2013-12-31

三津田信三「百蛇堂 怪談作家の語る話」


編集者・三津田信三を主人公にした三部作、その最後にあたる本作品は長編『蛇棺葬』の内容を受けたものであります。
2001年の11月、『蛇棺葬』の語り手であった龍巳を紹介された三津田は、龍巳の奇妙な体験談に興味を抱き、彼の書いたものを長編の怪談実話として書籍化することを検討し始める。だが、龍巳の原稿を読んだものたちの身に次々と不可解な現象が起こり始めて・・・。

作中内に存在する創作作品(それは作品世界の外に存在する『蛇棺葬』という本でもあるのだけど)が現実に影響を及ぼしていく、という構造は前二作と共通するところ。怪異に対して理性的に解釈を付けようとするほど、そこからはみ出す部分が逆に際立つのがいい。現象を認識する主体にも揺れがあって、はたして地の文のどのくらいが現実なのか。
最初のうちは鈴木光司の『リング』みたいね、なんて思っていたのですが、読み進めていくうちに『ドグラ・マグラ』を想起するようにもなりました。

面白かったのは『蛇棺葬』の舞台である土地に、三津田も少年の頃の一時期に住んでいたことのあることで、これを三津田自身は都合のいい偶然と捉えていたのだが、会社の部下にそれは因縁だ、と指摘される場面。言霊によって、あるいは気付かされてしまうことで囚われる、というところか。

ミステリ要素だけを見ると、異世界ルールの提示の仕方がやや控えめかなという気もするのですが、真相の意外性はそれを補って充分余りあるもの。また、それとともにさまざまな引っ掛かりが次々と取れていく快感はいかにもこの作者らしいところですね。

割り切れない部分を残した結末は好みが分かれるかもしれませんが、作品世界の奥行きといい怖ろしさといい、三部作の掉尾を飾るに相応しい力作ですな。

2013-12-29

Them / The "Angry" Young Them!


ゼムのファーストアルバム、1965年リリース。
翌年のセカンド「Again」ではビートグループのスタイルに収まらず、後のヴァン・モリソンのソロ作品に繋がるような曲も聴けるのだが、ここではR&Bやブルーズをベースにしたいかにもなレパートリーをアグレッシヴにぶちかます。

収録曲ではやはりガレージ・クラシックとなる "Gloria" がひとつ抜けていて、何度聴いても盛り上がる。スリーコードに語りと叫びが乗っかっているようなものですが、ちょっとラテンが入ったようなリズムが効いているように思うな。
これに匹敵するのがオープナーである "Mystic Eyes" で。バンド一丸となった迫力あるグルーヴと、ジャムセッションのような熱気は格別であります。

また、バート・バーンズの制作したものも三曲入っていますが、ポップなテイストがこのアルバムの質実剛健な雰囲気のなかではミスマッチというか今聴くと若干古びた感じがしますね。このアルバム以前にバーンズが手がけたシングル曲 "Here Comes The Night" はとても好きなのだけれど。

この頃ヴァン・モリソンはまだ20歳くらいであったはずだが、既に堂々とした唄いっぷり。同時期のエリック・バードンと比較すると、重さはあっても決してくどくならない切れ味の良さが好ましい。
シンプルで余剰の少ない、シャープな表現はこの時代ならでは、でしょうか。迷いの無いロックンロール。

2013-12-22

Nick Drake / Five Leaves Left


ニック・ドレイクの音楽を聴いて、いつも感じるのは精確さだ。1970年前後に出てきたシンガー・ソングライターと呼ばれるミュージシャンのうちには、曲は良いのを書くけれど、シンガーとしてはリズム感が悪かったり、音程が怪しいようなひとも多かったのだが。ニック・ドレイクの唄、そしてギターの演奏からは明晰さすら感じられる。
また、その手に拠る楽曲も、自己愛からくる冗漫さや曇りが一切ないようなのだ。あるのは澄み切った自己認識のみで。

「Five Leaves Left」(1969年)は生前に残された三枚のうち、最初のアルバム。
穏やかな表情をたたえながらも隙の無い曲の数々を聴いていると、この人はデビュー時には既に完成されていたのだろう、と思わせられる。それが二十歳そこそこの若いミュージシャンにとって、必ずしも良いことなのかどうかは判らないけれど。

その音楽が何ら奇矯なことをしていないのに他に類を見ないような魅力を放っているのは、己のスタイルに対する信念が恐ろしく強固であったからか。
個人的は "River Man" が一番、好きだ。美麗なアレンジは勿論、五拍子を奏でるギターが生み出す独特のグルーヴが素晴らしい。

2013-12-08

アガサ・クリスティー「書斎の死体」


「その女は殺されたのよ。首を絞められて。わたしが思うに、自分の家で現実に殺人がおきたとなれば、せめてそれを楽しんでもいいんじゃないかしら」

ジェーン・マープルを探偵役に据えた長編の二作目で、1942年発表。シリーズとしての前作にあたる『牧師館の殺人』や短編集『火曜クラブ』収録作品の発表からは10年以上経っており、作者クリスティ自身とマープルの年齢差が縮まったことで、マープルがよりチャーミングに描かれているような気がします。

タイトル通り、田舎の邸宅内にある書斎で女性の死体が発見されるのだけれど、導入が実に見事。こちらの意表を付き、殺人事件なのに軽味すら感じさせるもので、オックスフォード派にも通ずるテイストです。奇妙な現場の状況もあって、あれこれ考えを巡らす間もなく物語に引き込まれていきます。
その後の展開もミステリの定型を意識しつつ、いい塩梅にオフビートな筆捌きが絶妙。100ページ過ぎたあたりで『火曜クラブ』でもレギュラーであった、あるキャラクターの登場が促される、この呼吸もいいな。
捜査が進むに連れ、殺人の動機は浮かび上がってきたものの、いずれの人物も機会を有していないようであって、なかなかの難問に見えましたが。

最後にマープルによって開陳される真相は奥行きがある上、意外性も充分。本当にさらっと凄いことを言うもんだから「ええっ!?」っとなって、思わず読み返しましたよ。手掛かりは些細なところからはじまっていますが、これだけ鮮やかに決められれば納得でしょう。

『牧師館の殺人』にはちょいと堅い印象を持ちましたが、今作はユーモラスかつトリッキー、文句無く面白かった。

2013-12-02

ジョン・ディクスン・カー「夜歩く」


1927年4月、パリ。予審判事アンリ・バンコランと友人のジェフ・マールは深夜のナイトクラブの片隅に身を隠していた。整形手術で顔を変えて逃亡中の殺人犯、ローランの身柄を押さえるためだ。ローランによってその命が狙われているというサリニー公爵、彼がひとり入っていったカード室のドアは確かに監視されていたのだが・・・。

カーのデビュー作、その新訳です。お話そのものは再読のはずなのですが、どんな内容だったかは綺麗さっぱりに忘れていました。
残虐な犯罪にまつわるけれんや不可能趣味、皮肉なユーモアなど、いかにもカーと思わされる要素は既に見られますが、文章は新人作家らしい熱意が感じられるもの。非常に扇情的であり、サスペンスフルな雰囲気が作品を支配しています。ポオへのオマージュも微笑ましいな。

ミステリとして見ると、プロットはしっかり練り込まれていますが、トリックの方はやや時代がかっていることは否めませんし、解決編でも強引なところが目に付く。けれど、そのことは逆にカーという作家の本質がこの時点で確立されていたことを示しているようで興味深い。
一方で、一つの謎が解かれることで、さらに大きな謎が立ち上がってくる展開は堂に入っており、明らかにされる犯行シーンの画も実に魅力的なものであります。

若さゆえの非常に濃ゆい後味を残す一作でした。
次は一月末に『殺人者と恐喝者』の新訳が出るということで、いやいや、堪えられませんなあ。

2013-11-24

Rab Noakes / Red Pump Special


スコットランド出身のシンガー・ソングライターによる1973年作、ワーナーからのリリース。弾き語りの一曲を除いてナッシュヴィルでの録音です。ドラムはケニー・バトリー、ベースにはトミー・コグビル、幾つかの曲ではメンフィス・ホーンズが参加しています。プロデューサーのエリオット・メイザーは、エリア・コード615やニール・ヤングなんかも手がけているひとであります。
演奏の方は、R&Bやカントリーの感覚も漂わせる腰の据わったもので、ラブ・ノークスというひとの軽くひなびたキャラクターのボーカルとの組み合わせが独特の味わいに繋がっているよう。

