2009-06-28

獅子宮敏彦「神国崩壊 ― 探偵府と四つの綺譚」

中国をモデルにした架空の王朝を舞台にした連作ミステリ。過去に起こった事件を書き記した書、という設定の4つの短編を、作中現実のパートが物語の初めと終わりで挟む、という構成になっています。

個々の短編は非常によく出来ています。不可思議で魅力的な謎と、それにしっかり応えるだけの大きな真相が用意されていて、ミステリとしてのスケールがでかい。新たなトリックメーカーあらわる、という感じですよ。
更には、それらを包む異世界の構築が素晴らしいし、物語も線が太くて読ませます。
と、言うことないんだけれど、謎が物語によく融けこんでいる分、せっかくの奇想の印象が薄いものになっている、という気も個人的にはする、贅沢なはなしだけれど。
というかミステリ読んでる気がしないのね。ファンタジーみたい。むろん良く出来た、ね。

そうした迫力ある短編部分に対して、外枠の物語の方は随分さらっとしたもの。会話文もラノベみたいで軽いし、全ての短編に巡らされた趣向が明らかにされるんだけれど、ふ~ん、そうなるんだという感じ。
これは意図して重厚さを避けてのものだろうし、好きずきなのかな。正統的なミステリとして最後はまとめた、という印象を受けました。

まあ、力作っすね。エンターテイメントとして密度が高い。
作者は寡作なひとのようでありますが、次も読みたいです。

2009-06-26

Soul Toronados / The Complete Recordings


ちょっと前にも似たような名前のグループについて書いたけれど、こちらのトルネードズは10代の少年4人組のファンクバンド。
CDのタイトルにはコンプリートと銘打たれていますが、1970年にリリースされたシングル3枚分に未発表ライブが一曲収録されているのが全てで、25分くらい。 

メンバーが皆若いにしては演奏が凄く達者で、勿論粗削りなところもあるのだが、バンド一体となってのグルーヴがきまっています。気持ちよく弾むリズムにブイブイ飛ばすハモンドオルガンが素晴らしい。インスト曲ばかりだけどジャズファンクというわけではなく、ジェイムズ・ブラウンのある部分を抽出・純化したような印象で、テンション高いね。
楽曲自体にはミーターズっぽいものも。さすがにあれほど複雑なニュアンスや懐の深さはなく、代わりにあるのは性急さであり、ループ感も強い。リズムは前ノリであってエッジの立った攻撃的な仕上がり。 
また、"Boot's Groove" という曲ではスライドギターが延々ソロをとっているのですが、そんなものでもちゃんと格好いいファンクになっており、センスいいなあ、と感心。
欠点をいうと、曲がシングルからとったもののせいか、どれも時間が短いのね。2、3分で終わっちゃう。ひたすらと続くリフの反復こそがJB的ファンクの肝、としたい向きには物足りないかなあ。

未発表ライブ曲はJBの "Superbad"、ボーカル入りでやってまして、この曲だけ7分以上あるんだけれど、原曲まんまのアレンジながらカルテット編成でもってオリジナルに迫るものになっていて、考えてみればこれも凄い。
ただし音はかなり悪いね、このライブ。繰り返し聴くのはつらいか。

若さと才気に任せたような勢いに満ちたファンクで、JBの「Love Power Peace」なんかが好きなら気に入るんじゃないかな。若き日のブーツィー・コリンズのいたペースメイカーズなんかもこんなだったかもしれないなあ、とかね。

2009-06-21

本格ミステリ作家クラブ・編「本格ミステリ09」


今年も読んだよ、本格ミステリ作家クラブによる年間ベスト短編アンソロジー。
今回は収録された8作うち3つが既読でありました。それはひいきの作家が多く収録されている、と考えればよいのだろうけれど、こういったアンソロジーには、僕個人としては今まで読んだことのなかった作家との出会いを期待しているところがある。今回選ばれた顔ぶれは、まるっきりの新人がひとりとあとは殆どベテラン作家であって、ちょっと新味がないという気はする。安心して読めるといえばそうだけれど。
それに関連して、杉江松恋氏のところには気になる文章が。

