2012-04-22

アガサ・クリスティー「オリエント急行の殺人」


エルキュール・ポアロものの有名作ですが。
若い時分は、とにかくミステリには大きなトリックを求めていまして。旧版の早川文庫でこの作品を読んだとき、先に裏表紙の内容説明を見て「もしかしてこういうネタでは・・・」と想像していたら、ほぼその通りだったのですね。がっかり。それ以来、この作品のことはあまり思い出さないようにしてきたのですよ。
まあ、いってみましょう。

大雪で立ち往生した列車、そのコンパートメント内でいかにも曰くありげな人物が殺される。現場のドアには鍵が掛かっていた上、内側からはチェーンも。窓は開いていたが、その外側の雪上には足跡はひとつもない。
「殺人犯はわれわれのそばにいる―― いまも、この列車のなかに……」

まず、クローズド・サークルを列車で作ってしまう、というアイディアが素晴らしい。雪の山荘では駄目で、列車でなくてはならない必然もしっかりしていて、これ自体がひとつの創意だと思います。

クリスティとしては珍しく、非常に夾雑物の少ないミステリであって。「第一部 事実」で登場人物の紹介から事件の発生、被害者の正体までが語られ、「第二部 証言」では文字どおり尋問が、12人に対して立て続けに行なわれます。容疑者が非常に多く、その誰にも比重が偏っていないにも拘わらずキャラクターがきっちりと書き分けられているのは流石。そしてあらかたのデータが揃った後に「第三部 ポアロ、じっとすわって考える」となるわけです。

ネタを知った状態で今回読み返してみて、下手をすれば馬鹿馬鹿しくなるお話をきちんと成立させるべく、隅々まで精緻に構成されているのには感心させられました。
また、中心となっている大きなアイディアは勿論、物語の締め方、あるいは奇妙に喜劇的な展開などは、ミステリというジャンルそのものに対しての絶妙なバランスが感じられるもので。そこから、「探偵の操り」テーマをひとつの趣向とみなして、クリスティ一流の解決をつけた、と読むことも可能でしょう。

しかし、この装丁。谷口ジローの描いたポアロはらしくないなあ。まるで西洋に乗り込んで行った日本人武道家みたいだ。

2012-04-21

Sam & Dave / I Thank You


英Edselより、サム&デイヴのスタックス制作のアルバム四タイトルが2in1、2in2のセットでリイシューされまして。ボーナストラックも入っているので、これらでスタックス期のものは網羅されているのかな、と思ったのだけれど実際には漏れている曲がありますね。

今回リイシューされたアルバムはどれもステレオミックスが採用されています(ただし一作目「Hold On, I'm Comin'」に収録されている "You Don't Know Like I Know" のみ、モノラルにはあるパーカッションがステレオには欠けているため、モノ版を採用。なら、両ミックスとも入れて欲しいのが本当のところですが)。
初期のアルバムには、曲によってはボーカルがセンターに定位していないものがあって、それはちょっと迫力に欠けるかな。
あと、細かいことを言うと "Soul Man" の唄い出しがステレオとモノではちょっと違います。

改めて聴いてみて、スタックス期のサム&デイヴに関しては、どのアルバムも甲乙付けがたい、という印象を受けました。勿論、時代的な変化はあって、最初のころの凄くオーソドックスなサザンソウルから、次第にちょっと凝ったアレンジのものが増えていきますが。基本的にはどれもアイザック・ヘイズ&デヴィッド・ポーター制作であり、演奏しているのもスタックスのハウスバンドであるMG'sやマーキーズなので、出来の良し悪しにはそんなに差がないかなと。


「I Thank You」は1968年、スタックスとの提携が切れた後にアトランティックから出されたアルバムでありますが、収録されている曲は全てスタックスで制作されたもの。ライナーノーツによれば、過去のアルバム用に録音されながら未使用だったトラックも多く含まれているそうで、なるほど、そういわれれば音の感触が違うものが混じっているな。