収録曲には、馴染み易いのだけれど、ちょっとしたフックがあるメロディのものが多いですね。中では、アコースティックギターによるリズムが効いたカントリーロック "Pass The Time"、ドノヴァンの "Season Of A Witch" をスワンプに仕立てたような "Diamond Ring" などが目を引きます。また、ジェリー・ラファティらとの共作でバックコーラスも入った "Clear Day" など、ちょっとブリンズレイ・シュワーツを思わせるようだし、"Tomorrow Is Another Day" や "Sittin' In A Corner Blues" あたりには英国人が想像する古き良き米国、という雰囲気があって、アルバム全体でのバラエティも上々。
個人的には "As Big As His Size" がディランの「Blonde On Blonde」の嫡子といった感じがして、一番気に入りました。

乾いた感触のサウンドに英国的な陰影が映える作品だと思います。
ロニー・レインのスリム・チャンスあたりが好きな人なら是非。

2013-11-21

Donny Hathaway / Never My Love: The Anthology


ライノ編纂によるドニー・ハザウェイの4枚組アンソロジー。パッケージのデザインやディスクの収納は、以前にフランスのライノから出たこれも4枚組の「Someday We'll All Be Free」に合わせたようでもありますが、今回はブックレットの記載が英語で書かれているので、まあ読めないことはない。

取り出しにくいのよな・・・

ディスク1は「Favourites」と題され、スタジオ録音から選ばれたものが収録。シングルで出された曲に関してはモノラルミックスが多く採用されています。
収穫はソロデビュー以前にカートム・レーベルより出された、ジューン・コンクェストという女性とのデュエットによるシングル曲ですね。いかにもシカゴらしい華を感じさせるミディアム "I Thank You Baby" と力強いスロウ "Just Another Reason"、いずれもドニーとカーティス・メイフィールドの共作であり、レアなだけではなく非常に出来も良いです。

ディスク2は全て未発表の13曲からなる「Unreleased Studio Recordings」。多くがアルバム「Extension Of A Man」以降の録音であるのが興味深いところ。
このアンソロジー全体のタイトルにもなっている "Never My Love" はアソシエイションがヒットさせた曲をピアノ中心のスロウに仕立てたもの。メロディを強引に崩した唄いまわしで、原曲の良さがまるっきり残っていないため、ちっとも面白いとは思わないのですが、人によっては心洗われる、とか感じるのでしょう、きっと。
その他、カントリー調の曲や、軽やかにスイングするポップソング、カラフルなフュージョン・インストとして聴けるものなどバラエティに富んでいますが、所謂ソウルミュージックらしさに縛られていないのは、いかにもこのひとらしい。ただ、"Zyxygy Concerto" という曲はオーケストラを従えた、なんと20分ほどあるクラシカルなインストゥルメンタルで、流石にこれはきついな。そんな中で、ドニー流ニューソウルど真ん中といった感じのミディアム "Memory Of Our Love" と 独特の展開をはらんだスロウ "Sunshine And Showers" が抜群の出来栄えです。
また、もっと初期の録音もありまして。1968年のものだという "Don't Turn Away" と'70年代初期ではないかと推測されている "Always The Same" の2曲がそれで、どちらもパワフルなノーザンで気に入りました。

1972年にリリースされた「Live」はLAのトルバドールと、NYのビター・エンドでの演奏から構成されていましたが、うち後者での公演は二日で5セット行なわれたそう。ディスク3「Live at The Bitter End, 1971」はその「Live」用に録られたビター・エンドでの素材のうち、未発表であったパフォーマンスが収められています。
「Live」では観客の反応がやけに大きくミックスされていましたが、今回のものではそういった演出はありません(実際、ビター・エンドの観客はトルバドールと比べて大人しかった、という話です)。リラックスした雰囲気も強く感じられ、演奏をじっくり聴きたいむきには、これもいいのではないでしょうか。個人的にはここで歌われている "What's Going On" のほうが余計な力みが少なくて、「Live」でのものより好みかなあ。
一枚のライヴ盤としてもちゃんとした流れがあって、良いですよ、これは。

最後のディスク4「Roberta Flack & Donny Hathaway Duet」には珍しいものはありませんが、ロバータ・フラックとのデュエットがこの一枚にまとまっているのは便利ですな。正直、色気に欠けるというか、真面目×2という感じがして、あまり好みの音楽ではないのですが。


4枚組のうち2枚が未発表のものだけで占められていますが、決して墓場荒しに終わっておらず、ライノらしい丁寧な企画だと思います。輸入盤なら値段もかなり安いしね。

2013-11-15

Van Morrison / Moondance


待望の「Moondance」(1970年)リマスター。ヴァン・モリソン本人は、自分に無断のプロジェクトだと大層お怒りのご様子ですが。
このアルバムには目立つ曲が前半に集まっているような印象があって。ひとつの音楽スタイルの結晶のようなタイトル曲、スモーキー・ロビンソンを思わせる "Crazy Love"、そして血沸き肉踊る "Caravan"。後半はそれに対するとやや地味で、アナログ時代もB面を聴いているうちによく眠ってしまっていたなあ。

今回のデラックス・エディションには本編のリマスターCDとブルーレイオーディオ盤に加えて、未発表アウトテイク等50トラックが収録されたCDが三枚。まあ、大体においてリリースされたヴァージョンが一番いいに決まっているのであって、こういった別テイクが延々と続くものを面白いと思って何回も繰り返し聴くひとは限られているだろうな。
音質の方は素晴らしく、トラックによってはさながらスタジオライヴの迫力でありますよ。


個人的にいいな、と思ったものをいくつか。
まずは "Caravan" ですが、アレンジは既に出来ているものの、初期テイクではやたらに力が入っていて、まだ唄がこなれていないという印象。テイクを重ねながら感じを掴もうとしているような感じでありますね。さらに後日になって、もっと落ち着いた調子で演ってみたりと、試行錯誤が興味深い。
ファンキーな "I've Been Working" は非常にテンション高く、演奏が盛り上がったせいか10分以上セッションが続いています。
アート・ガーファンクルに提供されたという "I Shall Sing" はラテン調の陽気な曲で、このアルバムの雰囲気とは異色かも。
"Come Running" はリリースされたものとは結構違うアレンジが試されていて、これは新鮮。
また "Moondance" は、ややテンポ遅めで、よりジャジーというかムーディーですらあって、面白いな。


「Moondance」がヴァン・モリソンのキャリアの中で突出している、ということもないとは思うのだが。この作品に特別な魅力があるとしたら、それはミュージシャンとしての作風が確立されていく瞬間に生まれる熱、によるものではないか。
今回のアウトテイクの数々は、その過程を捉えたドキュメントとして意義深く聴けるのでは、とかなんとか。

2013-11-11

天藤真「殺しへの招待」


「わたしは、あなたがよくご存知の、ある男の妻です。ただし、わたし自身は、あなたにお目にかかったことはありません。
きょうからひと月以内に、その男の死亡通知が、あなたの手もとに届きます。ありきたりの文面で、彼は急病で死んだことになるはずです。
でも彼は病死ではなく、実は殺されたのです。どうしてそう予言できるかというと、殺すのが、このわたしだからです」

5人の夫たちのもとに彼らのうちの誰かが妻の手で殺される、という同じ内容の手紙が届く。狙われているのは自分ではないかという不安を抱えつつ、彼らは手紙で指定された場所に集合。だが、顔を出した男たちは、お互いに見ず知らずであることがわかった。疑心暗鬼になりながらも、対策に知恵を寄せ合う夫たち。
さらに第二、第三と手紙が続けて届き、そうした夫たちの動きも監視されていることが告げられる。次第に追い詰められた男の中には自分自身を見直し、改心するようなものも。
それでも最後の手紙が届き、遂に殺人は起こった。

序盤は脅迫サスペンスっぽく、事件が起こった中盤以降はスリルを持続しつつ、フーダニットとしての様相を見せ始めるのだが。
とにかく手が込んだプロットであって、読み進めていくと、最初に思い込んでいたのとはまるで違う物語なのではないか、という思いがどんどん強まっていく。また同時に、どうしようもない野郎たちと思えていた旦那衆が、なんとも頼もしくも良い奴らに見えてくるのがいい。

40年ほど前の作品であるがミステリとして非常にはモダンなアイディアが盛り込まれており、そしてそれが人間の善悪の部分の両方を鮮やかに映し出す。性善説あるいは性悪説、どちらが本当ということもないのだ。
結末の好みは分かれるかもしれないが、徹頭徹尾ミステリであるとはこういうことなのだろう、きっと。

