2020-12-30

Brian Protheroe / The Albums 1974-76


今年の後半、一番良く聴いていたのがこれ。
英国の舞台俳優が1970年代中盤にChrysalisより出した3枚のアルバム+エキストラのセットです。

ブライアン・プロザローは'60年代から音楽活動と芝居を平行して続けていたそうで、レコードデビュー時点で既にそこそこ年季が入っていた模様。
その音楽は、モダンポップとAORの間を落ち着きなく行ったり来たりするもの。基本はシンガーソングライターでありますが、ときにはギルバート・オサリバン・ミーツ・初期10cc、あるいはスマートなデフ・スクール、という具合に一曲の中でも様相が変わっていくような、一筋縄ではいかない英国ポップが展開されております。
プロデュースを手がけていたのはデル・ニューマン。このひとには美麗なオーケストレーションを施すイメージを持っていたのですが、ここで聞けるサウンドはちょっと意外でしたね。

とにかくこのプロザローさん、書くメロディはすごくいいし、歌もうまい。多重録音のハーモニーは決まっているし、アレンジも多彩。でもって、相当に凝った作風なのに、あまり尖った感じがせず、親しみやすさがあるのはキャリアのなせる業、かしら。
収録されている3枚のアルバムでもフォーキーに寄ったりシティポップぽかったりと多少の音楽的な変化はあるのだけれど、力が抜けてしまったような曲が見当たらないのは立派。

演奏のスケール感は後の作品ほど大きくなっていますが、英国ポップの伝統を強く感じさせてくれるという点で個人的には1枚目の「Pinball」が一番好みですね。

2020-12-06

アンソニー・ホロヴィッツ「その裁きは死」


元刑事ダニエル・ホーソーンものの二作目。前作と比べるとキャラクターや設定の紹介が済んでいるせいか、読み物としてこなれが良くなっているし、未だ中途である捜査段階の随所でホーソーンが鋭い推理を見せてくれるので、ミステリとしての興味の持続も強いです。

一方でホーソーン自身の抱える秘密という、シリーズを通したものであろう趣向があるのですが、ホーソーンにそれほどの魅力を感じないため、関心が持てないのが正直なところ。
また、メタフィクショナルな描写も(住んでいる国が違うせいなのか)そこまでのリアリティの訴求はなく、横道に逸れているだけに思えてしまう。

ともかく、当初は単純な怨恨による殺人と思えたものが、過去の因縁などが発覚していき、奥行きを増していく。ほんの限られた容疑者のなかで事態を錯綜させていく手際は堂にいったものだ。

真相は(段階的に明かされていく展開もあって)わかってみればそれほど意外ではない。読んでいてぼんやりと疑っていた可能性のひとつではある。しかし、達者な筋運びで一旦そこから気を逸らさせつつ、最後にはシンプルな推理と明確な根拠で、こうでしかない、と犯人を確定する流れは実に気持ちがいい。
怒涛の伏線回収もお見事で、解答編に至るまでにホーソーンの口から出たヒントの真意、あるいはダブルミーニングがキレキレ。何度も「そういうことか~」と唸らされました。

純粋にフーダニットとしては抜群の出来であると思います。それ以外の要素はまったく気に入らない。
来年には同じ作者による名探偵アティカス・ピュントものの2作目が翻訳されるということなので、期待してはおりますよ。

2020-11-09

ジョン・ディクスン・カー「死者はよみがえる」


1937年のギディオン・フェル博士もの、その新訳。連続殺人を扱った長編です。

導入から事件までの流れがすっきりしているし、犯罪をめぐる状況も(奇妙な要素はあるものの)明確に示される。細かいアリバイが絡んでくるが、それは偶然の目撃者によるものであり、あまりごちゃごちゃしてこない。

物語の早い段階で事件が出揃って、その後は尋問・調査が続く。怪奇や不可能趣味によるけれんは、この作品では排されており、カーにしてはストレートなフーダニットという感じです。
中盤過ぎ、一通り手掛かりが集まってからのディスカッションが楽しい。意外な容疑者の指摘と微妙に焦点をずらしたような推理。さらにはそれまで俎上には上がってこなかった要素に関する、ある可能性の指摘。
もっとも、ここでのフェル博士は、いつも以上に意見がはっきりとしない。この出し惜しみが後からすごく効いてくるのだけれどね。

いよいよ捕り物となってからの展開は意表を突いてきて、ぐっと引き込まれるのだけれど、これフェアすれすれじゃないかなあ。
そして最終的に明らかにされる真相は、非常に意外なものであります。しかし、その分、使われている手は相当にあこぎ。大して検討されずにいた、いわば推理の前提となっていた部分の穴を突いてくるのだ。さらに言うと、犯行計画にもかなり無理がある。
もっとも、容疑者を絞り込む際の構図の逆転は印象的ではあるし、いくつもあった疑問点がこうでしかない、という形で解決されていく快感はやはりなかなかのもの。作品タイトルも肩透かしではない意味が持たされている。

かなり無茶なのだが、まあ、すごく面白かったのな。

2020-11-01

Astrud Gilberto / Gilberto With Turrentine


アストラッド・ジルベルトがCTIで制作した唯一のアルバム、1971年リリース。
アレンジはエウミール・デオダート。タイトルこそ「ウィズ・タレンタイン」だが、スタンリー・タレンタインが参加しているのは全10曲中4曲にとどまる。
このアルバム、レコーディングが完成する以前にアストラッドは何か気に入らなかったのか、仕事を放棄してしまったそう。2曲インストが入っているのは苦肉の策だったわけだが、完成した作品はスムーズな流れの感じられるものになっていて、このあたり流石はクリード・テイラーといったところ。

