2009-08-31

道尾秀介「龍神の雨」

この本、買ってから二ヶ月以上、手を付けてませんでした。
道尾秀介は今、日本で一番優れたミステリ作家のひとり、とは思うのだが、なんか深刻な物話が多いんですね。この作品もそう。僕の好みからすると、うっとおしい人間ドラマなんてどうでもいいから、騙してくれえ、というところなのですが。この作者は登場人物の気持ちの擦れ違いを誤導に使うので、心理の書き込みが深くなるのは仕方ないところで。うまく省略も効いてるので読み始めたら早いんですけど、どうもね。
が、放置してるうちに次の新刊『花と流れ星』も出たようなので、それも読みたいしな、と取り掛かりました。

で、感想。
いつもの道尾作品でした。重い雰囲気ながら緊迫感を持続させることで、どんどんページを繰らせていく。こっちは、どこに仕掛けがあるのか、と思いつつ読んでいるのだが、コロリとやられる。その技のキレはあいかわらず素晴らしい、のだけど。
この騙しのパターンというのに少し慣れてきてしまったか、という気はします。事件の限定された部分しか主人公もしくは読者には見えていないのだが、実際の全体像はその「部分」から想像するものとはまるっきり違っていた、という。
確かにすっかり騙されはしたのですが、またおんなじだったなあ、という感もあって。贅沢なこといっていますが。

もっとも今回はその「騙し」だけを取り上げて云々するべき作品ではないのかもしれません。どんでん返しがあってからもまだ物語が展開していくので、読後感は今までの作品とは違ったものでした。サイコサスペンスみたいだなー、と。
ミステリの技巧は今までの延長上にあるものですが、物語の構成としては違って来ているのかも知れないす。

読む方がこの作者のとんでもない巧さに慣れてしまってきたような感じもありますが、年間ベスト10なんかには入ってくるでしょうね。

2009-08-14

大森望/日下三蔵 編「超弦領域 ― 年刊日本SF傑作選」


2008年の国内SF短編アンソロジー、なんだけど。
最初に言っとくと、ぼくは今のSFにはすっかり疎くなってて。で、最新のSFってえのをちょっくら読んでみるか、と手を出したわけで。
そしたら、これってSF? ってのが結構混ざっていて。SF的なものの広がりを示した選択なのだろうけれど、綺譚といったほうが相応しいものもどんどん取り込んだ結果、ジャンル独自の色が薄まってしまったんじゃないか。最後の方に純SF作品を並べることで、落とし前はつけてあるけれど、一冊の本としてはバラエティが中途半端さにも繋がってるようであって、個人的には、面白いけど食い足りないという意見です。

気になった作品をばいくつか。

法月綸太郎「ノックス・マシン」 ・・・ ミステリの世界では良く知られる「ノックスの十戒」を扱った、タイムトリップものホラ数学SF。ネタ一発、といえばそうなんだけど、バカバカしくも楽しい。法月は他ジャンルだと生き生きしてるなあ。

津原泰水「土の柱」 ・・・ どっから見てもSFではないんだけれど、もう、小説が抜群にうまいです。凝縮された文、とはこういうものをいうのだな、惚れぼれしました。早速この人の著書を3冊買って来ましたよ。

堀晃「笑う闇」 ・・・ ロボットと漫才をする、というお話。日常とテクノロジーの馴染ませ方が素晴らしい。単純に物語としてもよく、ベテラン作家らしい芸が堪能できました。こういうのがあると、ほっとしますね。

円城塔「ムーンシャイン」 ・・・ 稲垣足穂みたいなタイトルですが、ハード数学SF(らしい)。正直、この作品はちゃんとわかったわけではないです。イメージもしっかり受け取れた気はしませんし。ただ、設定やら語り口の楽しさでもって、わからないままでもどんどん読めてしまう。

伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」 ・・・ あまりに現代的な007パロディ。アイディア・情報量の密度とそれを負担にさせない娯楽性の高さ。この作品だけレベルが違うな。重く骨太な力作。 

2009-08-12

Beach Boys / All Summer Long


1964年リリース、ロックンロール・コンボとしてのビーチ・ボーイズを代表するアルバム。

まず、ジャケットが素晴らしい。これ以前のアルバムのジャケットは、今見るとややセンス古いかな、という気がするのだけれど。
この「All Summer Long」というアルバム、楽曲の題材としてはそれまでのサーフ/ホット・ロッドに密着したものから、サザン・カリフォルニアの若者のライフスタイルへと、すこし広がりを見せており、ジャケットもそれに呼応したようではある。