2013-11-09

Otis Redding / The Immortal


1968年リリース、オーティス・レディングの死後に出されたものとしては二枚目のアルバムです。
喉の手術を経た後のオーティスの声は以前のような張りや艶がなくなり、時にかすれるところがありますが、それでも抜群の唄のうまさは充分伝わってきます。少し枯れたような味もまた、ひとつの魅力になっていると思うのはひいきの引き倒しかしら。

いや、実際にスロウの曲はどれも好ましいのです。かつての極端に抑揚をつけた歌唱から、もっと丁寧かつ、染み入るようなもの変化しているよう。特にオープナーの "I've Got Dreams To Remember" が穏やかながら表情豊かで、何度聴いてもたまらない。

また、ミディアムではファンキーなものが多くなっているのだけれど、ド迫力だけではない、軽味をも獲得したことによる表現の幅が出てきているように思うし、"Hard To Handle" なんかではルーファス・トーマスにも通じるようなコミカルなニュアンスさえ感じられます。

改めてこのアルバムを聴き直してみると、キャリアの初期においては圧倒的なスケールを持つボーカルが音楽の質そのものを決定付けていたのに対して、より楽曲やアレンジを尊重したものになってきていたのかな、という気がしました。
味わい深く、いいアルバムですよ。

2013-11-04

アガサ・クリスティー「NかMか」


時は第二次大戦中、英国にもぐりこんだナチス・ドイツからのスパイを突き止めるべく、海辺の保養地にあるゲストハウス〈無憂荘〉へと乗り込んだトミーとタペンス。だが、そこに住むのは特に変わったところのない、戦争から避難してきた人々ばかりであった。本当にここがスパイ活動の拠点なんだろうか、という疑いを抱きはじめたふたりであったが・・・。

トミー&タペンスものの第二長編で、1941年刊行のスリラー編。
ふたりが活躍するものとしては『秘密機関』(1922年)、短編集『おしどり探偵』(1929年)から結構経ってからの作品であり、作品内でもそれだけの時間が反映されています。若いカップルだったトミーとタペンスも、ここでは40代の中年夫婦になっているのですが、相変わらず冒険を求める心は失っていないのが嬉しいところ。

最初のうちは関係者の裏の顔を探るという展開であって、あまりスリラーっぽくない。この時期の謎解きものと同じく、じっくりと物語は進んでいく。退役軍人や老嬢などの、いかにもなキャラクターを描くクリスティの筆は冴えまくっていて、だからこそ、その典型からはみ出るところがちらり、と見えるとすごく疑念が掻き立てられる。
後半に入ったあたりで、お馴染みの展開なんだけど(ほんとにワンパターンだよね)トミーとタペンスは危機に陥るのだが、それ以降は俄然スリラーらしくなってくる。スパイの正体を部分的に明かしつつ、それでもまだ底を見せずに読者をぐいぐいと引っ張っていく。
そして、終盤に至ってこの作品が単なるお気楽冒険ものではなく、細部に至るまでしっかりと構築されたミステリであることが判明するのだ。

時代によってスリラーものでもかなり、作風に違いがありますね。明るさや躍動感を残しつつ、ミステリとしての結構も整った充実作ではないでしょうか。

2013-10-31

麻耶雄嵩「貴族探偵対女探偵」


2011、12年に雑誌掲載された4編に書き下ろしひとつを加えた連作短編集。
貴族探偵に加えてタイトル通り、女探偵・高徳愛香が登場。二人(?)の探偵による推理合戦というか多重解決が楽しめます。


「白きを見れば」 雪の山荘もの。シリーズの新しい幕開けとして、非常に良く出来た趣向です。
ミステリとしては手堅いフーダニットであり、盲点を突いた逆転の構図が鮮やか。ただ、そこから後の推理には抜けがあるような。この逆転が起こった瞬間、既に消し込まれていた可能性のひとつが再浮上すると思うのだけど。

「色に出でにけり」 首吊り自殺の現場には奇妙な作為の跡があった。この手掛かりを始点にして、関係者たちのアリバイが検討されていくのだが――。
これしかなさそうでいて割り切れない感じも残す愛香の仮説、それを越えて提示されるシンプルかつ逆説的な解答が美しい。動機も綺麗に決まってるな。

「むべ山風を」 大学内で起こった殺人事件は、図らずもクローズドサークル化していた。だが、現場の周囲に残された証拠に従えば、容疑者内に犯人はいなくなってしまう――。
パズルとしての強度が非常に高い一編。推理の飛躍が複数あって、与えられた手掛かりだけでそれらをクリアするのは困難だと思うのだが、プレゼンテーションの勝利というべきか。

「幣もとりあへず」 座敷童子が出るという温泉内での殺人。それぞれ作為の感じられない複数の証拠はしかし、相矛盾する方向を指し示していた――。
愛香の推理が始まると「?」がいくつも頭に浮かんできたのだが・・・。うむむ、ここでやりやがったか。また、これ以前の三編が効いてるのよ。だから京都の連中は油断ならねえ。
真相に読者が気付けるとしたら、まさに推理が始まってから後なのだが、そんなことを云々するのも野暮か(ただ、196頁の20行目はアンフェア気味では)。

「なほあまりある」 謎めいた招待を受け、高徳愛香は富豪が所有する島へと向かった。そこで待っていたのは――。
本書の掉尾を飾るのはそれに相応しい、実にエレガントなフーダニット。こちらは多重解決の要素を強調しないことで、より綺麗な仕上がりになったよう。結局、こういうのが一番好きなんだよなあ。物語の締めもスマートであります。


麻耶雄嵩の作品を読むときは期待のハードルが高くなってしまい、いつもならそんなに気にしないところまで注文をつけてしまうのですが、やはりこの純度の高さはただ事ではないですな。グレイトやわー。

2013-10-28

ルー、ルー、ルー、これは偉大な冒険の始まりなのよ。


十代の頃、その声を聴いたのはFMラジオの洋楽番組から流れてきた "Walk On The Wild Side" ――ワイルド・サイドを歩け、だった。ルー・リードといってかかるのは、とにかくこれ。唯一のシングルヒットらしいものであって。

自分で買った彼のレコードで、最初のものはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Loaded」、輸入盤だ。たぶん、ヴェルヴェッツはそれしか店に置いてなかったように思う。
当時はバンドの歴史など何も知らなかったけど、聴いてすぐに夢中になった。どの曲も好きになったのだけど、クラシックといえる曲が二つ、やはり突出していた。
"Sweet Jane" はルーに無断で短く編集されていたとして、後年になってフル・レングス・ヴァージョンがでたわけだけれど、僕は古いヴァージョンに慣れ親しんでいたせいか、カットされていた部分は無くてもいいかな、と未だに思う。
また、"Rock & Roll" で歌われる5歳の少女の物語は、音楽に救われたことなど一度たりともない自分にとって、だからこそ麻薬のような魅力を持ち続けている。

ソロになってからのものではロバート・クワインやフェルナンド・ソーンダースと組んで以降のシンプルな表現が格好いい。ボトムラインでのライヴ映像「A Night with Lou Reed」は忘れられない。「New York」ツアーの来日公演も最高だった。

近年の作品は、実はあまり聴いてなかった。なんだか、ありがたいお経みたいな感じがして、素直に楽しめなくなったのだ。今思えば、頑固なじいさんの話をもっとちゃんと聞いておけばよかった的な気持ちもある。

とりとめがないことしか書けないのでこの辺にしよう。
夜空を見上げれば、あなたの星が見えるだろうか。
極上のロックンロールをありがとう、そしてさようなら。

2013-10-26

三津田信三「蛇棺葬」


三津田信三の作品にはホラーとミステリの要素が混じり合っているわけですが、この作品はホラー寄りのほう。

二部構成になっており、その前半は奈良の旧家である百巳家に移り住むことになった、妾腹の男児(どういうわけか下の名前で呼ばれることがありません)が経験するいくつもの怪異を、大人になってから回想の形で語る、という形をとっています。
得体の知れないものにどんどんと導かれてしまう、という描写はこの作者のものではお馴染みですが、中でも百巳の森で展開される異様な光景は幻想小説のようでなかなかいい。

後半は現在の話でしょうか、語り手(こちらでは美乃歩、と呼ばれています)は一旦は離れた百巳家を30年後になって再び訪れています。義母が亡くなりかけており、どうやら美乃歩は、かつて祖母が逝去したとき父が関わった(そして怪事件に巻き込まれた)のと同じ儀式を執り行わねばならないらしい。また、おかしなことに前半部で語られた少年時代の記憶にかなりの欠落があるようなのだ。
美乃歩は大人になっているからか、危なそうな場所には近づかないようにしているのだが、己の想念から生まれたものに囚われて再三、身動きが取れなくなりそうに。特に、河原の家での展開はちょっと京極夏彦テイストを感じさせるものながら、迫力があるものです。
そして、いよいよ問題の儀式が行なわれるのだが・・・。