音楽のほうは、アルバムのアタマとケツをバカラック&デヴィッドの曲でまったりと包んだミドル・オブ・ザ・ロードのポップスの間に、CTIらしいブラジリアン・フュージョンが挟まれているといった具合。
特に後者のクールでカラフルなアレンジ、適度な緊張感を湛えた演奏が気持ちいい。ただしバックが印象的な分、ボーカルの存在感を薄く感じる瞬間もあります。バランスがうまくいっているときには親しみやすさを残した歌物フュージョンという趣があるのだけれど、逆にヘナヘナとした歌が邪魔にさえ思える曲もあって、痛し痒しではあります。

個人的なベストは "Mulher Rendeira" という、ボサノヴァ以前の時代の古い曲。ここでは "Braziliam Tapestry" というタイトルがつけられていますが、これぞデオダートという洒落たものに生まれ変わっていて、実に格好良いです。

なお、海外盤CDにはアウトテイクが3曲ついているのだが、アルバム本編よりずっとリラックスしたつくりで、こういうほうがアストラッド・ジルベルトには合っている、とは思います。うち2曲がニルソンの曲というのも(13曲目が「"Polytechnical High" (Deodato, Everett) 」とクレジットされているが、これはニルソンの"Poly High" である)好ましく、ポップスファンとしては思わぬ拾い物でありました。

2020-10-31

小森収・編「短編ミステリの二百年2 」


二冊目です。
この巻のはじめはスリック誌「ニューヨーカー」中心に寄稿していた非ミステリ作家のものがいくつか。洗練されているし、洒落てはいるのだけれど、個人的には読んでいてあまりピンとはこなかった。
ただし、わが国での短編ミステリの需用への影響を絡めた、この辺りの作家を論ずる解説部分は冴えております。ヘミングウェイに影響を受けた大きな二つの流れのひとつが、これら都会小説であり、もうひとつが「ブラック・マスク」誌である、という展開にはどうしたって乗せられてしまう。

そして、この後からはいよいよミステリ・プロパーの作家が続きます。エンターテイメントの読み物としてはこちらの方が楽しいです。
作品の並びの大雑把な流れとしてはブラック・マスクに書いていた作家から、ジャンルでくくると零れ落ちそうなレックス・スタウトと来て、英国のポスト黄金期といった感じ。

個人的な好みとしてはハメットとチャンドラーとなるか。ここで採られている作品も既読になるのだけれど、やはり別格です。
ハメットに関しては解説部分でも小論といっていい分量が費やされ、内容も鋭く、読み応えのある分析がなされています。チャンドラーについてもその特質を抽象的な表現に流れずに語っていて、いやあ、評論とはこういう明晰なもののことだよなあ、と思わされます(なお、わたしが読んだこの本は再版なのだけれど、その巻末には、チャンドラーの「待っている」の鑑賞に更なる付記が加えられていました)。

その他ではロイ・ヴィカーズの「二重像」ですね。本巻でミステリとして一番よくできていると思いました。シンプルなんだけど巧いなあ。

あと、エドマンド・クリスピンの「闇の一撃」が拾い物でした。短編集『列車にご用心』に入っていた「ここではないどこか」の初出版であって、短い分、キレが感じられる仕上がりです。

2020-10-01

Roy Wood & Wizzard / Main Street


ロイ・ウッドがウィザードを率いたアルバムとしては最後の作品、英Esotericからのリイシュー。
元々このアルバムは1976年に「Wizzo」というタイトルで制作されたものの、先行シングルがヒットしなかったことから、レコード会社の判断でお蔵入りに。それが2000年になって英Edselより発掘されたのですが、収録曲のひとつ "Human Cannonball" はロイ・ウッド自身の意向によりオミット。この曲はしばらく後の編集盤で日の目を見、今回のリリースでは盤の最後にボーナストラック扱いで収録されております。

アルバム全体としてはサックスが大きくフューチャーされ、ジャズ要素が強く出ているのは確か。なのだが、メロディはいつものロイ・ウッド節であるし、例によってアレンジはしつこく、頭のおかしいオーボエも鳴っている。結果としてその音楽はきらびやかで、かつ実験的、しかしポップというまぎれもないロイ・ウッド。

一曲目の "Main Street" がとにかく良いです。ジャジーなアレンジと繊細でメロウなテイストのブレンドはまるで70年代のブライアン・ウィルソンのようだし、ブリッジのメロディにはロジャー・ニコルズを思わせる瞬間もあって。いや、この一曲で元がすべて取れる、グレイト・サンシャイン・ポップ。
その他の曲には、ムーヴ中期以来のヘヴィな面を引き継いだようなものもあるけれど、割合にすっきりしている方だと思う。逆にスウィング・ジャズをベースにした "French Perfume" という曲などはお洒落ポップになりそうなアレンジなのだが、ガッツがあり過ぎる演奏や歌唱とダイナミックな展開により、結果、スケール感あるものに仕上がっているのが面白い。やはりオリジナルなひとですな。