ヒットしたタイトル曲はゴスペルとファンクを結びつけた強力なナンバー。ロック的なギターも聴かれ、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの影響を感じさせながらも、それを乗り越える脂の乗ったボーカルが素晴らしい。クラヴィネットも格好良く決まって。
そのシングルB面であった "Wrap It Up" はそれまでのサム&デイヴのスタイルをファンクでやったというものでありますが、これも良い出来です。

また、ストリングス入りの都会的なものもいくつかあり、これらがいずれもロマンティックな要素がデュオの持ち味に合った良いさじ加減で、気持ちいいな。
中では "Everybody Got To Believe In Somebody" が南部色は薄まっているけれど、オーソドックスなデュエットで気に入っています。

2012-04-18

Dr. Feelgood / All Through The City (With Wilko 1974-1977)


ウィルコ・ジョンスン在籍時のドクター・フィールグッド、その音源及び映像をまとめた3CD+DVDセット。
ブックレットには当時を振り返るウィルコのインタビューも掲載されているんだけど、そこそこの量でちゃんとした読みでがあります。

デジブック仕様なんだけれど、最近たまにみるCDが取り出し難いタイプ

ディスク1、2にはライヴを含むアルバム四枚を収録。それらアルバムのうち三タイトルは2012年リマスター。音圧が高いね。「Down By The Jetty」のみ2006年となっており、おそらく以前モノラル+ステレオの2CDで出されたコレクターズ・エディションと同じリマスターと思われます。


ディスク3はレアトラック集で、23曲中16が未発表(収録時間の関係からか「Stupidity」のおまけシングル曲はこちらに収録)。


目玉はDVDですね。僕はアマゾンで輸入盤を購入したのだけれど、NTSC仕様であって日本向けプレイヤーで問題なく見ることができます。
収録されているのは全て1975年の演奏で、どれも実に格好いい。

TVショウ「The Geordie Scene」から7曲。9割が若い姉ちゃんという客層の前であるけれど、そんなことは関係なく熱いR&Bをぶちかます。画質も上々。



音楽ファンにはお馴染み「Old Grey Whistle Test」からは3曲。パフォーマンスはやや大人しめか。音が凄くいいのは流石。


「45 (With Kid Jensen)」からは "Back In The Night" 一曲だけですが、リー・ブリローがスライドを決める姿が拝めます。


そしてサウスエンドでのライヴ。「Going Back Home」としてこれは単独タイトルで出ていたものですが、そちらは現在は入手し難くなっているため、ここにまとめて入ったのは嬉しい。
画質はそれほど良くないですが、当時のリアルなステージを見れるという点でこれ以上のものはありません。全8曲、攻撃的な演奏にウィルコが動きをキメまくる姿を堪能できます。




次にフィンランドのライヴから二曲。ステージ脇から一台のカメラで撮ったもので、引きの画が全くないし、客席も映らないのでどれくらいのハコであるのか判りませんが、臨場感はあります。音があまり良くないのが残念。


最後にインタビューがあって、DVD全体では70分くらいかな。


「Going Back Home」付属CDの音源が漏れているのが惜しいですが、最新リマスターと初期映像の集大成として凄く良心的なパッケージではないでしょうか。

2012-04-15

Joe and Bing / Daybreak


男性フォークデュオ、ジョー&ビングのファーストアルバム(1971年)。プロデュース及びアレンジにはエウミール・デオダートと、レフト・バンクも手がけているハリー・ルーコフスキーの名前がクレジットされています。

彼らのハーモニーはサイモン&ガーファンクルの影響を感じさせる清新なもの。そこに、デオダートらの手による品の良い管弦が合わさって、とても爽やかな音像です。
収録曲も二人のオリジナルが中心で、派手さはないけれど、どれも良い曲ばかりでありますよ。

アルバム冒頭のタイトル曲 "Daybreak" はちょっと湿ったメロディで、粒立ったギターのアルペジオと美麗なストリングスの組み合わせがアルゾを思わせますが、ひんやりとした音像はどこかヨーロッパ的。一瞬入ってくるピアノなど、とてもセンスがいいなあ。また、アルゾといえば "It's OK" という曲もあって、これはもろアルゾ&ユーディンみたいだ。
穏やかなフォークロックの "I'm Not Forgetting Your Name" はトランペットのフレーズがいいフックになっています。アラン・ローバーの手がけたオルフェウスに近い雰囲気。
ユニゾンのボーカルがハーパーズ・ビザールみたいで可愛いのが "Drifting With The Time"。アコースティックなのでさしずめ「4 (Soft Soundin' Music)」というところかな。

