2017-09-23

The Delfonics / Tell Me This Is A Dream


デルフォニクスの(ベスト盤を除けば)四枚目のアルバム、1972年のリリース。
このアルバムまではプロデューサーとしてトム・ベルとフィリー・グルーヴのレーベル・オーナーであったスタン・ワトソンの二人が連名でクレジットされています。もっとも、トム・ベルはワトソンの強欲とリード・シンガー、ウィリアム・ハートの天狗ぶりに嫌気がさし、この時点で既に彼らとは袂を分かっていました。更に、トム・ベルによればワトソンはプロデュースどころか、スタジオで姿を見たことさえなかったそうであって、そうするとレコーディングの実態はメンバーのセルフ・プロデュースだったのか、あるいはアレンジャーのコールドウェル・マクミランが仕切ったのか、はたまたMFSBの誰かが何とかしたのか。

しかし、その重厚なサウンドはトム・ベルのような繊細さや個性はさすがに感じられないものの(シタールこそ残してありますが)、より濃密なスウィートさへ振り切っているようで、決して悪いものではありません。メンバー自身の手によるオリジナル曲も意外なほどいいのが揃っています。また、ボーカル面ではリードだけが突出することなく、よりグループらしいバランスの取れたものになっているかと。

収録されたどの曲も捨てるものが無いのですが、個人的には、新加入のノーマン・ハリスがアレンジを手掛けた二曲が特に好みであります。"I'm A Man" におけるドラマティックな展開、"Walk Right Up To The Sun" のオーソドックスなポップソングとしての出来、いずれも素晴らしい。

普段ソウルをあまり聴かないひとなら胸焼けするかもしれません。セールスがぱっとしなかったのも仕方ないか。
しかし、ヒット曲頼りではない分、一枚通してしっかりと作られている良いアルバムです。

2017-09-16

The Stylistics / The Stylistics (eponymous title)


ダスティ・スプリングフィールドの「A Brand New Me」を聴いたら、トム・ベルのアレンジってやっぱいいな、と感じ入って。色々と引っ張りだしていました。
トム・ベルが作編曲からプロデュースまで手掛けていたグループとして思いつくのは、大体の年代順にデルフォニクス、スタイリスティックス、そしてスピナーズといったところ。前二者はファルセット・リードのスウィート・ソウルというのが大雑把なイメージですが、スタイリスティックスの方が快活な抜けの良さを感じます。ラッセル・トンプキンズ・Jr.のクセの無いボーカル、そのキャラクターゆえ、ですかね。特にセカンド・アルバム以降は曲調のバラエティが広がり、メロウなミディアム・ダンサーでのテイストは同時期のスピナーズにも共通するものです。

といっても、スタイリスティックスに関しては今までデビュー・アルバム(1971年リリース)を一番多く聴いてきました。ヒット・シングルや有名曲が多いですしね(セカンドの「Round 2」は一曲目の "I'm Stone In Love With You" でつまずいてしまうのだな、ポピュラー味が強すぎるようで)。

全体に曲の質が高いアルバムだけれど、昔から "People Make the World Go Round" だけがどうにも、あまり好きではなかった。社会的メッセージのせいか、はたまたダークな雰囲気のせいか、どちらかといえばオージェイズ向きの曲じゃないかと。エンディングもやけに長いしね。
しかし、今回トム・ベルの仕事ということを意識して聴いていたせいか、バックトラックはいいじゃないか、と思いました。凄くバカラックっぽいのですね。この曲に限ったことではないけれど管楽器の柔らかな使い方がとても好みで、歌メロのラインをなぞるところなどたまらない。アール・ヤングのドラムもまた、格好いい。

しかし、手元にあるものでも聴き直せば発見があって、ますます新しいものに手を出す必要を感じなくなってきますな。

2017-09-12

レオ・ブルース「三人の名探偵のための事件」


「またしても密室殺人か」明らかにうんざりという様子だった「新機軸を期待したのだがねえ」

1936年に出版された、作者にとって探偵小説の分野におけるデビュー長編。
扱われているのはカントリーハウスにおける密室殺人です。はじめのうち物語はシリアスな雰囲気を保っているのだが、事件翌日になると呼ばれもしないのに名探偵と称される人物たち――勿体ぶった物腰の貴族、卵型の頭をした外国人、そして小柄な聖職者――が登場。更には、語り手も探偵小説内では当然であるような様式を意識するようになって、そこはかとないユーモアが醸され始めます。

物語の展開は尋問と捜査が続くむしろオーソドックスなもの。しかし、三人の名探偵たちのいかにも名探偵、という芝居がかったふるまいは、彼らのモデルとなっているであろう有名なキャラクターたちを想起させて実に楽しく、読み物として単調になることから救っています。

そして解決部分における推理合戦、ここが腰砕けだと単によくできたパロディ小説に収まってしまうところですが、それぞれの推理ががらりと違う上に密室トリックも複数、開陳されるのだから堪えられない。最後に明らかにされる真相はごくシンプルなもの、というのがまた洒落ている。

ジャンルの形式に意識的でありながら、あくまで娯楽性が優先されているのがいいじゃないですか。幕切れも気持ちよく、英国らしい楽しさが横溢した作品でありました。

2017-09-03

ヘレン・マクロイ「月明かりの男」


ドイツから亡命してきたユダヤ人である生化学者の死体、それをとりまく状況はあらゆる点から見て自殺を示していた。だが、故人は数時間前に、自分は決して自殺をするような人間ではない、と断言していた。さらに現場から走り去る怪しい人物がいたのだが、その目撃談はまさに三者三様で、およそ手掛かりにはなりそうになかった。


1940年発表、ベイジル・ウィリングものとしては二作目の長編。
事件の状況はディクスン・カーあたりが書きそうな種類のものだが、とりあえず捜査の焦点はそこには置かれない。こういった謎の扱い方はマクロイならではだな、と思う。しかし、夢遊病や嘘発見機など精神医学の要素と、戦争を有機的に埋め込んだプロットはなかなかに複雑なものであります。

ミステリとしてはとてもオーソドックスなつくりですが、物語が進行するにつれて被害者の生前の行動に非常に疑わしい点が浮かび上がってくるし、さらには新たな事件も起きて、と興味の途切れるところがありません。
書き振りの点でも、次はこいつが被害者になるのかな、と匂わせる呼吸など巧いものだ。また、後半に入って、読み慣れたひとなら疑うであろうが、全く検討されていなかった可能性が、ある人物によって指摘される。このタイミングも絶妙です。

謎解きには後年の作品ほど大量の伏線が盛り込まれているわけではありませんし、犯人が明らかになる瞬間もさらりとしたもの。しかし、心理学的な根拠ばかりで裁判で通用する物証はないだろう、と強がる犯人をベイジル・ウィリングが追い詰める過程は充分読み応えがありますし、ばら撒かれた偽の手掛かりこそが犯罪者を指し示す、というロジックは格好いい。

大きな驚きこそありませんが密度が濃く、フェアなフーダニットでありました。
創元推理文庫では来年「The Long Body」の刊行が予定されていて、これでベイジル・ウィリングものの長編はすべて訳出されることになる模様。あとは短編集のほうもお願いしたいところですが、ちょっと気が早いかな。