明快さと複雑さが自然に混交した、これもロイ・ウッドでしかありえない一枚。

2020-09-13

Laurindo Almeida / Guitar From Ipanema


この夏、一番よく聴いた一枚。イージー・リスニング的なボサノヴァとでもいいましょうか。キャピトルより1964年のリリース。
ローリンド・アルメイダはブラジル出身のギタリストなのですが、ボサノヴァ勃興以前より米国で活動していまして。そうするとルーツを生かしたというよりは流行に乗って作られた企画物と考えていいのかな。わたしにとってアルメイダというのは、ジョーニイ・サマーズと一緒にボサノヴァのレコードを作っていたひと、というくらいの認識でありましたが。

これはギタリストのリーダーアルバムではあるけれど、あまりギタープレイには言及されることがなく、どちらかというと全体のアンサンブルやサウンドの感触でもって好まれてきたようであります。
実際の演奏も控えめなんですよね。エレクトリック・ギターをフィンガーピッキングで弾いていまして、芯がくっきり太いながらまろやかな音。それで美麗にメロディを奏でていることが多く、よく聴いていると素晴らしく切れのよいプレイを見せる瞬間があるのですが、あまりそういうのは前には出てこない。でもって、涼やかでカラフルなフルート、口笛やオルガンなんかが入ってくると、それらのほうが目立つわけです。また、2曲だけアイリーン・クラークのボーカルが入っていて、そこではガット・ギターを弾いているのですが、そうなるともう歌伴という印象です(すごく巧いんだけれども)。

アルバム全体としてはなんというか流石なものですね。まあ、気持ちいいわ。リッチ。聞き流しても心地良いし、しっかり聴けば、それなりに応える部分もある。ボサノヴァのくくりのなかで、しっかりバラエティもあるし。ちょっとケチのつけようがない。

そんなシリアスに聴くものではないかもしれませんが、ちゃんとした大人がちゃんと考えて作った音楽ですよね。いいのはジャケットだけじゃあないぜ、という感じ。
不安定さを取り除かれたボサノヴァというのは非常にアメリカ的だな、なんてことも思ったり。

2020-08-08

H3O / La Musica De "H3O"


メキシコ産5人組グループ唯一のアルバム。ジャケット写真を見るとまるで1990年代のギターポップのようだが、リリースは1967年。
基本編成はドラム、ウッドベース、アコースティック・ギター、フルートときどきオルガンで、ボーカルが女性で男声コーラスが絡むというもの。

演っているのはボサノヴァ曲が多いのだけれど、この時代によくあるセルメンフォロワーかというと、そうでもないのが面白いところ(ピアノもいないし)。確かにジャズボサを達者にこなしているけれど、それ以外はクラシック曲を土台にしたインスト、割合ストレートなビートルズ・カヴァー、ゴージャスなオーケストラを従えて歌い上げるものなどあって、スタイルはまちまち。けれどポップな線はあまりはずしてはいないというところか。
更にはこのアルバム、ライヴとスタジオ録音が混じっているようである。なんか、趣旨がいまいちつかめないつくりです。

正直、ビートルズ曲の出来は面白くないですが、それ以外は全体にセンスの良さが感じられます。ボサノヴァ有名曲にしても普通に演奏しているのですが、ちょっとした味付けで、ぐっと耳当たり良く仕上がっております。
そんでもって個人的なベストは映画「The Knack」のテーマ曲のカヴァー。この曲を取り上げる時点で反則みたいなものですな。アレンジをあまり弄りすぎず、元々の良さを残しつつ、いい感じのジャジーな歌物になっていて、うむ、格好いいです。

2020-08-07

エラリー・クイーン「エラリー・クイーンの新冒険」


クイーンの第二短編集(1940年)、その新訳版。収録作品が発表されたのは1935~39年。長編でいうと『スペイン岬の謎』から『ドラゴンの歯』にあたります。パズルの中に物語性を織り込む試みののちにハリウッドへ、おおざっぱにはそういう時期。 


冒頭の「神の灯」はメイントリックだけを取り出せば、(現代の視点からすると)大したことはないかもしれないが、手掛かりも含めたそのプレゼンテーションがとてもドラマティックかつ、よくできている。また、サブトリックの絡ませかたも実に利いていて、やはり黄金期のミステリ中編としては随一ではないか(カーの「妖魔の森の家」が発表されたのは既に黄金期ではないゆえ)。

続いての4短編は全て題名に「冒険」の文字が付いています。
「宝捜しの冒険」は手掛かりこそ弱いが、犯人心理を辿るロジックが気持ちいい。プロットも結末までびしっと決まった。
「がらんどう龍の冒険」は謎解きに一ひねりあり。題名が読者に対して微妙に効いているのだ。ひとつの手掛かりから全体像が見えてくる筋道はクイーンならでは。 
「暗黒の家の冒険」発見された手掛かりが更なる謎を生む展開が楽しい。犯人特定につながる手掛かりもちょっと盲点を突いたものだ。
「血をふく肖像画の冒険」設定は派手ですし、フェアに作られていますが、ミステリとしてはどうということもない。描写や雰囲気の醸成に力を入れた感じか。

残り4つはスポーツを絡めた連作。エラリーはハリウッドで働いていて、当然ポーラ・パリスも一緒だ。
「人間が犬を噛む」野球の試合が行われているスタジアムを舞台にした毒殺劇。本書ではここではじめてリチャード・クイーン警視が顔を出す。シチュエイションをうまく生かしたミステリで、ロジックがやや緩いものの、試合が終わるまでに全てを解決させるというプロットはスマート。物語全体に感じられる陽性の雰囲気もいい。
「大穴」お次は競馬がテーマ。キャラクターが薄っぺらで、ミステリとしてもお手軽なつくりであり、フェアであるかも疑わしい。
「正気にかえる」ボクシング会場付近で起きた事件。謎解きがきっちり作られている上、簡潔で生き生きとした描写、締まったプロットが楽しめる。
「トロイの木馬」最後はフットボール・スタジアムで起きた盗難劇。意外な隠し場所の性質はこの時期らしい創意が感じられるのだけれど、本書では同じようなテーマの作品としてすでに「宝捜しの冒険」があって、作品全体としては分が悪いか。 


