2018-01-31

鮎川哲也「黒い白鳥」


1959年に雑誌連載され、翌年に単行本化された長編。

とても丁寧に書かれたミステリで。手掛かりひとつひとつの発見の経緯を省略せず、短いエピソードのなかで語ることで、それぞれが印象に残るものとなっています。また、登場人物たちの感情的なやりとりが、決してくどくならない範囲で描かれているのも節度が感じられて好ましい。

前半はフーダニットとしての興味も残しながら展開。捜査そのものは地道な聞き込みが中心なものの、証拠の発見や新たな事件の発生がテンポよく描かれ、滞りなく読み進めていけます。
物語の中盤に至り、有力な容疑者たちへの線が全て詰んでしまったところでようやく鬼貫警部が登場。疑問点をピックアップして、周辺を徹底的に洗い直す。前半に出てきた場面にもう一度立ち返るのですが、そのところどころで鬼貫はひっかかるものを感じるわけです。
そして、細い糸を手繰っていくような捜査行の果てに、新たな犯行動機が浮かび上がってくる。この部分のドラマ作りが、わかってはいても巧いなあ。で、いよいよそこに鉄壁のアリバイが立ちふさがる、というわけ。

鉄道を使ったトリックがふたつ使われていますが、それぞれ色合いの大きく異なるものであるのが良いですね。また、さらに補強として使われている錯誤を誘うトリック、これが凄く効果的で唸りました。全体を振り返って見るとかなり複雑な犯罪だったことがわかります。
リアリスティックな警察小説でありながら相当にトリッキーなミステリというのは、バランスが難しいと思うのですよ。下手をするとミスマッチになり、物語から浮いてしまう。そこに説得力を持たせているのが周到な伏線の数々でありますね。

結末で鬼貫によって明かされる手掛かりは、そこだけが物語の異なるレイヤーに属していて、なおかつイメージを喚起させられるもので、驚きを覚えました。

2018-01-28

The Move / Looking On


ジェフ・リンが参加したサード・アルバム、1970年リリース。
全体にとっ散らかったアルバムで、ロイ・ウッド独特のサイケなんだかプログレだか中近東かよくわからないセンスと、ヘビーなサウンドが炸裂しています。コンパクトなポップソングを作ることに飽き飽きしていたのか、アイディアを詰め込まれて曲が肥大しているという印象。一曲目からドラムソロまで入れてどうするよ、という。
どの曲にもいいところがあって、時々聴きたくはなるのだけれど、何しろ途中で曲想が変わるので、全体としてはいまいちな印象が残ってしまう。焦点がはっきりしないと聴いていて疲れます。

全7曲中、新加入のジェフ・リンが書いているのは2曲。"What" は叙情的なスロウだが、重たいサウンドが邪魔をしているように思う。また、"Open Up Said The World At The Door" は鍵盤を中心に裏声コーラスで歌われ、モダンポップっぽいのだけれど、演奏がくどすぎる。

ごてごて、どたばたした演奏ばかりの中で、唯一グルーヴが良いと感じるのが最終曲の "Feel Too Good"。これだけベヴ・ベヴァンではなくジェフ・リンがドラムを叩いているのだな。R&B要素とハードサイケな演奏が割とすっきりまとまっている。ドリス・トロイとP.P.アーノルドによるコーラスも格好良く決まった。


2年前にEsotericから出た「Looking On」2CD版には未発表であったBBCセッションが収録されていました。ジェフ・リン作の "Falling Forever" はスタジオ録音こそありませんが、美しいメロディの佳曲。また、シングルB面曲 "Lightnin' Never Strikes Again" がここではアレンジを少し変えて演奏されていて、より格好よくなっています。

2018-01-21

フィリップ・K・ディック「ジャック・イジドアの告白」


1959年に書かれ、'75年になってようやく発表された長編。
リアリズムに立脚したメインストリーム作品で、作者本人の愛着は別にして、娯楽として面白い読み物ではないです。
キャラクターはそろいも揃ってひとりよがりで、およそ共感は持てそうにない。また、ディックのSF作品ではあまり気にならない作品全体としてのまとまりの無さや、浅はかな悟りなどがここでははっきり欠点となっている。当たり前の出来事を魅力的に描くとか、そういった巧さもない。
人間性に筆を費やして、けどそれから? という感じを受けました。センス・オブ・ワンダーがいつの間にか実際の現実に対する認識を揺さぶってしまう、それがわたしにとってのディックだったので。

この本、訳者による脚注が凄く多いです。確かに労作なんですが、別に参照しなくとも読み進めるのに支障はありません。むしろ、いちいち当たっていると文章のリズムに乗れなくなってしまいます。ディックの実生活に興味があるひとや、深読みが好きな向きは目を通せば良いでしょうが。
また、この訳者の方、あとがきも非常に力を込めて書かれています、カルトの予言の書だ、みたいなね。けれど、そんなひとつの要素だけを取り出して語っているのは、作品自体には魅力が無いからではないかな、と思ってしまいました。

なんだか酷いことばかり書いていますね。わたしには合わなかったのです。『ヴァリス』あたり、キャリア末期の作品が好きな人なら楽しめるかも。
あと、ちょっともっともらしいことをいうと、ここで描かれているのはロス・マクドナルド作品と近しい世界だと思います。

2018-01-20

Led Zeppelin / Physical Graffiti


年末から年明けにかけて二週間ほど入院していまして。入院中は音楽を聴く機会がなかったが、別に聴きたいとも思わなかった。うむ、わたしは音楽や本が無くても別段困らずに暮らしていけるな、そのことを再認識しました。
ところで救急車というのは初めて乗ったのですが、なんですな、えらく揺れるものですな。あと、ERってんですか、あの緊急のやつ、あれドラマなんかで見たのそっくりそのままですな、緊張した面持ちの色んな人が入れ替わり立ち替わりで何しろ慌しい。なるほど私は死にかけているのだね、なんだか申し訳ないな、お仕事とはいえ迷惑をかけているようで。そういえばレッド・ゼッペリンに死にかけて、って曲があったな。


「Physical Graffiti」は1974年に制作され、翌年にリリースされた2枚組アルバム。
個人的な好みの話ですが(いつもそうだが)、このアルバムで楽曲として特別に気に入っているものはありません。しかし、演奏はえらく格好いい。だから、この一曲だけ聴きたい、という気分にはならないのだけれど、通して機嫌よく聴いていられる。接し方としてはジャズやファンクのアルバムに近いかな。2枚のうちでは1枚目のほうがいい。太くタイトな質感のものが多くて。

死にかけて~ "In My Time Of Dying" は彼らのスタジオ録音中で一番時間の長い曲だそうだが、グルーヴがいいので全然気にならない(これより初期のハッタリ強めな大仰で長い曲なんかは退屈に感じてしまうのだけれどね)。スタジオ・ライヴらしいアンビエンスも気持ち良い。
ところでこの曲、ボブ・ディランのファースト・アルバムにも入っていたっけ。覚えてなかった。ちゃんと聴いてみたら、歌詞以外は別物ですね。しかし、この曲に限らず、既にうまいねディランは。堂に入ってるというか。