一応、物語としては完結していますが、主人公が体験する恐怖については、あまりはっきりとした解釈がつけられないまま。また、ミステリ的な謎や、メタ趣向らしきものもあるのですが、こちらも保留といったところです。
わからないことはわからないとして理に落ちない分、ホラーとしては充分楽しめますが、やはり12月に文庫版が出るという続編『百蛇堂』と合わせて読むべきなのでしょう。

2013-10-19

The Kinks / Muswell Hillbillies


随分と当初の予定からは遅れましたが、「Muswell Hillbillies」(1971年)のデラックス・エディションが出ました。もうモノラルミックスなど無いので、今回のものは一枚目がアルバムのストレートリイシュー、二枚目にレアトラックとはっきり分かれた構成です。
また、「Lola Versus Powerman」に「Percy」をくっ付けてデラックス化するという計画もあったのですが、発売元であるSanctuaryの親会社が変わったため、今後もこのリイシューを続けていけるかどうかは解らないらしい。


さて、「Muswell Hillbillies」であるけれど。
RCAからの最初のアルバムであり、カントリーやジャズにブルースなどアメリカ音楽の影響が強く出ている(とは言っても湿り気を少し感じさせる空気はいかにも英国的ではありますが)。また、楽曲もそれまでのちょっと捻ったようなポップソングと比べて、ぐっとシンプルなものばかりになっています。
サウンドは重心低め、タイトに締まった感じで、逆にいうとカジュアルに楽しめるような開放感には乏しいかな。ライナーノーツを読むとレイ・デイヴィスは当時、ミックスを何度もやり直していたそうで、この質感に相当こだわっていたのでしょう。
濃さという点ではキャリア屈指のこのアルバム、まさにキンクスの新しい時代、その幕開けを飾る一枚ですな。

なお、今回のディスク2には16曲が収録で、うち未発表のものが6つ。トータルでしっかりと作りこまれたアルバム本編に対して、もっと素に近くリラックスした仕上がりが楽しめて、これも悪くないね。

2013-10-14

ジャック・カーリイ「イン・ザ・ブラッド」


早朝からの釣りを楽しんでいたカーソン・ライダー刑事と相棒のハリーは、漂流するボートに乗せられた赤ん坊を救助することとなった。そしてボートが流されてきた元の場所を突き止めると、そこには腹に銛を突き刺された焼死体が。さらには赤ん坊が収容された病院も襲撃を受ける。
一方、教会キャンプでは異様な状態の死体が発見され・・・。

2年ぶりの邦訳になる、5作目です。
「ほんのキスひとつ隔てたところじゃないか。ローリング・ストーンズが言うように」
"Gimme Shelter" が最後の方で引用されているのだけれど、同名映画中で描かれた所謂「オルタモントの悲劇」を思わせる暴力的な白人集団の脅威が、作中モチーフのひとつになっています。また、この作品が本国で発表された頃に、ちょうどバラク・オバマが大統領に選出されており、その影響もあるかも。

ミステリとして見ると、400ページほどの分量に込められたプロットは複雑にしてタイト。ふたつの事件に加えて、謎のエピソードが平行して語られるのですが、ちょっとした繋がりらしきものが見え隠れしているので、興味が途切れないのがうまいところ。ページを繰る手を止めさせない、という点では今作は過去最高かも。
ただ、物語の凝縮度が増した分、手掛かりをひとつひとつ繋ぎ合せていくような推理の興趣が薄くなった感はあるか。カーソンとハリーが勘にまかせて、あちらこちらに動きまわるうちに事件は勝手に解決していくといった風。その辺りはスピード感でもって、うまく補われているのかな。

やたらに枝葉があるかに見えた物語を遺漏なく綺麗に収束させていく手腕と、先読みさせない真相は毎度のことながらお見事というしかない。犯人の設定はこれまでのパターンを踏まえているけれど、今回はさらにそこからもう一捻り。
新キャラクターの定着を期待させる結末も良いね。

これは細部までうまく構築された・・・何だろう?
読後感は謀略小説みたいなんだよな。凄く面白かったのは確かなのだが。

2013-10-13

Roy Wood / Boulders


ロイ・ウッドはムーヴ時代からいくつかレコードジャケットのイラストを自ら手がけていますが、それらの多くはけばけばしくて、あまり趣味がいいとは思えないのが正直なところ。けれど、この「Boulders」のジャケットは自画像に色を塗りかけて仕上げないままおいた、という風です。そして音楽の方も、あえて作り込まずに自然な雰囲気を残したようでありますね。

ソロ名義では初となるこのアルバムは、管弦まで含めた(ほぼ)ワンマンレコーディングによる制作。いかにもロイ・ウッドらしい変な試みは随所に見られるものの、まずは唄を聴かせるものになっているのが美点でしょう。
リリースされたのは1973年なのだが、実際には'70年に完成していたそうで、このひとの持つコテコテの部分やドラマティックな路線はムーヴでの活動の方に注入されていたのであろうか。アコースティックギターの使用が目立つ風通しのいいサウンドで、メロディの良さも一段と際立っています。

ロイ・ウッドというひとはいろいろと妙なことをやりますが、ソングライターとしては実にまっとうな曲を書く。意表を付くような転調やら、変わった音使いがあるわけではない、王道のポップソングという感じ。そして、それがユニークなアレンジとうまく結びついたときにはとてもいいものになるようだ。
このアルバムだと、"Wake Up" ではバケツに張った水をパーカッションに使っていて、普通なら冗談っぽくなってしまいそうなところが、なんだか心に染み入るような出来であります。

あまり方向性を絞らずに作ったのが吉と出たような。良い曲が揃っていて、それを素直に楽しめる作品ですな。
個人的なベストは臆面もなくセンチメンタルな "Dear Elaine"。 ジェフ・リンとの共通した資質も強く感じます。

2013-10-05

アガサ・クリスティー「白昼の悪魔」


舞台は休暇の観光客で賑わうイギリスの小島。引退した女優、アリーナは男たちの関心を一身に集めることに満足していて、その周囲には嫉妬からくる憎しみが高まる。やがて避けようのない事件が起こるのだが、容疑者たちには強力なアリバイが。

1941年のエルキュール・ポアロもの、再読です。この辺りの内容はなんとなく覚えているな。一応はクローズドサークルものといってよいか。
基本的にはこれまでのクリスティの作風の洗練形にあると思います。プロットだけ取り出せばそれこそ何度も読んできたようなものですが、ミステリとして無駄が少ないのが特徴で、一見、枝葉のようなエピソードも後から謎解きに絡んでくるから油断できない。

解決編ではふいを突くような展開が待ち受けていて、思わず引き込まれますね。手掛かりの持つ意味はそのままで、背景となる事件の構図をずらしてしまうのだから。また、中心になっているトリックは、大胆な伏線も含めてチェスタトン的な発想と言えましょう。
犯人の設定は分かってみれば過去に使ったパターンなのですが、いかにもクリスティらしい強引な犯罪計画のせいで見えにくいものになっているようでもあるか。

いつもとさほど変わらない要素に少しのプラスアルファで、見事な効果があがっているようです。明晰なミステリ、という印象を持ちました。

2013-10-04

平石貴樹「松谷警部と目黒の雨」


平石貴樹、久方ぶりの新作は何と文庫書下ろしであります。描写は控えめ、ユーモラスで平易な文章ですが、内容は勿論、ガチガチのフーダニット。探偵役は松谷警部、ではなくて白石イアイという若い女性巡査です。
設定は1998年の冬であり、都内でOLが殺害され、その友人たちに聴取をしていくうちに、彼らのグループ間で過去に複数の変死事件が起こっていたことがわかった、というもの。登場人物表を見ても、警察関係者以外は殆どが被害者の学生時代からの知人ということで、つまりは内輪の事件のよう。

物語序盤で、被害者が発見されるきっかけになった電話について白石巡査がちょっと冴えた推理を披露する。これで期待が持たされるわけだ、読者も、松谷警部も。ただ、それ以後の展開はいかにも警察小説らしく、調査と手堅い推論が繰り返されていく。
そのまま終盤に入り、どうにも有力な線は途絶えたように見えたが、白石巡査は「・・・・・・もう一息だと思うんです」。そして、その後には全体図のどこに当てはまるかは解らないようなエピソードがいくつか示される。この呼吸、ミステリをそこそこ読んできた人間ならわくわくさせられるのでは。