「神の灯」を除いてもいくつかはとても切れのあるミステリに仕上がっていますし、それ以外の作品にしてもなにかしらの魅力がありますね。まあ、わたしはファンなのでエラリーが活躍していればそれでもう満足ではありますが。

2020-07-05

Quarteto Forma / Quarteto Forma (eponymous title)


ブラジルの混声ボーカル・グループによる、単独名義のアルバムとしては唯一作、1970年リリース。どっちかというとコマーシャルなポップスよりは、ポピュラー・コーラス盤かな。臭みがなく、爽やか。
特徴的なのは柔らかな管楽器の処理ですね。スキャットやコーラスにユニゾンで管を重ねた響きがとてもいいです。

全編、とても丁寧に作られたアルバムですが、特に格好いいのがオープナーである "Forma"。フォー・ビートでオーケストラを従えた本格的ジャズコーラスで、演奏のダイナミズムと酒脱さのバランスが絶妙です。
一方、そのアレンジがヴァン・ダイク・パークスもかくや、と思わせられるのが "Água Clara"。繊細なアンサンブルがたまらなくドリーミー。ヴィブラフォンとフルートが効いております。
また、"E Nós... Aonde Vamos" はこのアルバム中では珍しくリズムがストレートなエイト・ビートで、そうなると俄然サンシャイン・ポップ的に聴こえるのが面白い。鍵盤、2管の響きが心地よいです。
アコースティック・ギターが軽快にドライヴする "Rapaz De Bem" は風通しよく、(わたしのイメージする)王道のブラジリアン・ポップスという感じ。柔らかな木管とスキャットの絡みが素晴らしい。
そして、ジャズスタンダード "All The Things You Are" は全編スキャットでアルバムの最後を美しく締めます。アルバムの最初と最後がジャズコーラスということになりますね。このあたり、グループの矜持の表れでしょうか。

美麗なサウンドにスキャット/コーラスが映えるとても楽しい一枚。



なお、CDリイシューでは翌1971年にリリースされたEPの曲が追加されておりまして、こちらはぐっとリズムが強調されたポップな仕上がりで、アルバムとは別な魅力があります。"Rua Cheia" などはハリウッド・ポップそのもの、といったサウンドですがかなり良い出来です。

2020-06-20

平石貴樹「潮首岬に郭公の鳴く」


函館の資産家の美人姉妹が芭蕉の俳句に見立てたような状況で殺害されていく、というお話。一見した道具立ては横溝正史です。
視点人物となる舟見警部補は『松谷警部と向島の血』にも捜査協力者として名前とその手による書簡が出てきていた人物であって、作品内世界が地続きなことを示しています。

展開は非常に派手なものの、平石貴樹の書き振りは(良くも悪くも)変わりがない。品がよいというか、羞恥心があるというか。わたしはその抑制を好ましく思うのだが、そうでないひともいるでしょうね。ふぅ。ジャンクフードばかり喰い過ぎなんだよ。

登場人物はとても多いです。で、それに伴うように謎も多くなっていき、読んでいる途中で、いくらなんでも枝葉がすぎるんじゃないの、これは無駄な部分なのでは、という気がしてきました。それが解決編に至ると、全てに解答が用意されていて、あれほどややこしく感じたものが、意外なくらいすっきりとした全体像を結ぶのだから気持ちいい。
また、明らかにされる動機の強さに圧倒されるが、それは同時に手の込んだ犯罪計画に説得力を与えるものだ。そして、その動機を示した伏線の美しさよ。

事件のもつスケールの大きさとすっきりとした文体のミスマッチはあるでしょう。しかし、ここまで巧緻であれば、そうした瑕疵などどうでもいい。この作者らしく、かたちの綺麗なパズラーでした。

2020-06-13

Pigmalião 70 (original soundtrack)


1970年、ブラジルのTVドラマのサウンドトラック盤。
プロデューサーはネルソン・モッタというひとがクレジット(よく知らない)。アレンジには三人の名前があるのですが、アーロン・シャーヴスというひとがメインのよう。うちにある盤だとエリス・ヘジーナの麦わら帽のやつ、「Como & Porque」のオーケストラがこの方の仕事か。

全体に優雅で軽やか、メロウなアルバムだけれど、特に女声グループのスキャットで唄われるタイトル曲 "Pigmalião 70" ね、マルコス・ヴァーリの書いた、これがとにかく良いメロディ。細かいフレーズのギターと鍵盤の絡みが良く、パーカッションもばっちりはまった仕上がり。スキャットの妙な生々しさ、イントロとサビのみで出てくるストリングスの響きなどはブラジリアン・ポップスならではであります。まあ、アルバム中でもひとつ抜けていますね。
その他では、2パターン入っている "Tema De Cristina" という曲はヨーロピアンなオケが心地良く、特にスキャット(ユニゾンで入っているギターが効いている)で唄われるヴァージョンはイタリアのサントラものを思わせる軽薄な出来で、よろしいですな。
また、エグベルト・ジスモンチの "Pêndulo" はアルバムの雰囲気を守りながらも個性を感じさせる作り込みで、繊細かつドラマティックな曲に仕上がっています。