ま、個人的に気になった作品をば。

法月綸太郎「しらみつぶしの時計」 ・・・ 外部から隔絶された空間、その内部にあるすべて異なる時間を指している1440個の時計。六時間以内に、推論だけを頼りに唯一つだけ正しい時刻を指す時計を見つけねばならない。思考パズルというか頭の体操を小説化したような展開が、一番最後になって本格ミステリでしかありえない飛躍をする瞬間のカタルシスは大したもの。タイムリミットものとしてサスペンスも効いている。

小林泰三「路上に放置されたパン屑の研究」 ・・・ いわゆる日常の謎、を扱いながらも物語の外枠がどんどん捩れていく。奇妙な味であるし、初期の筒井康隆風でもあるかな。落ち着くところの見当はつきやすいけれど、内側の謎と外側の物語が綺麗にリンクした形はお見事。

柳広司「ロビンソン」 ・・・ 昨年、最も話題になった短編集『ジョーカー・ゲーム』から。こうやって他の作家のものと並べると、短い紙幅に詰め込まれたアイディアの量が半端ではないことに気づかされるね。

沢村浩輔「空飛ぶ絨毯」 ・・・ 作者は未だ単著はないひとだそうだ。最初に奇抜な謎が提示されるのだが、謎解きをしながらも物語は予想できない展開へ。これが計算によるものなら凄いのだけれど、天然かもしれない、という気もする。

あとの短編はみな、オーソドックスな名探偵による謎解き小説、という感じのものでした。当然ながら総じてレベルは高いけれど、続けて読むと有難みが薄くなるかなあ。

最後に収められた、千野帽子の評論「『モルグ街の殺人』はほんとうに元祖ミステリなのか?」も良い。このアンソロジーのシリーズは最初に出たものからずっと読んでいるけれど、個人的に評論では今までで一番面白かった。この「本格ミステリ09」収録作品に対して「2008年にもなってそんな小説書いてるっていうのは、どうなの?」と言ってるようでもあります。

2009-06-19

James Brown / Soul Pride (The Instrumentals 1960–1969)


前回書いたジェイムズ・ブラウン・バンドの "Tighten Up" というのは、1968年に行われたダラスでのライヴにおけるものである。世界一のファンキードラマー、クライド・スタブルフィールドの叩きまくりのドラムが圧倒的で、キース・ムーンも真っ青の、タイムをキープしたままでのドラムソロといったもの。この "Tighten Up"、ベースもブリブリいってて格好いいし、トランペットソロも実にきまっている。メイシオ・パーカーのMCもいい感じであります。まあ、オリジナルと殆ど同じアレンジでカバーをやるのは、バンドの力量から見ても反則だという気はしますけれど。
このときのコンサートは単独でも出ているけれど、"Tighten Up" に限っては1993年にリリースされたコンピレーション「Soul Pride」が初出です。

副題に「The Instrumentals 1960–1969」とついているように、このCDはジェームズ・ブラウンが'60年代に録音したインスト曲より選曲された2枚組。JB'sという名で呼ばれるようになる以前の、彼のバンドの音楽的変遷が辿れるようになっておりますが、やはり、聞き物となるのがこのCDセットの後半3分の1で、クライド・スタブルフィールドがいた時期の録音であります。クライドは1970年にバンドを脱退したまま帰ってこなかったためJB'sには参加していないので、こうした形で彼のプレイするインストのファンクをまとめて聴けるのは嬉しいすね。
'60年代後半は、インストでもそこそこヒット曲が生まれていた時期であって、バンドの充実が伺える名演が連続で収められています。一番最後に入っている "Funky Drummer" はおそらくここでしか聴けないミックスで、このヴァージョンが一番いいんじゃないかな。

そのほか、'60年代初期は大雑把にいうとビッグバンドによるR&Bなんですが、時代を感じさせるものも多い。のどかというか。'60年代中ごろから徐々にファンク度を強めていくのは、JB自身のヒット曲と歩みを同じにしていますね。
そもそもがヒット狙いとは無関係に制作された曲が多く、バンドメンバー達の元々の嗜好が出たブルースやジャズをまんまやっているものもあって、それはそれで面白い。
で、そういった演奏だけでは個性の薄いものになりかねないのですが、やはりJBが参加している曲では変な勢いがあります。特にオルガンを弾くとこれが全くデタラメというか、すべてぶち壊しというか。いや~ファンキーだ。

