2021-10-30

麻耶雄嵩「メルカトル悪人狩り」


麻耶雄嵩の新刊はメルカトル鮎ものの短編集。
このシリーズとしては『メルカトルかく語りき』以来、10年ぶりくらいになる。各作品の初出を見ると1997年から今年となっていて、いくらなんでも、というくらいに幅があるのだが、作風・作品世界には見事なくらいブレがない。
昔はメルカトル鮎こそが麻耶雄嵩を代表するキャラクターだと思い込んでいたのだけれど、近年の執筆活動を見るに、そういうわけでもなかったのか。いやいや。


「愛護精神」 犬を殺した犯人を見つけて欲しい、という依頼を受けるも、死因すら定かではなく、そもそもの事件性からして疑わしい。ミステリとしては日常の謎っぽい地味な設定。
確かな手掛かりが少ないので、何を端緒にすればいいのかも判らないが、そこは銘探偵、そんなことには関係なく真相はお見通しである。何ダニットか、というのもポイントのモダン・ディテクティブ・ストーリイ。

「水曜日と金曜日が嫌い」 黒死舘を(少し)思わせる道具立てで、解決の方もなかなかにファンタスティック。色々と突っ込みたくはなるものの、あえて雑なところを残していくのが麻耶雄嵩のセンスよねえ。おまけで20年越しの伏線回収。

「不要不急」「名探偵の自筆調書」はそれぞれ2ページ、3ページの分量で本短編集半ばでの箸休め、という感じ。メルカトルらしい悪さ、鋭さが発揮されてはいます。

「囁くもの」 事件が起こる前(というか犯罪の動機が発生する以前)から、違和感のある行動を繰り返すメルカトル。それらが全て解決のための伏線、という、他ではあまり見たことのない趣向。探偵の操り、それを行っているのは誰だろうかというのが、これぞ麻耶雄嵩という感じ。
謎解きも何気にクイーン的な手掛かりと捻りがあるもので、非常に好みであります。

「メルカトル・ナイト」 閨秀作家のもとに毎日一枚ずつ送られてくるトランプのカード、それは殺人予告のカウントダウンなのか。意外な構図に、ダイレクトなロジックが切れまくった一作。

「天女五衰」 美しいイメージと犯罪の落差が印象的で、なおかつ非常にしっかりと組み上げられたフーダニット。クリスティ的にダブルミーニングが冴えた手掛かりが気持ちいい。
事件が解決してから、さらに明かされるあれこれ(こういうのも余詰めというのかしら)がとどめを刺すようで、お前は神か、と。

「メルカトル式捜査法」 ミステリにおいて狂人のロジック、というのは偶にみられる趣向であるが、ここでは銘探偵のロジック、が炸裂。他ならぬメルカトルの犯した数々のミス、それには必然的な理由が存在するはずだ、というのが推理の前提というのだからすごい。前代未聞の手掛かりによりひとつひとつ可能性を絞り込んでいき、最後には意外かつ笑ってしまう結末が待っている。グレイト!


メルカトルが作者の駒であり、それを半ば自覚しているような表現が見られますが、それでもちゃんとミステリになっているのは見事なロジックと構成のうまさによるものでしょう。乱暴に言ってしまうと、純粋にパズラーとして優れているから、あとは何をしてもいいというね。

2021-10-24

Kenny Cox / Clap Clap! The Joyful Noise


鍵盤奏者ケニー・コックスが1970年代半ばに制作しながら、お蔵入りになっていたものが、2012年になって発掘されたというアルバム。

デトロイト録音なのですが、関わっているミュージシャンが知らないひとばかりで、ちょっと手掛かりがない。クレジットを見ていて唯一、覚えのある名前がデザイン担当となっているジョン・シンクレア。ジョン・レノンが歌にしていたひとと同一人物かしら。
それはともかく、実際の音楽はエレピが大活躍するメロウなラテン・ジャズ。ラテンといってもあまり派手なところはなく、落ち着いて聴けるものになっています。


一曲目がタイトル曲なのですが、スロウかつドラムレスのためかとてもゆるゆる、力の抜けた女性コーラスも相まってソロパート以外のところはムード音楽寸前、でもしっかりラテン・パーカッションは仕事をしています。
続く “Samba de Romance” ではストリングス風のメロトロンが入って、アコースティック・ギターも感傷的な雰囲気を掻き立てます。さながら歌のない歌謡曲。しかし、エレピは冴えわたっていますし、フルートやギターとの絡みもよいです。
“Island Song” はリズミックで陽気なラテン・ジャズでほっとします。やっぱりグルーヴも欲しいよね。エレピはもちろん、ここではバッキングでクラヴィネットも主張。キメのフレーズもあって、全体的な感触としてはフュージョンっぽさも強く感じます。

“Lost My Love” はアルバム中最も都会的でメロウな曲、というかリイシュー盤のスリーヴ・ノートで “Feel Like Makin’ Love” じゃん、と指摘が入っています。そんな感じなのだが、まあ、恰好いい。しっかりとしたドラム入りで、ラテン色は皆無。ニューソウル風の緊張感がうっすら漂っていて、それも心地良いです。
最後になる “Beyond The Dream” は導入こそ唄ものスロウっぽいが、本編は長尺のラテン・ジャム。


アンサンブルのバランスからすれば必要以上にエレピが目立っているようにも感じますが、まあ、ピアニストのリーダー作なのでこれでいいのでしょう。