そういったソフトな感触の曲と対照的なのがヤングスターズなるグループによる "Tema De Kiko" で、ファンキーなオルガン・インスト。ドラムブレイクも決まっており、アルバム中では異色なのですが、ワイルドながらラウンジ感もあって、実に格好いいです。

う~ん、どうもサントラの良さを文章にするのは難しいね。
英米ものとは違う管の音色の処理なんかも気持ちいいアルバムです。

2020-06-06

Richard "Groove" Holmes / New Groove


オルガン奏者、リチャード・ホームズによるジャズ・ファンク盤。1974年、Groove Merchantからのリリース。

ドラムがバーナード・パーディ、なのでグルーヴはある程度は保証されたようなものなのだが、この盤ではドラムが左、ラテン・パーカッションが右チャンネルに配置。でもって、ベースラインはホームズ自身の左手によるもので、非常に太く、くっきりした存在を示していて格好いいです。これでゴリゴリ攻められるとちょっと胸焼けしそうだけれど、演奏時間がうまい具合にコンパクト。また、二本入っているギターのうちリードを取っている方がカラフルというかヴァーサタイル、それでいて押すときは押す、という物のわかったプレイでアルバム全体の風通しのよさに貢献しているよう。

全7曲中、3曲がホームズの自身の手になるもので、うちオープナーの "Red Onion" は重心低めのスロウ・ファンク。パーカッションが熱を煽りつつ、リズムギターがルーズな雰囲気を強調する。これがファンクとしてはアルバム中、一番の出来ではないかしら。なお、あとふたつのオリジナル曲は割合にオーセンティックなオルガン・ジャズであります。
カヴァー曲ではメロウな要素を意識しているのか、ジョビンの曲が "Meditation" と "How Insensitive" のふたつ取り上げられています。リズムは全然ボサノヴァではないもののパーカッションの働きでラテン風味は出ていますし、ある程度の瀟洒な味付けもなされています。
また、スティーヴィー・ワンダーの "You’ve Got It Bad" は都会的なテイストをたたえた仕上がりで、スタッフあたりのR&B寄りフュージョンを意識しているふしも。
そして、その "You’ve Got~" とともに時代への目配りが感じられるのが "No Trouble On The Mountain"。ギタリストのリオン・クックが書いたアルバム中で唯一の歌もので、ボーカルの線が細いことが、かえってニューソウル感につながっているかと。

編成はホーンも入っている、そこそこ大きいものだけれど、雰囲気はインティミット。各プレイヤーの持ち味をしっかり出しながらも全体にそこまでコテコテ感はなく、バラエティにも配慮されたいいアルバムです。

2020-05-16

小森収・編「短編ミステリの二百年1」


かつて江戸川乱歩は『世界短編傑作集』を編みましたが、本書は乱歩が扱わなかった種類のクライム・フィクションもひっくるめて短編ミステリの歴史を概観してみよう、という趣旨のアンソロジー&評論、その第一巻です。収録されている作品が全て新訳というのがいいですね。なお、タイトルに「二百年」とあるので19世紀前半から始まるのか、と思ったのだが、そこまでは遡りません。
本書全体の三分の一を占める評論は東京創元社のウェブサイトに毎月連載されていた「短編ミステリ読みかえ史」(現在はブログに移行されて「短編ミステリの二百年」として継続中)がベースになっています。

この一巻目のラインナップはちょっととっつきが良くないかも。ミステリ・プロパーといえそうなのがコーネル・ウールリッチくらいであって、他はジャンル外の書き手によるミステリ要素を含んだ作品ばかりなのだ。
その分、抜群の切れをもつものがいくつも読めます。ミステリのアイディア部分というのは、どうしても時代が経つと古びてしまうので、そこに寄りかかった作品で百年も昔のものとなると、面白く読むのはなかなかしんどい。
ここで選ばれている作品の多くは意外性だけに頼ったものではなく、結末に持っていくまでの語りや構成の巧さ、演出による驚きが感じられるものが多いです(中には、ちょっと長閑過ぎやしないか、というものもありますが)。

個人的に一番印象が強かったのはリング・ラードナーの「笑顔がいっぱい」かな。ミステリではないでしょうけど。解説ではいやいや、これは悪徳警官ものですよ、なんてありますが。そう考えるなら山口雅也あたりがアンソロジーに採ってもおかしくないか。すごく簡潔、なのにぐっときます。
それからウィリアム・フォークナーの「エミリーへの薔薇」は有名作品でゾンビーズの曲名にもなっています。結末に辿り着いたとき、それまでに描かれていた場面に隠れていた感情までが立ち昇ってくる、という効果が素晴らしい。
あと、最上のウールリッチ作品「さらばニューヨーク」は流石というか。ただひとり混じったパルプ・ライターならではの強烈な個性ですね。