そして、特に気に入ったのが "Summer Sound" という曲。ちょっと跳ねたリズムにブラジルっぽい雰囲気の管弦の組み合わせで、哀愁漂う仕上がり。これはデオダートのセンスですな。
また、ボサノヴァの "Sail" はまるでA&Mレコードみたいで、これも凄く好み。瀟洒なポップスであって、エンデイング近くのコーラスも決まっています。フルートの使い方がこれまたブラジル的かしら。

良質なメロディが揃っているけれど、ともすれば内省的になりそうなフォークデュオ。それを色彩感あるアレンジが救っていて、下世話でないポップスに仕上がっていると思います。
サンシャインポップというにはナイーヴ過ぎて、けどそこがいいな。

2012-04-08

Badfinger / Badfinger (eponymous title)


バッドフィンガー、ワーナー移籍後一枚目のアルバム、1974年リリース。

このアルバムはレコード会社との契約がきつかったために、アップルでの最終作「Ass」のレコーディングが終了したわずか一月半後に制作が始まったらしい。その強行スケジュールがたたったせいか、正直、練り込み不足という感じの、弱いマテリアルも含まれています。
特にジョーイ・モーランドの書く曲はアメリカ志向の大味なロックンロール、という感じのものが多くて、それらは一、二曲ならウエットに流れがちなアルバムの雰囲気を中和する効果があるのだろうけど、四曲もあるとさすがにテイストが違いすぎるかと。

その一方でサウンド面では、なかなか意欲的な取り組みが目に付く。
ジョン・コッシュの手によるスタイリッシュなアートワークはまるでモダンポップのアルバムのようであるけれど、それに照応するように、この作品では多彩な楽器の導入や、変ったエコー処理など、さまざまな面白い試みがなされています。これはプロデューサーであるクリス・トーマスの貢献なのだろうけれど、そのことにより従来からのパワーポップだけでない、バンドの新しい顔が引き出されているようでありますよ。
中でも、トム・エヴァンス作の "Why Don't We Talk" のイントロで、SEに導かれ、遠くでハーモニーが聴こえるうちにバンドが入ってくるところなど、実に格好いい。

とはいえ個人的に一番好きなのは、やはり泣きのメロディ、フックが素晴らしい "Lonely You" かな。ピート・ハムならでは、というか彼でしか書けない曲でしょう。

決して手放しで褒める気にはならないけれど、これもファンにとっては大事な一枚です。

2012-04-01

ジョン・ディクスン・カー「蝋人形館の殺人」


アンリ・バンコランものの新訳。

セーヌ川に浮かんだ令嬢の他殺死体。事件の捜査に乗り出したバンコランは、最後に被害者が入るのを目撃されながら、そのまま消えてしまったという蠟人形館に赴いた。だが、そこで発見されたのは、展示されているサテュロス像に抱かれている別の女性の死体であった・・・。

カーの作品のなかでもごく初期に属するものでありますが、割合にすっきりとした仕上がり。おどろおどろしい演出が上手くはまっている上に、邪魔になっておらず、いい塩梅で。

最初に提示される人間消失の謎はすぐに解けてしまいます。そうすると興味は犯人探しになるわけなのだけれど、事件の構図や容疑者が二転、三転。バンコラン自身もなかなか目星が立てられない。
ただ、シビアに見れば捜査は穴だらけなのですが、そこを言うと作品自体が成り立たないところがあるかな。

意外な真相は説明されてみると、蠟人形館という舞台が必然であったことがわかります。少し観念的ではあるけれど、この趣向は素晴らしい。
また、細かな手掛かりや、そこから導き出されるロジックが冴えています。伏線も大胆で、好み。

まあ、謎そのものはカーにしてはやや軽いけれど、オーソドックスなフーダニットとしてよく出来ており、推理の妙が充分に楽しめる作品でありました。