2010-02-28

カーター・ディクスン「一角獣の殺人」

1935年発表、だからカーに脂が乗っていた時期のヘンリー・メリヴェールものです。

舞台はフランス、外部から隔絶された古城。
そこに集まった人々の中には変装の名人である国際的な怪盗と、フランス警視庁が誇る名探偵、その二人ともが正体を隠して紛れ込んでいる。
そして起こる衆人監視下での殺人事件。死因は額の深い傷で、それは弾丸などでは出来えない、鋭い角で突かれたとしか思えないものであった。
伝説の一角獣による殺人か? そして、誰が怪盗で誰が探偵なのか?

探偵小説としてのそそる趣向を大量に盛り込んだ上に、いつものドタバタとサスペンス。
読んでいる間は本当に楽しい。山場の作り方とか、プレゼンテーションなど、流石にカー、といううまさ。
もっとも、マンネリズムの楽しさもあって、これはカーの作品をある程度の量は読んでいないと伝わらないかもしれない。
正直、相当無理があるお話なのだが、リアリズムなど堅物野郎にでも喰わせておけばいい。

フーダニットとしてのトリックは意表を突いた大胆なものであります。ただ、筋を複雑にした分、解決には無理がみられますが、それはいつものことか。
カーという作家は最終的に面白ければいいじゃない? というエンターテイメントの職人でもあって。現代の目から見て傑作とはとても言いかねますが、それはモノサシが違うのだな。
見よ、このストーリーテリングの冴えを。

なんかミステリを長年読んでいると、こういった古めかしい趣向が心地よくて。
完成度の高い作品や先鋭性を持ったミステリも良いんだけれど。
自分の帰るところ、心地よい場所というのは、結局ある時代にしか書かれえなかったものなのかな、という気がします、最近は、ね。

2010-02-21

ヘレン・マクロイ「殺す者と殺される者」

「図書館は自伝をフィクションとして分類すべきだ ― わたしはかねがねそう思っていた」
そんな書き出しで始まる一人称小説。いかにも信用できない語り手という感じではある。と言ってもこの主人公は虚偽を書いたり、重要なことをあえて書かなかったりするわけではない、誠実な語り手ではありますが。

主人公は転んで頭を強打し、意識を失ってしばらく入院する。その事故の後、それまでは自分の記憶の確かさには自信を持っていたのに、いくつかの場面でそれらが事実とは異なるという経験をします。また、見知らぬ人間から旧知の間柄のように話しかけられ困惑するなど、読んでいてあからさまなまでに違和感がある場面が散りばめられ、「もしかしてパラレルワールドもの?」なんて思ってしまった。
更に主人公の周辺で不可解な事件が続発し、ついには死人が。

ミステリとしてはとんでもない大技が使われているのだけれど、この作品は1957年のものであって、それ以降さまざまな作品で使用されてしまうネタであるため、ミステリを読みなれているならある程度見当が付くであろう。ただ、それまでに敷き詰められた伏線の量が半端なく、さまざまな疑問が一気に氷解していく迫力は素晴らしい。大ネタに向けて丁寧に仕込み・構築された世界は流石マクロイ、といったところ。
でもって、この最大の驚きが発覚するのは実は作品の3分の2くらいのところであって、これがクライマックスというわけではないのね。そこからも物語はまるで予期せぬツイストを経ていく。
そして、読み終わった瞬間には作品タイトルの意味が浮かび上がる趣向が絶品。

静かな文体の中で、本当にさりげない形で逆転が示されるのが、もうニクイったらありゃしない。かなり人工的な印象の小説ではあるけれども、それを補う情感も申し分ないでしょう。
やはりマクロイに外れなし、なのか?

2010-02-01

綾辻行人「Another」

既に色々なところで言われてるように、『Another』は綾辻行人の新たな代表作になるのかな。力作だけど、重くなっていない。

中学校を舞台にしたホラーで、死人はばたばたと出るものの、それほど怖くない。この作者らしい雰囲気重視のねっちりした描写は今回控えめで、(キャラ萌え要素も含みつつ)会話中心で淡々と進んでいく。そのせいか、700ページ弱の量をするすると読んでしまえた。

物語を駆動していくのは恐怖よりも謎への興味である。ホラー設定下に置けるミステリといえるのだが、SFミステリのような特別なルール下においての謎解き、というのともちょっと違う。人は次々に死んでいくのだけれど、それは事故死だったり病死であったりで原因はまちまち。大元になっているのが呪いや祟りと云った不気味な力や法則ではなく、よくわからないが何故か死人が出てしまう、という特異な設定である。さらには事件に関わった人々の記憶や記録がいつの間にか改竄されてしまうのだ。ルール自体がはっきりしない上に事実も不確定という、かなり特殊な状況におけるミステリであるから、関係者でありながら事件の謎を論理的に解く、というのが極めて困難である。

(読者にとっての)伏線やヒントはかなり大判振る舞いされているので、早めに真相にたどり着くひともいるかも知れない。僕もある程度までは読めたのだが、最後の最後にはしてやられた。この瞬間に物語全体が変質してしまう、といっていい鮮やかさ。あざといまでに読者の裏を掻く、この手口こそ綾辻の真骨頂ではある。判ってしまえばすごく構造がすっきりとしており、シンプルなのは美点だとは思う。

余りにぶっといボリュームに比すると読み応えがやや薄い、という感じはありますが、青春小説的な爽やかさが救っているんではないかと。
事件がすべて終わった後、よく考えたら問題は何も解決していない、というのもアレですが。青春とはそんなものか。