この一冊に限っていえば、トリックや謎解きが主眼ではないミステリの面白さ、なので読む人は選ぶかもしれません。

2020-04-20

The Third Wave / Here And Now


ちょっと前にホルスト・ヤンコフスキーを聴いた流れで、次に「Snowflakes」というコンピレイションをずっと聴いていました。これは、ジャズ系のレコード会社であった独MPSのカタログ中よりイージーリスニング、ラウンジミュージック的な視点で編まれた二枚組です。内容がとてもよく、今から二十年余り前に出たものだけれど、未だに単体ではリイシューされてない盤からの曲も多く収録されています。
その「Snowflakes」の中で、あれ、こんな良かったけ、となったのがサード・ウェイヴ。昔、ソフトロックが持て囃されていた頃に話題に上っていたグループですが、こじんまりしているし、そこまでのものじゃないな、と思っていて。で、長いこと聴いていなかったのだけれど。
要はがっつりポップスのつもりでなければ良いのでした。

「SNOWFLAKES」、副題は"MOOD MUSIC MASTERPIECES
 FROM THE MPS ARCHIVES"
ここから3分の1をピックアップした日本盤もあるよう。

サード・ウェイヴは十代の姉妹5人からなるボーカル・グループで、その唯一のアルバム「Here And Now」は1970年のリリース。アレンジはジョージ・デューク、演奏も彼のピアノ・トリオが中心になっています。このアルバムにおいてはベースギターでなく、ウッドベースが使われていることが結構大きいですね。
サウンド全体の質感は硬質というかクール。ブラスが入っていてもミックスにおいてはピアノのほうが強調されています。また、線の細い歌声も強化するような加工はあまりしていないように感じます。

アルバム全体としてはポップスとジャズボーカルの中途を行き来するような印象です。
収録曲では "Niki" がもっともコンテンポラリーなポップスに近いつくり。四分音符を刻む鍵盤など、いかにもサンシャインポップという華やかなアレンジが施されています(それでもベースの存在感が強いですが)。
ふたつあるビートルズ・カバーはちょい凝ったコーラス・アレンジもあって、フリー・デザインを思わせるところも。また、"Don't Ever Go" はアコースティック・ギターを生かしたラウンジ風のスローですが、これなどはA&Mレコード的。
それらの一方で、スキャットのみで歌われる曲や、古いミュージカル曲をフォービートで手堅く仕上げたものもあります。
でもって、個人的なベストは変拍子、スキャットコーラスを絡めた "Waves Lament"。木琴、フルート、ブラスのアレンジいずれも良いのだが、これがポップソングとして優れているのか、というと多分違うのよ。

やっぱりフォー・イージーリスニング・プレジャー、ということですね。もしくはモンド・ミュージック。

2020-04-12

フィリップ・K・ディック「タイタンのゲームプレーヤー」


1963年長編の新訳。旧訳で読んでいるはずなのだが、本当に丸っきり覚えてない。だったら新鮮に読めそうなものだが、そうでもなかった。

設定はディストピアものであります。地球はとうの昔にタイタンとの戦いに破れ、その管理化に置かれている(ように読める)。自らの軍事兵器のせいで出生率は壊滅的に落ち込んでいたが、一方で老化を防ぐすべも発見されていた。いずれにせよ、種族としての活力は失われている。
で、殺人事件が起こるのだが、その間の記憶が主人公からは失われていた。

脂の乗っていた時期の作品だけあって、アイディアは豊富だし、予想もつかない展開はスピード感あるものだ。面白いことには間違いない。途中までは。
物語半ばになって、真のテーマが現れ始める。しかし、その接続がうまくない。唐突かつ継ぎはぎ感も強く、辻褄の合わないところが出てくるし、登場人物たちの行動の動機が理解できなくなってくる。そもそも、この組織は何故戦う必要があるのか? とかね、読んでいてもピンとこないのだなあ。ドラマツルギーを成立させるための戦いといった感じで。
ペーパーバックSFというのはこんなものなのか。幕切れも非定型を狙った定型、という印象です。

奇想天外なお話といっても、それなりに説得力というのは必要なのだと再認識した次第。ディックらしさ、だけは横溢していますので、その感触は存分に楽しめましたけれど。この作品はちょっと無茶。

2020-03-10

マーガレット・ミラー「鉄の門」


ミラーの初期(1945年)長編の新訳。ハヤカワ文庫で読んでいるはずだが、大昔のことなので内容は完全に忘れていました。

さて、初期とはいったものの、既にして恐ろしく周到に組み立てられた作品であります。
不安な心理を持つ女性が物語の中心にいるのだけれど、三部構成のそれぞれにおいて、その彼女が全く別の属性で登場する。これが抜群に巧い。それとともにミステリの性質そのものが丸っきり違っているのだ。書き方こそ後の時代にニューロティック・スリラーと呼ばれるものだけれど、ずっと謎に対する意識が強い。

殺人事件をめぐるフーダニットではあるけれど、もっと大きな秘密があるのでは、という興味があって。充分な手掛かりをこちらに与えないままでありながら、ぐいぐいと引っ張っていく。その中で、ジャンル読者のぼんやりとした予想を断ち切る展開、何食わぬ顔のまま爆弾を放り込むタイミング、もう一切の弛みがない。
さらには妄想と現実的なやりとりが間断なく流れるうちに、ばんばんと伏線を投げ入れる。その手つきは(後から見返してみると)あまりに大胆。

ファンタスティックな領域にまで片足を突っ込みながら、綺麗な形に収拾する結末はあまりに見事であります。
心理的な部分に整合性を求める向きには納得行かない部分もあるかもしれないが、個人的にはそのことが些細に思えるほどにオリジナルな創意が優れたミステリでありました。や、凄いねミラーは。