真相の方は、複数の事件それぞれに独立したアイディアがあって、なおかつそれら全体を見通すことでフーダニットとしての謎が解ける、という感じですね。状況のちょっとした齟齬から犯人を限定していく手際が実にスマートであります。大胆で意外な伏線の数々も愉しい。

いってみればオールド・ファッションド・ディテクティヴ・ストーリーであって、新奇さや小説としての味付けといったものを求める向きには物足りないかもしれませんが、著者のこれまでの作品を楽しんできたひとなら今回も間違いないかと。

2013-09-29

笹沢左保「霧に溶ける」


莫大な賞金が懸かったミスコンテスト、その最終予選に残った美女たちを次々と事件が襲った。脅迫、交通事故、ついには変死まで。

1960年作、笹沢左保の第二長編です。
いかにも昭和らしい風俗を背景にして、ミス候補たちのギラギラした欲望が描かれます。また、警察官たちは夏の炎天下の下、汗水垂らしながら地道な捜査を続けるのですが、彼らの前に立ちはだかるのは、それら作品世界と似つかわしくないくらいの不可能興味溢れる謎です。

使われているトリックの数々はいかにも頭でっかちで生硬なもので。それが時代の一周したような今では、かえって新鮮に感じられました。特に密室の謎は、さまざまな可能性を潰した上での盲点を突いていて面白い。
そして全ての殺人トリックが解かれた後も、まだフーダニットの難問が残っているのだから、なんとも密度が濃い。

終盤に明らかになる事件全体の構図は、この作品が書かれた時代を考えるなら非常に先鋭的なもので、平成の本格ミステリとも共通するテイストすら感じました。手掛かりははっきりと出されているので、現代の読者ならば見通すことも可能でしょう。しかし、この悪魔的な犯罪計画と真犯人の安っぽいキャラクターの落差が凄いな。
また、終章になってようやく最後の1ピースが明らかにされ、より大きな絵が浮かんでくる構成も決まっています。

300ページちょっとの物語に大掛かりなトリックをこれでもか、とぶち込んだサーヴィス編。人情劇も盛られているのですが、読後感はちっとも重くならないのが好みでした。

2013-09-27

The Mamas & The Papas / The Mamas & The Papas (eponymous title)


Sundazedよりママズ&パパズのアルバムが二枚リイシューされました。ファースト「If You Can Believe Your Eyes And Ears」は二年前に同社よりモノミックスでCD化されていまして、今回出たものではセカンド「The Mamas & The Papas」がモノラル、サードの「Deliver」がステレオ仕様になっています。

アルバム「The Mamas & The Papas」は1966年リリース。
ファーストアルバムにおけるフォークロックのスタイルを踏襲しながら、よりしっかりと作りこまれた作品といえましょう。カバーが2曲と減り、その2曲も確固としたオリジナリティを感じさせる仕上がりです。
このアルバム制作中に一度、ミシェル・フィリップスがクビになり、後に戻ってくるわけですが、その間はジャン&ディーンのファンにはお馴染み、ジル・ギブソンがメンバーとして迎え入れられていました。そのせいで、完成したアルバムでは一体どちらがどの曲を歌っているのかが区別が付かない、という状態に。図らずも、音楽的にはミシェル・フィリップスは互換性のある要素だ、ということが明らかになってしまったわけで。
さて、最初に書いたように、このアルバムは今回、モノラルミックスが採用されています。ただ、ダンヒル保有のモノマスターは'70年代に全て廃棄されてしまったそうであって。ファースト「If You Can~」のリイシューCDについては英国で発見されたマスターテープ(*)が使われたのですが、その時点では、その他のアルバムのモノラルマスターは見つかっていなかったはずです。今回のものに関してはその辺りのインフォメーションが無いのですが、実際に聴いてみると流石にSundazed、ちゃんとしたものであって、「If You Can~」とも遜色は無いように思いました。
〈追記〉このアルバムのリイシューはアナログ盤起しではないか、という議論がありました



続いての「Deliver」は翌1967年のリリース。彼らのアルバムの中で、ジャケットはこれが一番美しいですね。
内容も良く、フォークロックにとどまらず、より洗練されたポップソング集になっています。全体として以前よりも落ち着いて、ソフトさが強まった感じで、特にインスト曲をも含むアルバム後半の流れが良いな。
今回使用されたステレオマスターは昨年の秋ごろに発見されたもののようで、シュリンクに貼られたステッカーにも「sourced from the original analog masters」と書かれています。

さて、こうなると当然、4枚目のアルバム「The Papas & The Mamas」のリイシューも期待したいのですが、Sundazedの手堅い仕事ぶりを見ていると、新たにマスターテープが発見されない限りは難しいのかな・・・。

2013-09-25

島田荘司「占星術殺人事件」


自分が古いのはよく解っている。しかし私は、「力」を解りやすく感じさせてくれる作が好きなのだ。

改訂完全版、と銘打たれたものが文庫化されていたので、『占星術殺人事件』を久しぶりに読みました。それまで乱歩や正史くらいしか知らなかった僕にとって、この作品は日本のミステリをちゃんと読み始めるきっかけになったものであります。
御手洗潔、石岡和己ともに若い。いちおうは職をもった社会人として描かれているし、作中に清張の作品が引かれているのも、今見ると新鮮。

今更ながら、この作品に投入されているアイディアやトリックは質量ともにすさまじいもの。
ただ、若い頃には時間を忘れ、何度も夢中で読み返したけれど、歳を取ってスレた今になってみると、冗長な感を受けたのも正直なところ。小説としての書き込みが謎解きの流れをしばしば寸断してしまっているように思うし、もっとはっきり言えば既に石岡君が迷ワトソン役であることが判っているため、彼の単独行のパートにあまり興味が湧かないのだ。
とはいえ、後半に置かれた「読者への挑戦」からは今でも、そこに込められた気迫を感じ取ることが出来たし、(メイントリックの説明が煩雑なのは仕方がないとして)謎解き全体としては意外なほど整理がいい。何より、後年の作品に感じるような強引さがなく、実に綺麗な収束を見せるのが心地良い。

この時期の作品は大部であったとしても、どこか軽みがあるように思う。出来うんぬんを超えたところで好ましさを覚えます。

2013-09-21

The Young Rascals / Collections


「やっぱりビートルズは初期がいいよね」なんてのと似たニュアンスで言うのだが、やっぱりラスカルズは頭に「ヤング」が付いてた時代のがいいねえ。
時にガレージ的な雰囲気も漂わせた、勢いに満ちた演奏が最高で、やや荒めながら迫力いっぱいのドラムは初期ならではの魅力であります。フィーリクス・カヴァリエーレ(*)のボーカルも、この時期にはなんともいえない甘さをたたえているのがたまらない。

「Collections」は1967年にリリースされた、彼らのセカンドアルバム。前年のファーストに収録された曲が殆どカバーで占められていたのに対して、こちらでは11曲中6曲がメンバーの手によるオリジナルであり、そのうちカヴァリエーレが作曲に絡んだ "What Is The Reason"、"(I've Been) Lonely Too Long"、"Come On Up" 及び "Love Is A Beautiful Thing" の4曲は全てキャッチーなロックンロール/ポップソングとしてかなりの出来になっています。
中では "Come On Up" がポップなだけでなく、荒々しい演奏とカヴァリエーレの色気のあるボーカルがミッチ・ライダー&ザ・デトロイト・ウィールズを思わせる格好良さ。また、この曲に続いて実際にデトロイト・ウィールズも取り上げていた "Too Many Fish In The Sea" を演っているのだが、こちらは一転してしなやかな仕上がりで、ここら辺の緩急の具合もいい。

さて、彼らはブルー・アイド・ソウル、などと形容されることが多いようだけれど、実のところカヴァリエーレ以外のリードではそういった感じは余りありません。このアルバムにおいてエディ・ブリガーティが気負わず、伸びやかな声を聴かせる曲はポピュラー然としたテイストがあり、カヴァリエーレの熱のこもったボーカルとの対比で、アルバム全体に程よい幅(ジョージィ・フェイム的、といったらよいか)をもたらしているように思います。
こうしたブリガーティの持ち味が、後に彼らの音楽性を拡げていく力の一つになるのだろうけど、それはまた別の話ということで。


2013-09-17

Raspberries / Side 3


ラズベリーズ、1973年リリースのサードアルバム。
これ以前の彼らの作品はエリック・カーメンの個性が突出し、凄く大雑把にいうと、アメリカ的にデフォルメされたポール・マッカートニー、というテイストのものでした(これは模倣したというわけではなく、資質に共通した部分があったことによるものだと思いますが)。それが、このアルバムではサウンドがぐっとハードに変化、感傷的なスロウは一曲もなく、バンドらしさを強調されたものになっているのです。曲の構成はシンプルになり、いかにもビートルズ的なアレンジも影を潜めています。

