いかにも'60年代らしいもの。ドラムとベースが片チャンネルに寄っているわけですが、聴いていてそれほど違和感を覚えることはありません。この辺りはバート・バーンズのセンスでしょうか。

改めてこれらの曲に接してみると、R&B色の強い曲での重量感はさすがにバート・バーンズという感じで、ここで聴ける "Madame George" には「Astral Weeks」でのものとはまた違った魅力があります。バーンズが作り、ソロモン・バークが歌ったディープソウル "Goodbye Baby (Baby Goodbye)" がファンキーなミディアムに生まれ変わっているのもいい。
一方で、いくつかの曲のサウンドからはフォーク・ロック期のボブ・ディランに通ずるものを今回聴いていて感じました。そして、"Joe Harper Saturday Morning" ではその両方の要素がうまく絡みあって、ヴァン・モリソンならではの音楽になっていると思います。

ディスク2は「BANG SESSIONS & RARITEIES」。シングル・ヴァージョンふたつに、アウトテイクが13トラック(うち未発表とクレジットされているのが10トラック)という構成。
アウトテイクではラフで生々しい雰囲気や、完成形とはアレンジの違うところが多く見られるのが面白いところで、"Brown Eyed Girl" の初期ヴァージョンでは印象的なイントロ・リックが未だなかったりします。また、"He Ain't Give You None" の固まりきっていないような、どこか茫洋とした感触も好みですし、"Joe Harper Saturday Morning" はリリースされたものと比べると、よりワイルドなロックンロールでこれも格好いい。

ディスク3は「CONTRACTUAL OBLIGATION SESSION」。バート・バーンズが急逝し、レーベルを離れることにしたモリソンが契約義務を果たすために行ったレコーディングで、これまでブートレグやハーフ・オフィシャルといった形では何度もリリースされてきた音源。内容はギターをかき鳴らしながら思いついたフレーズを歌っているだけで、まあ2、3回聴けば十分というものですね。


ヴァン・モリソン自身によるライナーノーツによれば「Blowin' Your Mind!」はアルバムと意識してレコーディングしたわけではなく、四枚のシングルを制作しているつもりだった、だからB面用の出来のよくないものもあるよ、とのこと。あと、このときのセッションは凄くいい感じだったけれど、残りの録音はミュージシャンも違っていて、あまりよくなかったようです。正直ですな。
バート・バーンズに対してはもう、絶賛していますね。

2017-05-14

横溝正史「獄門島」


もう、いまさら大していうこともないぐらいの作品でありますね。再・再読くらいです。
金田一耕助ものとしては二作目の長編で、『本陣殺人事件』完結後に間を置かず雑誌連載が始まり、翌年の1948年に完結。『本陣~』は戦前を舞台にしていましたが、『獄門島』作中ではそれから九年経過しており、発表時期とさほど離れていない年代のお話になっています。

ミステリとしては童謡殺人の趣向を見事に日本に移し変えてみせたプロットは勿論、他にも西洋産のトリックをうまくアレンジしているのが見所ですね。特に、有名な「気ちがい」の科白は元を知っていると余計に感心させられる。
また、複雑な犯罪計画もさることながら、犯行の事後処理を人目についている、もしくは他人がそばにいることをわかった上で行っている点、これが凄く大胆で好みです。
そして、事件全体の底を抜いてしまうような(ある程度予想はつくけれど)残酷で皮肉な結末がなんともいえません。旧いかたちの日本の終わりを見事に描いた、とも思います。

現代のものさしで測ると手掛かりに後出しっぽいものがあるし、犯罪の細部にも無理筋なところが見られるのは事実ですが、そんなことは問題にしないほどにアイディアが豊富で、楽しめました。論理遊戯のためだけに創られた悲劇の島、それを成立させた雄大な構想には流石、のひとことです。
あと、やっぱりセンスがモダンですねー。

2017-05-07

アガサ・クリスティー「カーテン」


いくつかの互いには全く無関係に見える殺人事件。しかし、ポアロによればあるひとりの人物がそれぞれの事件の関係者と知り合いであったり、あるいは事件の起きたときに近隣に住んでいたというのだ。そして現在、その人物はスタイルズ荘に滞在している。体が衰え、もはや自分の力で歩くこともできなくなったポアロはそれでも新たな事件を未然に防ぐべく、旧友であるヘイスティングズを呼び寄せた。


エルキュール・ポアロ最後の事件。発表は1975年だが、実際に執筆されたのは1940年代のはじめというから『五匹の子豚』なんかが出た頃、クリスティもまだまだ脂の乗っていた時分ですね。
舞台はデビュー作と同じスタイルズ荘で、懐かしき相棒であるヘイスティングズによる手記、というかたちをとっています。ヘイスティングズは1937年の『もの言えぬ証人』より後の作品には出てこなかったので、38年ぶりの再登場となります。

ポアロには最初から犯人がわかっているが、証拠はない。だから、誰が狙われているのかを見極めなければならない。ミッシング・リンクもののような設定ですが(『ABC殺人事件』の真相の一部にも触れています)手掛かりがない上にポアロはいつにもまして自分の考えを明らかにしないので、途中における推理の興趣には乏しいです。ヘイスティングズがただただ疑心暗鬼になるばかりなのですが、サスペンスを感じさせる展開で十分に読ませます。

ミステリとしては奥行きのある真相が非常に読み応えのあるもの。会話のはしばしに潜んだ伏線やダブル・ミーニングもとても手が込んでいて楽しい。キャリア末期に書かれたあれやこれやとはエラい違いだ。
一方で、恐るべき真犯人のキャラクターや、巧緻極まりないはずの犯罪方法には全く説得力が感じられません。あるいは、このテーマはクリスティには描ききれないものだったのかも。

