2018-08-25

エラリー・クイーン「犯罪コーポレーションの冒険 聴取者への挑戦Ⅲ」


エラリー・クイーンによるラジオドラマ脚本集第三弾。9年ぶりに続編が出たというのは、つまりクイーンは今、ちょっと良い感じが来てるのでしょうか。以前の二冊と比較してボリュームがかなり増している。その分、値段も張ります。
肝心の内容なのですが。前二冊にはミステリとして『エラリー・クイーンの冒険』『~新冒険』に通ずるような質があったと思います。正直、今回のはそこまでではないかな。振り返ってみて、おお、巧く作ってあるな、と感心するのであって。仕掛けにあるクイーンらしさを鑑賞する、という類のものだと思う。早く言えばファン向けです。
一方で、プロットには捻ったものが多い。ある程度ルーティンを外していくような展開や意外なタイミングが楽しく、この辺りの魅力は現代でも通用するのではないかと。

印象的だったものをば。
「一本足の男の冒険」 1943年に放送されたもので、戦意高揚のプロパガンダにはいささか辟易してしまう。ミステリとしては密室ものだが、主眼はそこにはない。犯人確定のロジックはシンプルにして、奇妙な状況をすっきりと落とし込んだクイーンならではのテイスト。
「カインの一族の冒険」 3人兄弟のうち遺産を引き継ぐのは一人だけ、その者が亡くなれば他の二人で分けろ――。旧約聖書から引いたであろう名前といい、申し分なくはったりの効いた導入は身内同士での殺し合いを示唆する。しかし、そこからの展開は徹底してオフビート、あれよあれよという間に〈聴取者への挑戦〉へ。
「犯罪コーポレーションの冒険」 強力な誤導を効かせたフーダニット。読み返しが利く書籍だからこそ、その大胆さに感心できるというものだ。当時、放送を聞いていたひとは唖然としたのではないだろうか。
「見えない手掛かりの冒険」 殺人予告を扱っているが、レギュラー・メンバーのほかには被害者しか出てこない、という大向こう受けを狙ったようなパズル・ストーリー。
「放火魔の冒険」 犯人がトリックを仕掛けるタイミングの大胆さ、ただひとつの物証から犯人に辿り着くロジック(ある知識から発するものだが)とも実にクイーンらしい切れを感じさせる。
「殺されることを望んだ男の冒険」 この作品のみシナリオ形式でなく、小説で収録されている(残念ながら小説化は他の作家の手によるものだそうだが)ので、いちばん落ち着いて読める。また、プロット自体がトリッキーで楽しい。

それぞれの出来自体には良し悪しがありますが、まぎれもないクイーン作品で未読のものがあれば、手が出てしまうのはファンの性というもの。巻末にはこれまで単行本にまとめられていないエピソードの紹介があって、これもかなりの労作だと思います。

2018-08-11

Buffalo Springfield / What's That Sound? Complete Albums Collections


バッファロー・スプリングフィールドの3枚のアルバムをミックス違いも独立させて収録した5枚組。セカンド「Buffalo Springfield Again」のモノラル・ミックスは初リイシューになります。一方、ファースト・アルバムの初回プレスにのみ収録され、その後は "For What It's Worth" と差し替えられた "Baby Don't Scold Me" のステレオ・ミックスは今回も入っていません。"Mr. Soul" のシングル・ヴァージョン(ギター・ソロが異なるのだ)といい、もうマスターテープが存在しないのかも。


彼らのボックスセットは2001年に4枚組のものが出ていて、そちらはレアトラック満載のHDCD仕様でした。今回のリリースはHDCDではありませんが、マスタリング自体は更に良くなっているように思います。
パッケージの方は簡素なつくりで、ブックレットも無く、ニール・ヤングのコメントが載った紙が一枚のみ。この辺りはニールのソロ・アルバムのボックス単位でのリイシューに近い形態。
なお、2001年のもの同様、ニール・ヤングはスーパーバイズやなんやらで関わっているのですが、スティーヴン・スティルスはこのリリースについてメディアの取材を受けるまで全く知らされていなかったそうです。

バッファロー・スプリングフィールドは活動期間が二年くらいしかないので、バンドというよりソロ・アーティストの寄り合い世帯みたいなイメージがあるのね。実際、全員揃ってスタジオ入りしたのはファースト・アルバムだけだし。あと、デューイ・マーティンのドラムはヘタクソでレコーディングでは使い物にならなかった、という話もあるが、そこを掘り始めると長くなるので割愛。


「Buffalo Springfield Again」のモノラル・ミックスに関しては好きずき、といったところか。1967年の米国産のアルバムだとたいがいはステレオのほうが出来はいいと思っているのですが、「Again」の場合は編集やオーバーダブの継ぎはぎ感がとても激しいので、まとまりとしてはモノラルのほうが良いかな。
それよりも改めて聴いていて思ったのは、寄せ集めのはずの「Last Time Around」ってこんなに良かったっけ、てことです。2001年ボックスでの扱いが良くなかったのを思うと、色々と考えてしまう。ニール・ヤング史観、とか。

2018-08-04

カーター・ディクスン「九人と死で十人だ」


本来は客船であるエドワーディック号は、戦時下ということでありニューヨークからイギリスへ軍需品を運ぶ任務も担っていた。その途上である女性客の喉が掻き切られる殺人事件が発生、被害者の衣服には犯人のものと思しい血染めの指紋が残されていた。早速、乗船している全員から指紋を採取、照合が行われる。しかし、その結果、一致するものが見つからなかったのだ。勿論、海の上であり外部から船への出入りは不可能だ。犯人はいるはずのない十人目の乗客なのか。


1940年、 ヘンリ・メリヴェール卿もの。
『盲目の理髪師』同様、船上ミステリです。もっとも、『盲目~』がまるっきり喜劇であったのに対して、全体に戦争の影が大きく落ちておりシリアスな雰囲気です。ところどころにふざけたやりとりがあって、いいスパイスにはなっていますが。
ミステリとしては指紋の謎が当初よりもずっと大きなものになっていくのが良いです。まず、化学分析により作り物ではなく実際の人間の指から付けられたものであることが事実として証明される。また、偽装だとしたら、そもそもクローズドサークルでそんなことをする目的が理解できない、となってしまう。しかし、船内に隠れている人間などいないのだ。
そうしているうちにさらなる殺人が起こる。

指紋の謎の解決には正直、拍子抜けの感を受けました。そんなことが出来るのかな、みたいな。しかし、フーダニットとしては非常に良く出来ています。ごくシンプルなトリックが絶妙な演出によって見え難いものになっている。戦時下であることが実にうまく機能しているのも素晴らしい。

分量からして軽量級ですが、すっきりとして切れのある出来栄えです。この時期におけるカーの美点が良くわかる作品ですね。