そして、そのことによって特にパワー・ポップ系の曲における音楽的なまとまりが獲得されました。以前なら例えば、彼らの最大のヒット曲である "Go All The Way" だとイントロはヘヴィでドライヴ感のあるギターリフなのに、唄が始まった途端に甘々のポップスになっているというような(それが個性でもあったわけなのだけれど)曲想の乖離がありましたが、それが今作では解消されています。
とりわけ、2つのシングル曲 "Tonight" と "Ecstasy" におけるキャッチーなハードポップとしての完成度には目を見張るものがあって。"Tonight" の方は楽曲・演奏・歌唱など何を取っても後期スモール・フェイシズそのものだし、"Ecstasy" のメロディはまるっきりマージービートなのだけれど、そのことがちゃんとラズベリーズとしての個性になっているというのが素晴らしい。

一方で、ライヴ感あるバンドサウンドにこだわった結果として、過去のアルバムにおいてはちょっと出来の落ちる楽曲でも多彩なアレンジに救われていたのものが、ここでは曲による出来不出来がはっきりとしてしまっていることは否めません。

そういったように、トータルでの曲の良さでは必ずしもベストとはいえませんが、このアルバム後にメンバーのうち二人が抜けたこともあって、バンドとしてのラズベリーズ、その到達点を示した作品ではありましょう。

2013-09-16

アガサ・クリスティー「愛国殺人」


怖くて仕方の無かった歯の治療を無事に終えたエルキュール・ポアロは、その日の午後を自宅でくつろいで過ごしていた。ジャップ主任警部から電話があるまでは。聞けば歯医者のモーリイ氏が自殺したというではないか。モーリイにはまるでそのような兆候が見られなかったことを思い返し、訝しむポアロ。だが、それは大きな事件の始まりに過ぎないようだった。

1940年発表の長編。原題は "One, Two, Buckle My Shoe" というマザー・グースの数え歌で、邦題は米版タイトルが元になっています。実際にこの作品はマザー・グース・ミステリなのですが、見立てによる犯罪が行なわれるのではなく、マザー・グースの歌詞にそってストーリーが展開する、というメタフィクションめいた趣向です。

はじまりは疑わしい状況で起こった自殺であって、いかにもクリスティが扱いそうな地味なもの。ところが矢継ぎ早に事件が続いた上に、背後には政治犯の暗躍が仄めかされ、状況は錯綜し始める。はて、これは謎解き小説というより冒険活劇路線の作品なのだろうか?

読み終えてみれば充分にトリッキーであり、その真相はこれまで読んできたクリスティ作品の中でも、最も奥行きと複雑さを持つもので、満足。できればもう少し伏線の量が欲しかったか。にしても、『ビッグ4』などの自作のイメージを誤導に使うという大技は(成功しているかどうかは別にして)凄いね。

社会的なテーマと謎解きを結びつけた意欲作でもありますが、いろいろ盛り込みすぎたせいか読み物としての仕上がりはちと荒めかな。
結末のキレはお見事。

2013-09-14

泡坂妻夫「夢の密室」


元版は1993年刊となる短編集。
収録されている作品は不可能興味を持つものばかりですが、必ずしもそれが主眼ではない、というのがいかにもこの作者らしい。


「石の棺」 古代の石棺の呪いによる事件という、怪奇趣味と不可能状況を絡めた一編なのだが、実にさらりと纏め上げられている。亜愛一郎ものにも共通するような、とぼけてユーモラスな語りが快い。

「蛇の棲処」 毒蛇を使った殺人というテーマといい、使われているトリックといい、一つ間違えば古臭くなりそうなもの。それが、微妙に現実感が希薄な文章によって読まされてしまう。まさに筆力によって成立しているミステリではないかしら。

「凶漢消失」 作者自身が語り手となって、奇妙な書物の謎が紹介される。すれっからしの読者を対象にしたのだろうか、人間消失そのものを誤導に用いた、大胆な一編。

「トリュフとトナカイ」 どこか夢の中を思わせる雰囲気のドタバタ劇と、その末に起こる車両消失事件。脱力するようなやりとりに裏があって、実にうまい。メイントリックはいかにも奇術的な発想ですね。

「ダッキーニ抄」 舞台は中世ヨーロッパ、魔女狩りが熾烈を極めた時代において、奇術に心を奪われた若者の物語。技術の研鑽がいつのまにか形而上のものへとずれていく趣向がいいですね。

「夢の密室」 密室の謎を扱いながら、夢とリンクさせることで奇妙な味わいが生まれている。この作者のファンなら思わずにやりとする名前も。


飄々とした語り口調の隅々に計算が感じられますな。作品の配列にも妙味があって、洒落に洒落た作品集です。

2013-09-08

倉阪鬼一郎「八王子七色面妖館密室不可能殺人」


著者、毎年恒例のバカミスです。
内容としては、七色の外観をもつ洋館を舞台にした七連続の不可解殺人、それが90ページほどのところまでで全て起ってしまう。そこから後はすぐに解決編という段取りです。

頭からいかにも不自然な描写が満載で、何か隠してますよ的うさん臭さが半端ない。
過去の作品ではそれなりに小説らしい体裁をつけていたと思うのだけれど、今作に至っては完全に開き直っているという感じだな、シリーズ読者だけを相手にしているのか? と思って読み進めていくと、やがてこれにはちゃんと理由があったということがわかる。

そして、事件の謎が解かれた後、これまでなら延々と作品世界にカタストロフが訪れるのだが、今回はちょっと違う。バカミスとして人間を描く、と言ったらよいか。終盤、テキストの解釈について判断が揺れてしまうところがいい。
更に今作では、現実に対する異議申し立てとしてのミステリの側面も強い。「プロローグ」の位置づけに意味がありそうで、あえて作中世界を閉じきらなかった、と考えることもできるか。また、最後の最後「さらにもう一つのエピローグ」などは、読んでいてちょっとフィリップ・K・ディックを想起しましたよ。

前作を読んだときは、そろそろマンネリかなという気もしたのだけれど、新境地でしょうか。これでまた目が離せなくなった。

2013-09-07

Jackie Wilson / Beautiful Day


ジャッキー・ウィルソンは勿論、押しも押されもしない大シンガーであります。ここ日本ではそれほど人気が無いのは、歌声にあまり湿り気や陰りが感じられないせいなのかな。

「Beautiful Day」はブランズウィックから出された1972年のアルバム。
制作はカール・デイヴィスやソニー・サンダースにウィリー・ヘンダーソンと、かのレーベルではお馴染みのスタッフなのだけれど、目を引くのが全曲の作曲クレジットに名を連ねているジェフリー・ペリー。この人自身の音楽性はマーヴィン・ゲイ・フォロワーというところらしく、そのせいかアルバム全体が都会的な甘さを湛えたメロウなものになっています。ベースの動きなどはいかにもニューソウルっぽい。ただ、やはりシカゴ制作なのでサウンド自体はむしろ乾いた仕上がりかな。
そして、そうした新しい音に鼓舞されたように、ジャッキー・ウィルソンの歌唱もここでは若々しく響いています。どの曲をとっても実に気持ちが良さそうだ。

収録曲ではタイトルになっている "Beautiful Day" や "Pretty Little Angel Eyes" の伸びやかさは申し分ないし、"Let's Love Again" はなるほど確かに山下達郎丸かじりといった感じ。少しバーバラ・アクリンの "Am I The Same Girl?" を思わせる "It's All Over" もいいな。
中でも特に気に入ったのは "Because Of You" というミディアム。少し緊張感をもって抑えた出だしから、ウィルソンの「なぜなら俺たちには愛があるのさ」という熱っぽいフレーズで一気に開放されていく瞬間が凄く格好いい。

時代のサウンドの中で、ジャッキー・ウィルソンというスターの持つスケール、それを存分に生かすことに成功していると思います。華やかで明るさに満ちたアルバムです。

2013-09-01

The Pale Fountains / ...From Across The Kitchen Table


ペイル・ファウンテンズ、1985年リリースのセカンド・アルバム。

前年に出されたデビュー盤「Pacific Street」があれが出来る、これもやりたい、といった感じにさまざまなタイプのポップソングを詰め込んだ作品であったのに対して、このアルバムでは、より骨太なギターポップに方向性を絞り込んだ、いってみればプロフェッショナルのバンドらしさを強調したものになっている。ただ、「Pacific Street」には曲の並びで聴かせるような面もあったと思うのだが、こちらはトータルではちょっと単調になってしまった感も。

