2019-07-30

三津田信三「魔偶の如き齎すもの」


刀城言耶ものの短編3作と表題作である書き下ろし中編を収録した連作集。


「妖服の如き切るもの」 クラシックなプロットに不可能犯罪が絡む、がっちりとしたミステリであります。真相前にいくつか出される仮説も、いかにも古きゆかしい探偵小説の興趣あるものだ。怪異と現象の絡め方はやや弱いかもしれないけれど、正攻法なパズルとして充分に楽しめた。

「巫死の如き甦るもの」 こちらは監視下からの人間消失。古典的なトリックの可能性を見せたまま、そこにはなかなか触れずに進んでいくので、読んでいてどうしても考えがそちらに引っ張られてしまうのがうまいところ。特異な状況を生かし、そこならではのロジック及びトリックが使われている。このシリーズのファンであればある長編で使われたアイディアに思い至るであろうが、今回はさらに強力なかたちで演出されているのがなんとも。中途までの怪奇色は希薄なのものの、終盤からの展開は実にえぐい。

「獣家の如き吸うもの」 じっくりとした怪談で始まり、ロジックで解体という形だけをとればとてもオーソドックスなミステリ。いささかすっきりし過ぎて、真相に余剰がないのが逆に物足りなく感じるかな。トリック自体は某古典作品のアレかな、と思わせておいて、そのまんまじゃないよ、というずれがあるもので、うまいものだ。

「魔偶の如き齎すもの」 ここでは怪異の味付けはそこそこ、特徴的な建物の中で起こる事件を扱ったフーダニット。中編のボリュームがあるので、独特な試行錯誤式の多重解決が堪能できるもの。それでいて、最終的な解決がそれまでとは違うベクトルから盲点を突いたものになっているのもいい。連作ならではの着眼点も面白い。


純粋にパズルとしてみれば「妖服~」が一番よくできてるかと。その他も、後味の強さは「巫死~」、怪異としては「獣家~」、ねちっこい推理は表題作と、それぞれテイストの違う楽しみがあって充実した作品集でありました。

2019-07-28

Billy Bremner / Bash!


ロックパイル第三の男、ギタリストのビリー・ブレムナーが1984年にリリースしたファースト・ソロ・アルバム。
内容はコンパクトで小気味良いパワーポップであるけれど、単純なギターコンボではなく、時代を反映したものかニューウェーヴを思わせるような鍵盤が目立ち、デジタルエコーも深い。そのためロックンロールとしての歯切れの良さはやや削がれているものの、耳当たりは決して悪くないサウンドで、コーラス・アレンジもあいまってジェフ・リン的なセンスを感じられる瞬間もある。
ブレムナーのボーカルは癖の無いキャラクターなので、生一本のギターロックにするよりも、こうした音の工夫でフックを作るのは正解なのかも。

収録曲はエルヴィス・コステロ作の "Shatterproof"、ディフォード&ティルブルック作で後にスクイーズのヴァージョンも発表された "When Love Goes To Sleep" の2曲以外は全て、ビリー・ブレムナーとプロデューサーのウィル・バーチの共作。それらオリジナルは'60年代ポップ的な展開のメロディが好ましく、だれるところもなしに通して機嫌よく聴いていられます。
コステロの曲は例によってメロディに対して言葉がやたらに詰まっているので、それと判りやすいな。また、"When Love Goes To Sleep" はスクイーズ版が未発表だったことを置いても、こちらのヴァージョンのほうがすっといいです。

難しい時代にすっきりとした落とし所をつけた好盤だと思います。ニック・ロウの「The Abominable Showman」やスクイーズの「Sweets From A Stranger」もこの程度に収まっていたらなあ、なんて考えたりもして。

2019-07-13

カーター・ディクスン「白い僧院の殺人」


1934年発表になる、ヘンリ・メルヴェール卿ものとしては第二長編、その新訳版。

謎の要は雪密室であり、これ自体の不可能性がかなり高い。そして、それを巡っていくつかの推理が開陳されていくのだが、これらも結構、手が込んでいて説得力もある。しかし、周辺をとりまくパズルのピースが効いていて、この解法を取ればあちらが成り立たず、的な複雑さがあって結局は否定されてしまう。
物語後半になってさらに事件が起こるものの、こちらはプロットの要請上という気がする。

ヘンリ・メルヴェールによって最終的に明かされるトリックは非常に良く出来ているがゆえに後の作家に影響を与え、却って今からするとその画期性は判り難いものになっている。もっとも大トリック一発の力に頼らず、意外性を最大限に生かすべく誤導が非常にしっかり作られているのは大したもの。まっさらな状態であたったなら、その衝撃はかなりのものになるだろう。
また、トリックが判ったからといって、全体が見えるということもない複雑な構図であり、さまざまな要素が実は緊密に組み立てられていたことがわかる、その絵解きはとても読み応えがあります。それでいて犯人の特定ロジックは実に明快、気持ちがいい。

トリックを成立させるために状況設定がややこしいものになっていて、そこがリーダビリティの足を引っ張っている感はある。しかし、オカルト色を排した純粋なミステリとして満足度はとても高いものでした。力作ですね。
さあ、次は『四つの凶器』だな。