2020-03-03

Horst Jankowski / For Nightpeople Only


2009年に出た24曲入りの編集盤で、中身は独MPSよりリリースされたアルバム「For Nightpeople Only」(1970年)に曲をいっぱい足したものです。
ライナーノーツのクレジットはいまひとつ信用ならなくて、この盤のトラック1~13が「For Nightpeople Only」からとあるのだけれど、実際のアルバムは10曲入りで(記載のレコード番号も間違っているみたい)、そのサイドAに当たるのが1、2、3、4、8、B面が10、9、5、13、7らしい。トラック6、11、12は1972年のアルバム「Follow Me」収録曲のよう。
こんな、他人からすればどうでもよさそうなことを調べるのは、アルバムの曲順にはちゃんと意図や意味がある、とわたしは考えているからなのだ。できればオリジナルなものをいじって欲しくない。もっとも現代においては、大抵のひとはそんな聴き方はしていないのかもしれない。
まあ、ええんやけどさ。

「For Nightpeople Only」は英米のヒット曲のドイツ語カバーとヤンコフスキーによるオリジナル曲が半々、カラフルなアレンジと混声コーラスがとても楽しいイージーリスニング盤。ゆったりしたテンポのものでも控えめに配されたパーカッションが効いていて、仕上がりは軽やか。
ドアーズの "Light My Fire" が陰影に富んだイントロからラウンジ調の本編への展開が無理なく決まっていて、素晴らしいですね。この曲やビートルズの "Fool On The Hill" では深く響くベースラインが印象的で、ジャジーなセンスが見え隠れするのも洒落ています。
でもってアルバム中のベストは、オリジナルの "Das ist der Morgen"。感触の近いものを挙げるとすればワルター・ライム・プロジェクトか。叙情を湛えながら緊張感ある展開が格好良く、クール目のサンシャインポップとして非常に良い出来です。

残りの11曲は1968、69年のもの。基本的な線は変わらないものの、もっとコンテンポラリーな感じを受けます。時期的に前になるせいか編成を大きく聞かせるものが多いか。「For Nightpeople Only」の曲の方がややリズムに意識があるかな、と。

2020-02-22

米澤穂信「巴里マカロンの謎」


11年ぶりとなる小市民シリーズ最新刊。四短編が収録されていますが、もったいなくて読めない。

読んだ。するっと。だって巧いんだもの。


「巴里マカロンの謎」 ホワイダニットとフーダニットが絡み、およそ手掛かりの無さそうな状況から、ロジックで可能性を絞り込んでいく手つきが気持ちいいったらありゃしない。伏線の数々もびしびし効いてくる。推理の辿り着く先は途中から見えてくるのだが、そこに至る過程で浮かび上がる他の可能性も意外性をはらんだもので楽しい。そして犯人確定のタイミング、その弛みの無さよ。
ちょっとブラックな締めも、おお、小市民シリーズってこんなだったよなあ、と思わせてくれるものだ。

「紐育チーズケーキの謎」 それはどこに隠されたのか。思わぬ手掛かりからの推理の飛躍はちょっと難度が高い。
しかし小山内さんと小鳩くんはお互いの心の動きが判りすぎるようで怖いな。

「伯林あげぱんの謎」 プレゼンの勝利というか。伏線はあからさまなほどであって、じゃあどうやってそこに辿り着くのか、を読ませる作品でありますね。これを謎解きミステリとして、しっかりと成立させるのはたいしたもの。「健吾が断言したことだけは、間違いなく事実だと信じることにする」という前提がしっかりと効いているし、何より手掛かりが大胆にして絶妙。

「花府シュークリームの謎」 この本の中では一番、展開がストレートなフーダニット。その分、推理のプロセスはスマートで、意外な手掛かりと動機が無理なくはまった感があります。ハッピーエンドも連作集の締めとして良いですね。
シュークリームはあまり印象に残らなかったけれど、それは別にいいか。


凄く面白かったのですが、巻末の初出一覧を見ると収録作は年一作ペースで発表されていたようで、そうすると次が出るのもまた、忘れた頃になりそう。

2020-02-18

Candace Love / Never In A Million Years


シカゴの女性教師が1960年代の終わりごろにマイナー・レーベルに残した録音集。別名義で出したものも含めてシングル6枚分が収録されています。

Essential Mediaという会社のCDは初めて買ったのですが、CD-Rでした。ブックレット(というかペラ紙一枚)の印刷もわざとなのか、というくらい粗い。ついでに言うと、内側に載っている文章はジーン・カーンというシンガーについて書かれたもので、このCDとは全く関係がない。
音のほうですが、収録曲の大半は明らかなアナログレコード起しとわかるものだ。

音楽そのものはしかし、とても良いのですよ、これが。レコード会社はシカゴだけれど、中身はメロウ寄りのデトロイト・ソウル。制作にはブラザーズ・オブ・ソウルの3人が関わっているよう。跳ね気味のミディアム、ロマンティックなスロウ、どれもポップでいい曲揃い。
主役であるキャンディス・ラヴさんは強烈な個性こそないものの、その歌声は芯があって、かつチャーミング。丁寧な歌唱ながら、決してくどくならないのも美点でありますね。

いや実際、相当なめっけものであって、これでもう少し音質が良ければ、という気はしますが。こういったオブスキュアで、なおかつ質の高い作品が纏められたということだけでも大したことではありましょう。しかしCD-Rかあ。