収録曲では、なんといっても冒頭の "I Get Around" が最高だ。この曲の数ヶ月前にリリースされた "Fun, Fun, Fun" はビートルズとタイマン張って勝つべく制作されたシングルであったが、チャートでは5位止まりだった。今ではポップクラシックであるが、"Fun, Fun, Fun" はまだ "Surfin' USA" 以来のチャック・ベリーにフォー・フレッシュメンを掛け合わせたスタイル、その洗練形の範囲にあったと思う。けれど "I Get Around" にはそれを越えたドライヴ感がある。新しいロックンロールが生まれた、といっていいのではないか。シングルチャートでも見事、1位に輝いた。

メロウな曲ではカバーではあるが "Hushabye" がもう、聴いていてどうにかなってしまうんじゃないか、というくらい美しくて。コーラスは無論のこと、バックのアレンジも素晴らしい。ドラム、ベース、ピアノくらいしか入ってないようだし、シンプルな演奏なのだけれど。曲のはじめのところ、ベースが入ってくる瞬間や、ピアノが単音のフレーズからコード弾きに変わるところなどゾクゾクさせられる。
中間部のマイク・ラブのナイーヴなヴォーカルもいい。と、いうか良くないところのない名演。

このアルバム制作の後、しばらくしてブライアン・ウィルソンはツアーから離れてしまい、ビーチ・ボーイズの音楽は徐々に内省性を強め、アレンジも複雑化してゆく。
「All Summer Long」はそうなる以前の、アメリカの若者が抱く憧憬が屈折なしに表現された最後のアルバムということだ(表題曲が映画「アメリカン・グラフィティ」の最後に使われたことは象徴的)。ビーチ・ボーイズとしてはサーフ・インストが収録された最後のアルバムでもある。

ロックンロールに楽観性が生きていた時代。それゆえか、勢い一発のような曲もある。けれど現代においてその出来を云々するのも見当外れかもしれない。
ひたすら無垢、というより無邪気な音に打ちのめされればいいと思う。

2009-08-05

Freda Payne / Band Of Gold


フリーダ・ペインがインヴィクタスからリリースした音源を、コンプリートで収めた2枚組CDが最近英エドセルから出ました。2001年に英サンクチュアリから出た同趣向のものも僕は持ってるのだけれど、そちらは曲順がオリジナルアルバム通りではないので、新たに購入。まあ、お金の無駄遣いですね。あと、同時にチェアメン・オブ・ザ・ボードの全音源を収めたものも出たので、ダブリ上等でこちらも購入。ちょっとでも音が良くなってれば、という言い訳を自分自身に対してしながら。ああ、無駄遣いだともさ。

「Band Of Gold」はフリーダ・ペインが1970年に、インヴィクタスからでは最初にリリースしたアルバム。
モータウンから独立したホランド=ドジャー=ホランドが設立したインヴィクタスおよびホット・ワックス。フリーダ・ペインはそこにおける新たなダイアナ・ロスであったのかな。
彼女はインヴィクタス以前にはジャズを歌っていたそうで、なるほど聴いていても、それほどソウル的な力感を感じるヴォーカルではない。けれど、可愛らしい声でしっかり歌っていて、好感が持てます。気張ると却って子供っぽく響くのだけれど、それも悪くないです。ちゃんと伝わってくる。

音のほうはモータウン時代のH=D=Hのアレンジの流れを汲みながら、ミックスではストリングスの音量控えめ、リズムが強めのすっきりした仕上がり。あと、'60年代のものと比べるとやや曲のテンポが抑えてあって、ミディアムであってもちょっと踊り難そうかな。けれど、フリーダの発声のはっきりした丁寧なヴォーカルが映えるテンポではあります。
楽曲もポップでキャッチー、いい出来のが揃っていて、H=D=Hが彼女に力を入れて売り出そうとしていたのが判ります。

このアルバムより後のものでも良い曲は入ってるのだけれど、音のほうがデトロイト・ノーザンの溌溂としたスタイルではなくなってきているので、個人的にはやはり「Band Of Gold」の新しいものが始まるような勢いが好みです。
ソウルのリスナーよりもガールポップのファンに勧めたい作品。