JB's 前史を手っ取り早く理解するには最適なセットかも。

2009-06-13

T.S.U. Toronados / One Flight Too Many


"Hi everybody, I'm Archie Bell of the Drells from Houston, Texas"
アーチー・ベル&ドレルズの "Tighten Up" はそう熱心なソウルファンでなくとも知ってるかもしれない、非常に中毒性の強いリフをもつファンキーな曲だ。でも、そういう種類のものを期待して彼らのCDを買ってしまうと、ちょっと裏切られた気になるかも。"Tighten Up" はもともとテキサスのマイナーレーベルから出てローカルヒットしていたものを、アトランティックが買い上げて配給したところ、全米大ヒットに繋がったという経緯がある。で、以降ドレルズのレコードはフィラデルフィアで制作されるようになっていくのだ。僕の持っているアーチー・ベル&ドレルズのベスト盤はライノから出たものであるけれど、"Tighten Up" 以外はもろのフィリーソウルばかりであり、面食らったものだ(出来はすばらしいのだが)。

さて、その "Tighten Up" のバックで演奏していたのが、T.S.U. トルネードズというテキサスのファンクバンドである。この「One Flight Too Many」というCDは彼らが1968~69年に残したシングルおよび未発表曲を詰め込んだもの。
とにかくリズムの太さが気持ち良い。"Tighten Up" という曲の魅力はしなやかな弾力性にもあったと思うのだけれど、こちらはもっと、いなたくてゴツゴツしているかな(まあ、まんま "Tighten Up" という曲もあるんだけど)。ホーンセクションも力強くてキマっている。"In The Midnight Hour" や "It's Your Thing" のカバーも独自色をだしつつ格好良い仕上がり。 また、ヴォーカル入りのファンクはJB似だったりスライ似だったりするのだが聞き劣りするものではなく、なかなかのもの。
さらには、スウィート仕立てのメロウな唄モノも演っていて、こちらも意外に出来がいい。ここら辺、演奏力だけでなくセンスもあった、という証明だと思う。ただ、熱唱しているバラードだけはあんまり良くない。臭すぎる。聴かせる、というほどには歌は上手くないというのがバレてしまう。

ま、とにかく "Tighten Up" にやられてしまったひとは勿論、ラフで骨太のファンクが好みなら必聴の一枚でしょう。往時のローカルなファンクバンドの実力、恐るべしであります。
しかし、本当をいえば "Tighten Up" はジェイムズ・ブラウン・バンドのライヴヴァージョンの方が好きなのだが。

2009-06-09

Jill Sobule / California Years

 
随分と久しぶりになるジル・ソビュールのアルバムは、ファンからの寄付を募って制作され自己レーベルからのリリース、という話を聞いていたので、地味あるいはチープなものなのかな、と思っていたんだけれど。
いざクレジットを見ると、プロデュースはドン・ウォズ、ドラムを叩いてるのはジム・ケルトナー! ペダル・スティールにはグレッグ・リーズが、でもってトム・ペティのところのオルガン弾きなんかも参加、ついでにマスタリングはテッド・ジャンセンときたもんだ。なんだよ、今までで一番豪華(というには渋過ぎるか)な布陣じゃあないの。

そういった頼りになるプロフェッショナルたちが参加したせいなのか、「California Years」は彼女のものとしてはかなりすっきりとして、ツボをわきまえたサウンドになっていると思います。
今までのアルバムはやたらセンスの良さを感じさせ、才気あふれるアイディアが盛り込まれたものであったのだけど、それがかえってリスナーを選んでしまう原因にもなっていたという気がするのだな。
今作ではアコースティックギターと唄があくまで軸であって、タイトな演奏がそれをバックアップという、いってみればオルタナカントリーポップな仕上がりで、かなり取っ付きやすくなっているね。下品に歪むギターが暴れる場面やシンセの使用も今回は控えめ。しみじみ要素が増量です。

楽曲の面では相変わらず、メロディメーカーとしてもストーリーテラーとしても冴えまくり。アルバムタイトルが示すように、ジル自身がカリフォルニアに移住してからの生活がテーマのひとつになっているようで。
その一曲目のタイトルが "Palm Springs"。なんだか素晴らしい場所を夢見て、いざ着いてみたらモーテルはウェブサイトで見たのとは違って、混んでるうえに年寄りばっかり、バー・バンドは「リロイ・ブラウンは悪い奴」を演ってるし。
   野生の馬 円を描く鷹 グラム・パーソンズ インスピレーション
   でっかいサボテンに コヨーテ
   わたしの世界が変わる そんな何かが起こるはず
というリフレインが皮肉と希望の両方をはらみ、絶品。ランディ・ニューマン的でもあるか。