実は、昔はあまりこのアルバムが好きではなかった。それは曲やアレンジ以前に、サウンドや深いエコー処理に因るところが大で。ダイナミックになった演奏とあいまって、なんだかニュアンスに乏しい大味なものに感じられたのだ。プロデューサーを務めたイアン・ブロウディのせいなのか何なのか、ドラムの音など平板で、もう少しどうにかならなかったか。

個人的にはそういった不満があるけれど、繊細さよりも感情の高まりを優先したような今作、改めて聴き直してみれば楽曲そのものの出来は「Pacific Street」におけるものと全く遜色がないですね。表現がダイレクトになった分、いかにもリヴァプール産らしい甘酸っぱさがだだ漏れ。
マイケル・ヘッドのボーカルがひとつリミッターを外したように情緒的になっているせいか、ネオアコというよりはロカビリーやオールディーズっぽく聴こえる瞬間もあるね。

2013-08-25

有栖川有栖「菩提樹荘の殺人」


作家アリスもの中短編4作を収録。


「アポロンのナイフ」
少年犯罪を扱った短編ですが、テーマがきちんとプロットの必然と繋がっているのが良いですね。ひとつの「ホワイ?」から事件の隠れた構図がするすると解かれていくスマートな仕上がりで、ミステリとしての主眼が見かけとは別のところにある、という構造はいつもながら巧い。

「雛人形を笑え」
若い漫才師の死を巡る人間ドラマの中編。これは「ホワイ?」を捻っていったらバカミスになりました、というような解決なのだが、この小ネタで90ページ持たせるのはしんどいし、作品のシリアスな雰囲気ともちぐはぐ。殺害状況の設定が生かしきれていない感も。

「探偵、青の時代」
火村准教授が学生時代に遭遇した事件。ちょっとした気付きによる、ちょっとした絵解き。

「菩提樹荘の殺人」
奇妙な殺害現場の謎を扱った中編であるけれど、本筋はオーソドックスなフーダニット。容疑者たちのアリバイを崩すのではなく、成立させていくという推理が面白い。また、その手掛かりも盲点を突いたユニークなものであります。


そこそこの手応えを感じる作品もありますが、全体として見るとやや小粒なのは否めないかなあ。シリーズをずっと読み続けている人以外には、お勧めしにくいですね。

2013-08-24

Darrell Banks / I'm The One Who Loves You


英Kentより、ダレル・バンクスがスタックス傘下のヴォルトに残した音源をまとめたものが出ました。

通算二枚目にしてヴォルトでの唯一のアルバム「Here To Stay」は1969年にリリース。制作はアトコから出されたファーストアルバム「Darrell Banks Is Here!」(1967年)と同様、ドン・デイヴィスが手がけています。
録音はメンフィスとデトロイトで行なわれていて、スロウはもう完全なサザンソウルですね。ディープかつ余裕ある唄いっぷりが実に頼もしい。ミディアムでも前作「~Is Here!」に濃厚であったモータウンの影響は薄れ、より力強さを感じる仕上がりです。一部、1969年にしてはスタイルが古く感じられる曲もあるのですが、これは過去に他のシンガー用で作ったオケをドン・デイヴィスが使い廻していたもののよう。
ポップなノーザンでの乗りの良さなら「~Is Here!」に分があると思いますが、こちら「Here To Stay」の方が安定感があり伸びやかな歌唱が聴けると思います。

さて、今回のリイシューの目玉は未発表曲です。スティーヴ・クロッパーのプロデュースでもう一枚アルバムを作る予定だったらしく、そのデモが4曲。これが結構良いのですね。管弦は入っていないのだけれど、演奏・ボーカルともしっかりしたものであり、ベーシック・トラックとしてはほぼ完成しているよう。
特に気に入ったのが "Love Is Not An Easy Thing" というスロウ。曲としてもスケールの大きさが感じられるし、ラフ目のミックスも相まって、スタジオライヴを聴いているような生々しさがたまらない。
また、同時期のジョニー・テイラーと歩調を合わせたようにファンキーな "Mama Give Me Some Water" も、このシンガーの新たな面を見るようで興味深いな。

残りはシングル曲/ミックスが4トラック。そのうち "No One Blinder (Than A Man Who Won't See)" がアルバムに収録されたものとはかなり違うつくりですね。後からパーカッションを加えた上、イントロは短く、テンポも早く編集されていて、シングル向けというか、より締まったものになっていますよ。

2013-08-18

クリストファー・プリースト「夢幻諸島から」


地球に似た文化・環境を持つ世界の赤道付近に広がる島々、夢幻諸島。本書は30以上の章からなる、その島々のガイドブックという体裁をとっています。序文は夢幻諸島内に住む作家の手で書かれているのだけれど、それによればガイドを編纂した人々の正体は明らかではないらしい。どうも、この本全体に企みがあるようだ。

本編に入ると、最初は本当の観光ガイドのような客観的な記述が続き、ちょっと乗りにくいですが、すさまじい猛毒を持つ凶虫・スライムのエピソードから俄然面白くなってくる。更に、もう少し進んでいくと作品の構造が何となく見えてきた。これは、連作短編集の形をとっていますが、本質的には長編ですな。

島のガイドブックなのに、殺人事件の調査報告書としか見えない章や、複数の書簡が並べられただけの章、独立したSF短編として楽しめるものもある。そして、読み続けて行くにつれて、それぞれのエピソードの連関が次々に浮かび上がっていく、この楽しさが絶品。何てことはない島の紹介だけの章も、後から伏線のように効いてきて、読めば読むほど世界の膨らみが増していくような感覚がたまらない。
そこから見えてくるのはエキゾティックな世界を背景にした奇妙な運命の数々で。隠遁生活を守る作家にパントマイム・パフォーマー、世界的な社会学者や放浪する芸術家たち。

お馴染みの現実認識に関わる仕掛けもあるのですが、それにこだわらなくでも充分に楽しめると思います。プリーストの作品としては、かなり取っ付き易いのでは。
いい本を読みました。

2013-08-14

アガサ・クリスティー「杉の柩」


「エリノア・キャサリーン・カーライル。あなたは、去る七月二十七日に起こったメアリイ・ジェラード殺害容疑によって起訴されています。あなたは有罪を認めますか、無罪を申したてますか?」
恋人を奪った相手、メアリイを毒殺した容疑で告発されたエリノア。彼女以外には明らかな動機と機会を持ったものがいないのだ。更には、彼女に莫大な遺産を残して亡くなった叔母の死因にも疑いがかけられ・・・。

1940年のエルキュール・ポアロもの長編。
全体が三部構成になっていて、その第一部では事件が起こるまでがエリノアの心理を中心に描かれてます。ロマンス、叔母の病気、財産の相続、憎悪にまで至るメアリイへの激しい嫉妬。強い感情を持ちながら、表面上はいつも冷静にふるまうエリノア。彼女は確かに殺意を抱いたようである。更に、ところどころ思わせぶりな描写が入ることで、読者にも、エリノアはメアリイを殺していない、とは言い切れなくなってくる。
他にも女性キャラクターが描かれる割合が大きく、エリノアとメアリイの個性の対比もあって、昔の少女漫画のような雰囲気が濃密に感じられます。

3分の1くらい進んだところで殺人が起こり、ポアロの出馬となる。ここからが第二部、捜査編です。
事件の状況は極めて可能性が限定されているもののようである。はじめのうちは、果たしてこれでどうやってミステリを組み立てるのだろうと思わせられるのだが、些細な事柄を取り上げて、さまざまな可能性を示唆していくのが実に巧い。しかし、依然として容疑を覆すような線は浮かんでこない。

最後の第三部は法廷劇であります。エリノアに不利な事実がひとつひとつ事細かに挙げられていくのだが。

シビアに謎解きの面だけを取り上げると弱いですね。証拠の扱いなど、ちょっとこれは無いだろう。犯罪計画も無理が目立つ。
とはいえ、伏線は凄く周到。いや、伏線というよりプロットが重層化しているのか。
ドラマティックな展開も抜群です。

いかに見せるか/語るかの洗練による一作。面白かったわー。

2013-08-12

The Young-Holt Unlimited / Soulful Strut


最近、我が国のウルトラ・ヴァイヴ(ヴァイブではないのね)からブランズウィック・レコードのカタログがリイシューされていますが、中でもこれは単独タイトルとしては初CD化ではないかな。

