2018-10-21

青崎有吾「図書館の殺人」


高校生、裏染天馬が探偵役を務めるシリーズの第三長編。文章はかなりこなれているし、パズラーとしても来るとこまで来たという感じで、平成のクイーンの名に恥じない出来栄え(平成はもう終わっちゃうけど)。一見わかりきったようなことでも、その過程をねちっこく検証するうちに意外なことが明らかになっていく、その手つきが堂に入っています。
また、ダイイング・メッセージを巡る推理が凄いですな。現代にあえてこの趣向を扱うなら、ここまでやりきらなくては面白くないよね。

消去法が進むうちに容疑者が全ていなくなってしまう。そして、そこから急転直下の犯人確定。探偵小説ファンにはしびれる展開だ。しかし、伏線がよほど巧くないと、それまでに展開された推理全体の強度を疑わせるものになりかねない。また、読者が「それアリだったら、他にも可能性があるじゃない」と考える余地も出てくる。今作はそのあたりが不十分だと思います。
あと、一番鮮やかだったのが、ある手掛かりが犯人による偽のものだということを証明する場面だったのだが、この証明によって大きく何かが変わったかというと、そうでもないような気がする。

ケチを付けましたが、それだけレベルが高いということなので。もっと、もっととなってしまったのです。
犯行動機の収まりはいい。謎と論理の物語としては、確定できない事柄について、これ以上はやりようがないだろう。
また、物語としての締めもこの作品ではすべっていない。実にきれいに決まっています。

うん、めちゃくちゃ面白かった。

2018-10-20

Leroy Hutson / Love Oh Love


今年になって英Acid Jazzより、リロイ・ハトソンがCurtomに残したカタログがリイシューされています。ディスコの「Unforgettable」以外は購入していますが、シングル曲等のボーナストラックが付いて、マスタリングもちゃんとしたもの。音圧がでかくないと不満なドンシャリ耳のひとが気に入るかは知らんけどさ。

ファーストの「Love Oh Love」は1972年のリリース。ファーストといっても裏方も含めると既に充分にキャリアがあったので、しっかりとした作品に仕上がっている。
音のほうはゴージャスながらオーソドックスなシカゴ・ソウルという感じ。アレンジはいくつかの曲でトム・トム84やリッチ・テューホが手を貸しているが、それ以外はハトソン自身によるもの。カーティス・メイフィールドやマーヴィン・ゲイを思わせる部分はあれど、後の作品のように、もろにアレだな、というところが少ないので、落ち着いて聴いていられるし、インプレッションズでリードを取っていたひとのソロだ、と考えても違和感はない。色の無い歌声もここではオケに負けずに収まっているように思う。

リロイ・ハトソンの音楽は凄く良く出来ているけれど、強い個性には乏しい。その変化も時代とともに作っていくというより、流行に敏い、というのが的確なところだ。肉体性に乏しい歌声もあってか、後味を残さない。だが過剰なものがない、そのことはこのひとの美点でもある。
昔は、このオケにもっとディープなボーカルが乗っかってればなあ、などと感じていたのだが。いや、これでいいのだ。

2018-10-13

フィリップ・K・ディック「いたずらの問題」


舞台は2114年、相互監視による道徳的行動への縛りが強く、そこから外れるものは吊るし上げられたのちにコミュニティから排除される、そんな社会。そして、社会全体の「モレク」を管理する委員会は、風紀を維持するために広告代理店の作った物語を採用している。
それら代理店のうち業界最後発のものの社長、アレン・パーセルが物語の主人公。ある朝、パーセルが出社するとこれまでなかったことに、委員会の書記の訪問を受ける。アレン・パーセル社が提出した「パケット」のひとつに問題があるというのだ。


1956年だからキャリア初期の長編。創元推理文庫版で読んでいるはずなのだが案の定、あまり覚えていない。訳者は同じながら、今回、早川から出るにあたって新たに手を入れてあるそうです。

内容は典型的なディストピアもので、SFとしてはやや地味。監視社会におけるサスペンスとして中盤くらいまでは展開していきます。権力の設定、ガジェット、悪夢的なツイストなどからは、いかにもディックらしいセンスが感じられるけれど、後年のディック作品のような、そこから一気に突き抜けていく部分もない。ただ、落ち着いた筆運びは、感情的な説得力を持たせるものだ。プロットにも余計な要素が少なく、まとまりがあって、わかりやすいお話になっています。
また、ディック本人は60年以上前、米国ではなくある全体社会国家をイメージして執筆したそうなのだが、ここで描かれている社会はデフォルメされてはいても、かなり現代的なものとして受け取れる。

物語後半、パーセルが追い詰められてからの反撃は(直球すぎるきらいはあるものの)、トリックスター的で娯楽性が高い。そして、それだけに結末はしんどいなあ。
しかし、フィクションとして振り切ってしまわずに、とどまったうえで希望の身振りを示すのもディックらしさではあるか。