2020-02-22

米澤穂信「巴里マカロンの謎」


11年ぶりとなる小市民シリーズ最新刊。四短編が収録されていますが、もったいなくて読めない。

読んだ。するっと。だって巧いんだもの。


「巴里マカロンの謎」 ホワイダニットとフーダニットが絡み、およそ手掛かりの無さそうな状況から、ロジックで可能性を絞り込んでいく手つきが気持ちいいったらありゃしない。伏線の数々もびしびし効いてくる。推理の辿り着く先は途中から見えてくるのだが、そこに至る過程で浮かび上がる他の可能性も意外性をはらんだもので楽しい。そして犯人確定のタイミング、その弛みの無さよ。
ちょっとブラックな締めも、おお、小市民シリーズってこんなだったよなあ、と思わせてくれるものだ。

「紐育チーズケーキの謎」 それはどこに隠されたのか。思わぬ手掛かりからの推理の飛躍はちょっと難度が高い。
しかし小山内さんと小鳩くんはお互いの心の動きが判りすぎるようで怖いな。

「伯林あげぱんの謎」 プレゼンの勝利というか。伏線はあからさまなほどであって、じゃあどうやってそこに辿り着くのか、を読ませる作品でありますね。これを謎解きミステリとして、しっかりと成立させるのはたいしたもの。「健吾が断言したことだけは、間違いなく事実だと信じることにする」という前提がしっかりと効いているし、何より手掛かりが大胆にして絶妙。

「花府シュークリームの謎」 この本の中では一番、展開がストレートなフーダニット。その分、推理のプロセスはスマートで、意外な手掛かりと動機が無理なくはまった感があります。ハッピーエンドも連作集の締めとして良いですね。
シュークリームはあまり印象に残らなかったけれど、それは別にいいか。


凄く面白かったのですが、巻末の初出一覧を見ると収録作は年一作ペースで発表されていたようで、そうすると次が出るのもまた、忘れた頃になりそう。

2020-02-18

Candace Love / Never In A Million Years


シカゴの女性教師が1960年代の終わりごろにマイナー・レーベルに残した録音集。別名義で出したものも含めてシングル6枚分が収録されています。

Essential Mediaという会社のCDは初めて買ったのですが、CD-Rでした。ブックレット(というかペラ紙一枚)の印刷もわざとなのか、というくらい粗い。ついでに言うと、内側に載っている文章はジーン・カーンというシンガーについて書かれたもので、このCDとは全く関係がない。
音のほうですが、収録曲の大半は明らかなアナログレコード起しとわかるものだ。

音楽そのものはしかし、とても良いのですよ、これが。レコード会社はシカゴだけれど、中身はメロウ寄りのデトロイト・ソウル。制作にはブラザーズ・オブ・ソウルの3人が関わっているよう。跳ね気味のミディアム、ロマンティックなスロウ、どれもポップでいい曲揃い。
主役であるキャンディス・ラヴさんは強烈な個性こそないものの、その歌声は芯があって、かつチャーミング。丁寧な歌唱ながら、決してくどくならないのも美点でありますね。

いや実際、相当なめっけものであって、これでもう少し音質が良ければ、という気はしますが。こういったオブスキュアで、なおかつ質の高い作品が纏められたということだけでも大したことではありましょう。しかしCD-Rかあ。

2020-02-09

The J.B.'s / More Mess On My Thing


昨年出た、コリンズ兄弟をフィーチャーしたJB'sの発掘音源。3曲しか入っていないが、お腹いっぱいになれます。

タイトルにもなっている "More Mess On My Thing" は1969年の録音なので、厳密にはJB's としてではなく、コリンズ兄弟らがやっていたグループの、ジェイムズ・ブラウン監修下におけるデモ録音です。まあ彼らは翌年にはオリジナルJB'sとなるわけだけれど、JB'sとしてはちょっとラフでやや軽い印象(ドラムがタイガー・マーティンというのもあるか)。
勿論、格好はいいしデモらしい生々しさは好みであります。演奏の中心は完全にブーツィーで、天衣無縫といった感じ。凄いもんです。

2曲目の "The Wedge" は不穏かつクールな雰囲気を湛えた曲で、正真正銘のJB's。腰の据わった演奏は、当然にして目茶目茶格好いい。クライド・スタブルフィールドはやはり、格が違うという気がします。

アナログ・リリースではB面全てを占める "When You Feel It, Grunt If You Can (Complete Take)" は「These Are The JB's」に収録されていた曲の完全版で、22分に及ぶファンク・ジャム。いきなりクール&ザ・ギャングの "Let the Music Take Your Mind" から始まり、その他ミーターズ、スティーヴィー・ワンダー、ジミー・ヘンドリクス、ビートルズの曲が織り込まれているのだが、色々あり過ぎてファンクとしてはやや盛り上がり切れないような印象を受ける。格好ええんやけどね、ええんやけど、曲というよりジャムですね、やはり。

なんにせよ凄く楽しい一枚なのだが、まあ、一通り聴いたファン向けのリリースです。

2020-02-06

アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」


作家であるアンソニー・ホロヴィッツは、ドラマの脚本を手掛けた際に知り合った元警官ダニエル・ホーソーンから、おれを主人公にした本を書かないか、と持ちかけられる。
「ある女が、葬儀社に入っていった。ちょうどロンドンの反対側、サウス・ケンジントンでのことさ。女は自分自身の葬儀について、何から何まできっちりと手配した。まさにその日、たった六時間後に、女は殺された……家に入ってきた誰かに首を絞められてね。どうだ、ちょっとばかりおかしな話だろう?」
ホーソーンはその事件の捜査を警察から依頼されていたのだった。


昨年話題になった作品を、今頃読みました。
全体の半分くらいまではあまり面白くなかった。ホーソーンは切れ者だが、人間的に嫌なやつなのだ。で、個人的に語り手がずっと愚痴っているお話は個人的にはあまり読む気がしないのが本当のところで。イギリス人はこういうの好きそうだけどね。
それはともかく、ミステリとして物語を駆動する力が弱いように感じる。魅力的な謎は提示されるものの、それが掘り下げられるわけではないし、フーダニットとしても特に怪しいと目される登場人物はいない。質問と調査が繰り返されるうちに、事件の背景がぐっと広がっていく展開はいいのです。ただ、探偵役のホーソーンが自分の考えを明かさないのは仕方がないかもしれないが、ワトソンであるホロヴィッツも能動的に誰かを疑っているわけではなく、ホーソーンの言動を観察しているだけだ。これでは謎解きの興趣がなかなか盛り上がらない。
一方、作品のフックとして、語り手とこの本の作者が同一人物であることを使ったリアリティの混入がある。このメタ趣向は読者をひっかける類の仕掛けではなく、フェアプレイの謎解きを保証するものとなっているのだけれど、一方で、その遊びがリーダビリティを損なってもいる面もあると思う。

中盤に新たな事件が起こり、俄然緊張感が生まれる。しかし、淡々とした展開のスピードが変わらないために、雰囲気が持続しないのだよなあ。
それが残り100ページほどになって、唐突にホーソーンが格好よくなる。そして、ここから後は全部いいのです。くそう。

読み終えてみればパズルとしてはとてもうまく構築されていることがわかる。そのピースの数々は作中ではっきりと示されていたものだ。さらに細やかな伏線と、しかしダイナミックな構図の転換もお見事。
シリーズの一作目であることを考えたら、ある程度の冗長さは仕方がないのかな。次のやつに期待します。