「Soulful Strut」は1968年に出されたアルバムで、プロデューサーにはカール・デイヴィスとユージン・レコードがクレジットされています。
大ヒットしたタイトル曲がバーバラ・アクリンの "Am I The Same Girl?" のオケに、ボーカルの代わりにピアノでメロディを入れたものだということは、今となっては有名でしょう。従って、この曲で演奏しているのはシカゴのスタジオミュージシャンであって、ヤング&ホルトは参加していないようなのです。名義貸しですね。
更にこのアルバムにおいては、タイトル曲以外でも3曲がバーバラ・アクリンとの競作になっています。そのことを受けてCDのライナーノーツでは、これらの曲はミックスは違えどもバーバラ・アクリンのレコードに使われているのと同じセッションのものではないか、つまりヤング&ホルトは演奏していないのではないか、という推測をされています。
実際聴き比べてみると、同じですな。
いや、もっと踏み込んでみると、このアルバム全11曲のうちヤング&ホルトらしい演奏はわずか4曲しかないぞ。

いくつか他のアルバムを聴くと、彼らはヒット曲のカバーもたくさん演ってきたけれど、それらは渋いセンスを感じさせるジャジーなものになっていました。ところが、このアルバムのプロダクションははっきり二種類に分かれている。ギターや管弦が入ってリッチに仕上げられた唄の無いソウルミュージックと、ピアノトリオによるソウルジャズ。おそらく、そのうちユージン・レコードが絡んでいるのは前者だけであって、それらは全てスタジオミュージシャンによる演奏ではないか。
個人的にはトリオ演奏の方が断然、好みで。エキゾティックな "What Now My Love" は格好いいし、スキャットや語りも交えた"Baby Your Light Is Out" なんてライヴ的な雰囲気が心地よくて、もっと長く聴いていたくなる。

ヤング&ホルトらしい個性を楽しむとなるとちょい不満でありますが、そもそも "Soulful Strut" の線で作られた音を聴かせるという面の方が大きいアルバムなのだろう。そういったもののうちでは、ジョニー・テイラーのカバー "Who's Making Love" がソリッドな仕上がりで悪くないな。

2013-08-06

都筑道夫「退職刑事 1」


安楽椅子探偵ものの短編集、再読です。若い頃はあまりこの作品とは合わなかった覚えがあるのだけれど。
小説としては親子がちゃぶ台を挟んで喋っているだけ。物語性を犠牲にしている、という点でとても極端なミステリであって、この形式のままシリーズ化したというのが凄いところ。

作者自身がトリックからロジックへ、と言っているように巧緻な犯罪計画が実行されることはありません。で、ミステリのヒキとして不可解な状況が用意されているわけですが、これは結果的に偶々そうなった、というもの。それを言い当てる推理は畢竟、辻褄は合っていても説得力が弱くならざるを得ない。作品によっては出来の良い落語の三題噺を聞いているようでもあって、実際に推理の通りに事件が起こったのかはどうでもいい、ということになるか。


「写真うつりのよい女」 殺された女は裸に男物のパンツだけを身に着けていた。
― 殺害状況に関する推理は手掛かりが少な過ぎる気がしますが、そこに辿り着くまでの状況を整理していく過程のキレや、多くの伏線による畳み掛けが良いので、読まされてしまう。

「妻妾同居」 性豪で知られる男が、同居の妻と妾が外出中に殺された。そして、その発見者は新たな愛人であった。
― 小道具から手掛かりから徹底して下ネタにこだわったような一編。ちょっとした状況の齟齬から始まって、大きな逆転を導く構成がいい。これが論理のアクロバットの醍醐味か。

「狂い小町」 誇大妄想狂の女性の死体は、よその家の流しで化粧を洗い流された状態で発見された。
― これも推理によって導かれる隠れた物語に意外性が潜んでいる一編。しかし、余詰めがあっさりしているので、説得力が弱い。そうなると、ちょっとこじつけめいて感じられるな。

「ジャケット背広スーツ」 殺人事件の容疑者は、上着を着ているのに腕にもジャケットを二着抱えた男を見た、と主張する。この男が見つかればアリバイが成立しそうなのだが。
― 本筋とは関係無さそうな事柄から思いもよらないところに辿り着く、ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を思わせる作品。蓋然性をフル活用して、ありえたかもしれない物語を紡ぐ楽しさが堪能できます。一方、謎がふたつになっていることで、作品としての締りが弱くなった面もあるか。

「昨日の敵」 関係者の駐車場に放置され、後に消えた人形は、殺人予告だったのか?
― 矛盾し、まとまりの無い状況を綺麗に収束させてみせる手際は見事。ただ、紙幅に対して事件の関係者が多いため、いささか窮屈になった感が。

「理想的犯人像」 知り合いを死に至らしめてしまった、と自首してきた男。だが死体が見つかったのは別な場所であり、死亡時刻も男の主張より早い時刻だった。
― 謎の難易度が高い分、推理がそう厳密でなくても満足できます。人間の出し入れがうまく運び、すっきりと良くまとまった作品。

「壜づめの密室」 殺人事件が起こる前、ボトルシップの中に首を切られた人形が出現していた。あれは殺人予告だったのか?
― 奇妙な謎を扱っていますが、その絵解きも奇妙な心理に寄りかかったものであり、どうかな、と思えるもの。殺人の解決は細かな手掛かりを積み重ねた手堅い仕上がりですが。


地味なようで、実はとても過剰なミステリですな。この机上の空論を楽しめるかは、ひとを選ぶかも。

2013-08-05

Nilsson / The RCA Albums Collection


来ました、ニルソン箱。
えらい中身の詰まりようであります。新たにマスタリングされたオリジナルアルバム14枚は勿論、レアトラックの質・量が凄い。多くが未発表のもので占められたレアトラックだけのCDが3枚あるだけでなく、各ディスクのボーナストラックにも未発表のものが含まれているのだから油断できない。
BBC出演時の録音などもあって、思わず初めてのものだけを先に聴きたくなりますが、とりあえずは一枚ずつ順番通りにいこうかな、と。



「Pandemonium Shadow Show」は1967年、ニルソンがRCAより出した最初の作品。このアルバムと次作「Aerial Ballet」(1968年)は今回ステレオ/モノの両ミックス収録になっていて、モノラルは初CD化らしい。

"Cuddly Toy" や "Without Her" をはじめとするオリジナルのチャーミングなポップソングの数々、技巧的なビートルズ・カバーもいいですが、ここ数年気に入っているのは "There Will Never Be" という曲で、作者はロビン・ウォードの "Wonderful Summer" を書いたペリー・ボトキンJr. とギル・ガーフィールドであります。アルバムのいくつかの曲においてボトキンJr. がアレンジを担当しているので、その伝で取り上げられたのかもしれませんが、ジャジーな演奏の中に洒落た軽味が生きていて良いな。アルバムの流れのなかでも、ちょっと雰囲気を変えることに成功しているように思いますよ。

2013-08-04

The Chi-Lites / I Like Your Lovin' (Do You Like Mine)


シャイ・ライツが1970年、ブランズウィック・レコードから出したセカンドアルバム。
ジャケットのセンスはちょっと田舎臭いですが、中身は若々しい勢いと軽快さが心地いい都会のソウルです。全10曲のうち6曲が前年に出されたファーストアルバムからの使い廻しになっているのはシングル曲のヒットを受けて急ぎで制作されたからでしょうか。このジャケットに使われているメンバー写真は、ファーストアルバムのバックカバーにあるのと同じのを裏焼きしたもののようであります。

で、そのヒットした2曲がいずれも生きのいいファンクで、特に冒頭の "Are You My Woman? (Tell Me So)" が強力。ノーマン・ウィットフィールドが手がけたテンプテーションズの影響が非常に強く感じられますが、モータウン製に比べてこちらはしつこくなくて、ずっとすっきりとした仕上がりになっています。演奏時間もコンパクトにまとまっているし、何より主役はシンガーたちなのだな。

他の曲にはスロウもあるのですが、この時期ではまだ余り目立つほどの出来では無いか。そうなると、ここではいかにもシカゴらしい軽やかなミディアムが聴き物ということになります。中では、穏やかながら華のある "24 Hours Of Sadness" や "Give It Away" が気に入りました。
また、カバー曲がテンプス&スプリームスがヒットさせた "I'm Gonna Make You Love Me" やデヴィッド・ラフィンの "My Whole World Ended" 、スタンダード曲の "The Twelfth Of Never" とあるのですが、どれも少しテンポを上げてさらっと粋に仕上げています。

言って見ればデビュー盤のつくり直しみたいなアルバムですが、既にカバー以外はすべてユージン・レコードの手によるものであって、いや、良い曲が書けるというのは強いな。