ともあれ、ポアロの最後にふさわしいだけのプロットを持つ作品だとは思います。面白く読みました。

2017-05-05

Ray Davies / Americana


ここ十日ほどはこればっか聴いている、サー・レイ・デイヴィスの新作。
10年ぶりの新作だというのだが、間に企画物のアルバムがあったので、そんなにインターヴァルが開いたという気はしないな。

タイトルがアメリカーナで、バックの演奏はジェイホークスなので、まあそういうサウンドです。とんがったところのないオルタナカントリーというかフォークロック。しかし、コンク・スタジオで制作したせいか、はたまたレイ・デイヴィスのセンスか、それほどアメリカアメリカしていない、ちょっと湿り気を残したような手触りになっています。キンクスで似た雰囲気のものを無理くりに探すと「Lola versus Powerman~」に入っていた "A Long Way From Home" あたりになるかな。

女性ボーカルが大きくフィーチャーされているものが2曲ある。こういうのは「Preservation Act2」以来となるか。特に5曲目の "A Place In Your Heart" なんてアレンジもあいまってスタックリッジみたいだ。この軽味は現在のレイ・デイヴィスのボーカルでは表現できないものなのだろう。
また、アコーディオンが効いた "The Invaders" という曲からはロニー・レインのスリム・チャンスあたりを思い出したりしました。

いくつかラウドなギターが鳴っている曲もあるけれど、全体には年齢相応なのかとてもレイドバックしたアルバムですね。最初聴いたときには、うわー凄い地味じゃん、と思ったし、気が付いたら引っ掛かりがないまま一枚が終わっていました。
それが、何度も繰り返し聴いているうちに良いメロディは満載だということがわかってきた。2曲目の "The Deal"、3曲目の "Poetry" やラストの "Wings Of Fantasy" なんてレイ・デイヴィス節炸裂、といった感じでファンとしてはたまらないっす。

相当なヴェテランになっても「存在感」とか「深み」みたいな実態の判然としないものに頼らず、しっかりと楽曲とアレンジを練りこんでくる。新たな試みも忘れない。つまりは現役だということだ。商売っ気に欠けるのはもうしようがないか。いいアルバムです。

2017-05-01

ハーラン・エリスン「ヒトラーの描いた薔薇」


13作品を収録、うちひとつが初訳となる短編集。

作品は発表年代順に並べられているけれど、初期の頃の作品の出来はそれほどではない。モチーフの広げ方がシンプル過ぎるという印象を受けます。
「ロボット外科医」 機械の発達により人間が疎外されていく、というテーマの作品で、今見ると古びてしまっているな。キャラクターが中途半端にリアリスティックで共感が持てなかった。
「恐怖の夜」 これは普通小説。主流マーケット向けに書かれたものですかね。非常にしっかりと書かれているのだけれど、面白かったのかというと、言葉に窮してしまう。物語の締め方に少し個性が感じられるくらいか。
「苦痛神」 神話的イメージと生活感をダイレクトに結び付けたSF。よく考えなくてもそんなたいしたことは言ってないのだが、この大げさでもったいぶったところもエリスンらしさか。
「死人の眼から消えた銀貨」 アンダーグラウンドのO・ヘンリーといった具合かな。切れ味の良い語り口が見所かと。

「バシリスク」 現実の社会問題を背景にしながらも、仕上がりはすさまじい。怒りと暴力。無慈悲な神による壮絶なファンタジー。
「血を流す石像」 非常にパワフルな新時代の生命譚。アタマからケツまで持続するテンションがすごい、とりあえずそれだけなのだけれど。これと「バジリスク」からはもっともらしく、もったいぶったクソに対する猛烈な嫌悪も感じられる。

「冷たい友達」 〈地球最後の男〉テーマを扱った、しかしへんてこなお話。語り口こそぶっきらぼうだけど、奇想に富んでいて、しかもロマンティックでさえある。
「クロウトウン」 これは奇譚というのがふさわしい異様な物語。都市の日常と異界がマンホールひとつで繋がっている。トンネルと子宮というのは珍しくもないアナロジーだが、物語のきっかけと結末がリンクする、そのかたちがとてもエグい。
「解消日」 シンプルなアイディア・ストーリーながら、キャラクターの属性がよくある物語とは逆であることで、希望が感じられるものとなった。この辺りはうまいな。

「ヒトラーの描いた薔薇」 あらゆる道徳・倫理、もしくはシステムがはらむ虚偽に対する怒り、それを説教臭くないかたちで描いた一枚の(しかし広大な)絵画。才気走ったような冒頭から一転、抑えた筆致が素晴らしい。
「大理石の上に」 作中でラヴクラフトやポーの名が出され、ゴシック的な道具立てを持つ作品。登場する巨人はギリシャ神話のキュプロクスを思わせるけれど、物語の結末ではむしろ別の存在であったことが示される。
「ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ」 異世界を舞台にして、どこへとも向かうのかわからない展開の末に明らかにされるセンス・オブ・ワンダー。イメージの広がる瞬間が実に決まっている。
「睡眠時の夢の効用」 本邦初訳となる作品。前半は心理スリラーのようで、じっくりとした描写がとても効いている。ファンタスティックながら痛切極まりない作品で、現実的な結末がなんともいえない余韻を残す。この作品が一番気に入りました。

昨年出た『死の鳥』と比較すると全体としてはやや地味で、華麗なレトリックがこちらを圧倒するようなところはありませんが、その分、この作家の多面的な魅力を楽しむことができるのではないかしらね。