2019-10-14

フィリップ・K・ディック「フロリクス8から来た友人」


22世紀、世界は脳の突然変異で高い知性を持つ〈新人〉と超能力者である〈異人〉が支配、エリートである彼らと残りの人類〈旧人〉の間にはっきりした階級社会が形成されていた。その〈旧人〉たちの救世主たる男、トース・プロヴォーニは〈旧人〉たちが暮らすための新惑星を見つけるべく単身、深宇宙への探索へと出て行ったきりであった。

1970年長編。
勢いに乗っていた時代の作品だけあって、序盤で物語にすぐ引き込まれるし、設定もすごく面白そうではある。また、ディック作品ではおなじみ、まやかしの現実というモチーフがここでは中心に置かれていないため、とても読みやすい。
しかし、ディストピアとそこからの解放というシンプルなテーマ、ご都合主義的な展開も明らかにそこに沿っているように見えたのだが、個々人の欲望と情動によって、いつしか物語は勝手な方向に向かっていく。そしてディック作品ではよくあることではあるけど、色んな問題は未解決なまま、みせかけの奇妙な平安に帰着する。

物語前半に出てきた重要そうな人々やアイディアが後半には登場しなくなるし、キャラクターの一貫性にも乏しい。なおかつ、印象的な場面は多いのだ。ちゃんとしたプロットを立てずに思いつきで話をつないでいったようである。間違いなくファン向け。
そしてファンなら最終章での会話を読んで、この作品を受け入れてしまう。困ったものだ。

2019-10-05

有栖川有栖「カナダ金貨の謎」


作家アリスもの新刊は中編3作の間に短編ふたつが挟まれた構成の作品集で、タイトルは国名シリーズだが中身はフルハウス、とのこと。


「船長が死んだ夜」 容疑者が限定された状況でのフーダニットは、ある手掛かりに関するホワイ?を軸にしたもの。これがちょっとした飛躍が要求されるもので、気付けそうで気付けない。
謎解きそのものは手堅いもので、まあまあの出来かなと思っていたところに、幕切れに待ち構えていた伏線回収にやられた。事件の様相をがらっ、と変える類のものではないが、実に形がいい驚きであります。

「エア・キャット」 犯罪は起こっているけれど、そこは話の中心ではないです。謎と解決は備えていますが、その解かれ方はミステリでもないような。

「カナダ金貨の謎」 事件そのものはいたって地味なもの。しかも倒叙形式なので犯人はわかっているのだが、犯行計画そのものは語られないので、そこに謎が発生する。それにしてもこのホワイ? は絶妙な設定で、解き明かされた瞬間、ああ!判ってもよかったのに、となりました。そして、そこから一息に全容が展開されていく鮮やかさよ。
また、事件に物語を見出すことによりミステリとしての奥行きを生みだす、という作家アリスの役割からは、そのバランスの良さにいつも感心させられます。

「あるトリックの蹉跌」 物語の枠組みは完全にフォー・ファンズ・オンリー、なのだが、作中で解説されているトリックは懐かしの新本格風でちょっと面白い。もったいない使い方だなと思ったのだが、このひとの作風だとうまく生きないのかもしれない。

「トロッコの行方」 アリバイもののようで実は、というフーダニットは意外な真相と、それを生かした切れのある結末がなかなか。一方で、手掛かりは不十分ではないか、何か見落としていたか。いや、ウイッグの件からすると、読者をひっかける方に力が入れられていたのかも知れないけれど。


いつもながらうまいし、テクノロジーやトピカルなテーマの取り込みにも違和感がない。
そして、謎解き小説において犯人側のロジック、というのは下手をすると取ってつけたようになりかねないのだろうが、際を攻めつつ、その境界をじわじわと拡げているようでもあります。