2022-05-22

レオ・ブルース「レオ・ブルース短編全集」


「わしは当てずっぽうから始めて、それから推理と捜査を行って、自分が正しいことを立証した」(62ページ)

待ちに待った一冊ですが、タイトルが短編全集とあるのでごついもの、例えば創元推理文庫の日本探偵作家全集や『月長石』みたいなのを勝手に予想していたのですね。それが実際に手に取ってみると400ページ弱と、普通の分量の本でした。収録作品は40編あって、ひとつを除きそれぞれ10ページあるかないかのごく短いものばかり。B・A・パイクというひとの書いた序文(これがとてもよくまとまっている)でも「これらの短編に作家が執筆した当時に成し遂げた以上のものを望むのはばかげている。これらは日刊新聞のために書かれ、その目的は束の間の気晴らしである」と述べられていて、これでは読み応えのあるミステリは期待できないか、と思ったのが正直なところ。

実際の作品に当たってみると、読者にもわかる手掛かりや伏線に基づいた推理が展開されるようなものはあまりなく、まず真相を思いついて、それを裏付けるために捜査をすると証拠が出てくる、といったものが殆ど。そんなことぐらい警察がちゃんと捜査していれば早い段階で分かっていたはずじゃ? というものも多いです。それでも各編には興味を引く謎がありますし、ハウもしくはホワイに意外性が備えられ、それらが明らかにされる顛末はそれなりに楽しく読めます。

収録作品のうちおなじみビーフ巡査部長ものが14編。これらにはいつもの少しだけユーモラスで皮肉な語り口があり、読み物としての楽しみもあります。
中では「手がかりはからしの中」の捻った殺人方法と意外な手掛かりがユニーク。「一枚の紙片」には、ほんの小さな手掛かりから真相を推測していく面白さがある。「鶏が先か卵が先か」にはこの紙幅でよくこんなトリックを入れたな、という驚きも。
また、近年になって発掘されたという「ビーフのクリスマス」のみ、30ページ近くの量があって、プロットの密度が高いです。仕掛けにはクリスティ的なテイストもあるかな。
さらには未発表だったという作品でも、「死後硬直」は結構の整ったフーダニットになっています。ある程度の複雑さや誤導も備えていて、トリッキー。

ビーフのほかには探偵役としてグリーブ巡査部長が登場するものが11編。グリーブはあまり性格的な書き込みもなく、淡々と事件を解決していきます。キャラクターの個性を薄くしている分、構成の自由度も高くなっているかと。
そのグリーブものでは「捜査ファイルの事件」が一番気に入りました。気の利いた伏線、意外性の演出がいずれも綺麗にはまっている。もう少し書き込めれば、凄い短編になったかもしれない。
反対に「沼沢地の鬼火」では、謎とその解決の形式をとらないことで、かえって完成度が高いミステリになっているようであります。また、未発表作の「ご存じの犯人」も謎解きのかたちはとっていないが、洗練を感じさせる伏線が実に素晴らしいです。

残りの作品はほぼ、クライム・ストーリーですね。倒叙のものが多く、皮肉な結末をどう決めるかに力が入っているように思います。
中では、要素を削りに削ってスマートにまとまった「九時五十五分」が気に入りました。ミステリ的には「手紙」での見えない人、のちょっと変わった(そして効果的な)使い方が面白かった。また、「ルーファス──そして殺人犯」は明白な事件を語り方で謎の物語に仕立て上げた一編で、悪くないと思います。

出来不出来はあるのですが、ごく短い話ばかりなので気楽に読むことができました。帯には「パズラーの精髄がここに」などと書かれていますが、そこまでの期待をしなければ、レオ・ブルースという作家の持ち味が感じ取れて、楽しい作品集だと思います。