2020-02-09

The J.B.'s / More Mess On My Thing


昨年出た、コリンズ兄弟をフィーチャーしたJB'sの発掘音源。3曲しか入っていないが、お腹いっぱいになれます。

タイトルにもなっている "More Mess On My Thing" は1969年の録音なので、厳密にはJB's としてではなく、コリンズ兄弟らがやっていたグループの、ジェイムズ・ブラウン監修下におけるデモ録音です。まあ彼らは翌年にはオリジナルJB'sとなるわけだけれど、JB'sとしてはちょっとラフでやや軽い印象(ドラムがタイガー・マーティンというのもあるか)。
勿論、格好はいいしデモらしい生々しさは好みであります。演奏の中心は完全にブーツィーで、天衣無縫といった感じ。凄いもんです。

2曲目の "The Wedge" は不穏かつクールな雰囲気を湛えた曲で、正真正銘のJB's。腰の据わった演奏は、当然にして目茶目茶格好いい。クライド・スタブルフィールドはやはり、格が違うという気がします。

アナログ・リリースではB面全てを占める "When You Feel It, Grunt If You Can (Complete Take)" は「These Are The JB's」に収録されていた曲の完全版で、22分に及ぶファンク・ジャム。いきなりクール&ザ・ギャングの "Let the Music Take Your Mind" から始まり、その他ミーターズ、スティーヴィー・ワンダー、ジミー・ヘンドリクス、ビートルズの曲が織り込まれているのだが、色々あり過ぎてファンクとしてはやや盛り上がり切れないような印象を受ける。格好ええんやけどね、ええんやけど、曲というよりジャムですね、やはり。

なんにせよ凄く楽しい一枚なのだが、まあ、一通り聴いたファン向けのリリースです。

2020-02-06

アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」


作家であるアンソニー・ホロヴィッツは、ドラマの脚本を手掛けた際に知り合った元警官ダニエル・ホーソーンから、おれを主人公にした本を書かないか、と持ちかけられる。
「ある女が、葬儀社に入っていった。ちょうどロンドンの反対側、サウス・ケンジントンでのことさ。女は自分自身の葬儀について、何から何まできっちりと手配した。まさにその日、たった六時間後に、女は殺された……家に入ってきた誰かに首を絞められてね。どうだ、ちょっとばかりおかしな話だろう?」
ホーソーンはその事件の捜査を警察から依頼されていたのだった。


昨年話題になった作品を、今頃読みました。
全体の半分くらいまではあまり面白くなかった。ホーソーンは切れ者だが、人間的に嫌なやつなのだ。で、個人的に語り手がずっと愚痴っているお話は個人的にはあまり読む気がしないのが本当のところで。イギリス人はこういうの好きそうだけどね。
それはともかく、ミステリとして物語を駆動する力が弱いように感じる。魅力的な謎は提示されるものの、それが掘り下げられるわけではないし、フーダニットとしても特に怪しいと目される登場人物はいない。質問と調査が繰り返されるうちに、事件の背景がぐっと広がっていく展開はいいのです。ただ、探偵役のホーソーンが自分の考えを明かさないのは仕方がないかもしれないが、ワトソンであるホロヴィッツも能動的に誰かを疑っているわけではなく、ホーソーンの言動を観察しているだけだ。これでは謎解きの興趣がなかなか盛り上がらない。
一方、作品のフックとして、語り手とこの本の作者が同一人物であることを使ったリアリティの混入がある。このメタ趣向は読者をひっかける類の仕掛けではなく、フェアプレイの謎解きを保証するものとなっているのだけれど、一方で、その遊びがリーダビリティを損なってもいる面もあると思う。

中盤に新たな事件が起こり、俄然緊張感が生まれる。しかし、淡々とした展開のスピードが変わらないために、雰囲気が持続しないのだよなあ。
それが残り100ページほどになって、唐突にホーソーンが格好よくなる。そして、ここから後は全部いいのです。くそう。

読み終えてみればパズルとしてはとてもうまく構築されていることがわかる。そのピースの数々は作中ではっきりと示されていたものだ。さらに細やかな伏線と、しかしダイナミックな構図の転換もお見事。
シリーズの一作目であることを考えたら、ある程度の冗長さは仕方がないのかな。次のやつに期待します。

2020-01-18

ジョン・ディクスン・カー「四つの凶器」


アンリ・バンコランものとしては最後の長編。
1937年の作品であって、『蝋人形館の殺人』からは5年しか経っていないのだが、バンコランがえらく老け込んだ、というか別のキャラクターのようである。また、作品の雰囲気もおどろおどろしさがないものであって、シリーズらしさはあまり感じない。

殺人現場には何故か四つの凶器(となるような物品)があったが、使われたのはそのうちのひとつだけであった。バンコランによればその状況は目くらましによるものではないという。そうするとミステリとしての売りはホワットダニットになりそうなものですが、そういう構成ではない。かといってフーダニットと考えると動機の検討がされないのが不自然なほど。どうも中心となる謎がはっきりしない。
それでも物語の早い段階で、バンコランには犯人はわかっていると言うので、期待して読み進めたのだが。

複数の人物の思惑が絡み合った真相はあまりに複雑すぎるし、煙幕が本当に煙幕でしかなかったりして、絵解きをされてもあまりすっきりはしない。辻褄が合っていようが、これらを全て推理できるはずがない、と思う。
お話としてはキャラクター書き分けがいいし、クライマックスへと至る流れはとても迫力があり、意外性の演出もきれいに嵌っているのだが。

盛り込まれたアイディアには面白いものも多いのだけれど、この時期のカー作品としては落ちる、というのが正直なところ。