もともとジルは過去のポップカルチャーにまつわる固有名詞やフレーズを持ち込むことが多いのだが、"San Francisco" という曲では「サンフランシスコに行ってみたいの、髪に花を挿して」と唄われ、フラワー・ポット・メンやらスコット・マッケンジーのヒット曲を連想させるし、"League Of Failures" ではニール・ヤングのそのものずばり、"I've been a miner for a heart of gold" という歌詞が顔を出す。で、"Palm Springs" でもそうなのだが、それらフレーズは特定の時代やシーンを想起させながら、同時に現代との落差を表現する文脈で使われる。これがうまいんだ。

けれど、そういった批評性を持ち込まないものも今作にはあって。純粋にオマージュとも言える曲が "Where Is Bobbie Gentry"。ちょっと粘るリズムに乗せて、ポップの先人に対する憧れを唄う。ビリー・ジョーうんぬん、という歌詞が出てこないのも単なるノヴェルティにはしないという愛情を感じさせるものだ。アルバム中でも、この曲は一番キレがいいポップソングになってると思う。
しかしボビー・ジェントリーというセレクトも微妙にセンスを感じさせるものだよなあ。

2009-06-07

Bob Dylan / Blonde On Blonde


ディランの「Blonde On Blonde」、1966年にこのアルバムがどれだけ尖がっていたのか想像するのは僕には難しい。
現在の僕にとっては、もの凄く心地良く聴いていられるグッドタイムミュージックなのだな。
フォークロック、エレクトリックブルース、ヴォードヴィルめいたアレンジのもの、どの曲もリラックスして向かい合えるし、アルバム通しでも聴ける。
いくつかのラヴソングを除くと、歌詞の意味はさっぱり判らんのだが。

スタジオのエンジニアが優秀だった、というのがあるだろう。
太い中低音が気持ちいいし、楽器が多目に入っている曲でも、空間が開いているような感じで、聴き疲れしない。

でもって、シンプルながらニュアンス豊かなリズム、これがあるから時間が長めの曲でも単調にならずにいられる。
"Memphis Blues Again" なんか聴いてると、いいグルーヴがあればいくらでも歌は続いていける、そんな感じがする。
演奏がしっかりしているから、ディランの唄も肩の力の抜けた、生き生きしたものになっているんだろう。単にレイドバックしているわけではないのだな。
当時のニュー・ヨークのスタジオに比べ、ナッシュヴィルはどれだけ進んでいたのだろうか。

最近、特に好きなのが "Temporary Like Achilles"。
ピッキングはきれいだし、ああ、ブラシのプレイというのも気持ちいいなあ、なんて。

2009-06-06

Herbie Goins & The Nightimers / No.1 In Your Heart


在英の黒人シンガー、ハービー・ゴーインズが1967年、パーロフォンからリリースしたアルバム。
ボーナストラック10曲入り。ブックレットにはハービーのインタビューも。

プロデュースを手掛けたのはビートルズやピンク・フロイドのエンジニアとして知られるノーマン・スミス。彼によって選ばれた曲はポップ寄りのものも多く、元々ブルースやソウルを歌っていたハービー・ゴーインズとしては最初のうちは、違うんじゃないの、という意識があったそうだ。けれど、アルバムとして残されたのは躍動感溢れるダンスナンバーと聴かせるR&B満載のものであります。

バックの音はモータウンやスタックスをお手本にしつつリズムを強調したような印象で、とくにベースの太さが良いですね。そこに乗っかるハービーのボーカルといえば柔軟さと強さを兼ね備え、緩急をわきまえた素晴らしい出来。派手にシャウトを連発するタイプではなく、むしろ落ち着きを感じさせる太い歌いまわしで聴かせるので、かえってコマーシャルなアレンジの曲でも古びていないのではないでしょうか。

モッズ周辺ではアルバムタイトル曲が有名ですが、JBのカバー "I Don't Mind" のブルージーな解釈、モータウンナンバーでの硬派な仕上がりが個人的には気に入っています。