2010-09-26

ジャック・リッチー「クライム・マシン」


330ページほどの中に14篇が入った短編集。
一番長い作品が表題作「クライム・マシン」であって、50ページ弱。相当手の込んだ犯罪が描かれているのだが、それにしては短い。説明・描写が簡潔なのだ。
その他はだいたい2、30ページのものが並んでいて、短いものは10ページにも満たない、ショートショートといっていいものであります。

収録作品は全て、アイディアをシンプルに提示すべく無駄を徹底して排除した文章で語られる。
前置き無しに始まる一人称はハードボイルド的であり、語り手の真意を正確に測ることができないので、時には叙述トリックめいた効果もある。
中でも短い作品ほどキレは素晴らしく、いくつかの作品では最後の一行で全てをひっくり返す。その技量はフレドリック・ブラウンに比肩する、と思う。
皮肉なオチのものが多いのだが、ハッピーエンドが逆説的に感じられるようなものもあって、単調には陥らない。収録された作品を続けて読んでいて「またこのパターンか」と思うと、まったく予想しない方向へ捻じれていったり、まさにオフビート。

粋でユーモラス、自在に展開しながら紛れも無いクライム・ストーリー。
まさにプロの仕事である。会話中心で進んでいくので読みやすい反面、軽い印象もあるけれども、そもそもミステリとはこういったものではなかったか。
ひとときの肩の凝らない娯楽を保障します。

2010-09-19

アガサ・クリスティー「茶色の服の男」


1924年作のノンシリーズもの。若き女主人公の波乱万丈、冒険ロマンス編であります。

イギリスを舞台にした序盤は、連続殺人に謎めいた人物等、いかにもミステリらしいお膳立て。それら事件の秘密を追って、主人公であるアンが南アフリカ行きの船に乗ってからは、一癖あるキャラクターが出揃い、更にアン自身も命を狙われるなどスリラー色濃くなっていきます。そして、アフリカに渡ってからは本格的に活劇小説という感じです。

この小説はアンによる一人称の間に、旅路を共にすることになった下院議員ペドラー卿の日記が挟まれている構成になっています。事件のことなど大して気にしていないペドラーの呑気な様子がユーモラスでありますが、後から見るとその中にもヒントが転がっていたりして、油断ならない。

ただ、探偵小説として描かれていない分、あまりカッチリとした伏線を引かずに、ご都合主義的に山場を作っていて。この展開はどうかなという場面もあったのが正直なところ。また、推理も「あいつ怪しそう、あの場所にもいたし」的な女の勘レベルで引っ張っていて、謎解きミステリのファンとしてはややキツいものがあります。
そうは言っても、結構大胆にミステリ的実験がなされている面もあって。クリスティのキャリア上、無視していい作品ではないのだな。

物語としてはこの結末の付け方、予想だにしないものでした。ええーっ!? という。アンの奔放すぎるキャラクターや激烈ロマンスといい、これはクリスティが未だ若かったからこそ書けたものでしょうね。読み手のこちらも若ければもっと楽しめたか、という気もしなくも、でした。

2010-09-04

D・M・ディヴァイン「災厄の紳士」


うー、やっと読み終えた。
この作品を紹介する文章で、コン・ゲームがフーダニットに変貌、云々という紹介がされているものをいくつも見ていたので、期待して取り掛かったのだけれど。
この小説の前半、これをコンゲーム小説といっていいのか? ユーモラスなやりとりや知恵を駆使した丁々発止、なんてものは無いし。煎じ詰めれば結婚詐欺&脅迫で金銭を奪う、という下衆なだけの展開で。全然乗れなかったのが本当のところ。
そして舞台となる家族間では確執が絶えず、なんだか鬱陶しい雰囲気。さらには事件の捜査にあたる警官も家庭に問題がある上、上司や同僚に不満があって、とこちらもやりきれない。
とにかく作品世界に馴染めず、なかなか読み進める気にならなかったのであります。

小説の中盤くらいで死体が発見されてからは、一気に読みやすくなりました。が、これは僕個人の問題かもしれないですな。
ミステリとしては凄く良く考えられていますね。読み終わってみれば、ごく単純な話であったということがわかります。トリックらしいものもないし。それが見せ方の工夫でもって、奥行きがあり、謎だらけの複雑な小説になっているのは大したものであり。
そして、解決編はシンプルがゆえに力強い。ひとつの物証からただ一人の容疑者へとたどり着くロジックは鮮やか。
逆に、それを補完する心理的・性格的な証拠の説得力は弱い。というか、これでは辻褄が合わないのでは。犯罪が計算づくなのか杜撰なものなのか、よく判らなくなってくる。回収される伏線には大胆なものもあって、僕好みなのだけど。

キャラクター設定や特異な構成等の全てが、実はフーダニットとしての効果に寄与しており、そういった意味では野心的であり純度の高い謎解き小説ではありますが。

2010-09-01

Cal Tjader / Sounds Out Burt Bacharach


1968年リリース、ヴィブラフォン奏者によるバカラック・カバー集。

カル・チェイダーは元々ラテンのひとのようなのだが、このアルバムではそういうところは殆ど感じません。
そもそも個々のプレイヤーの個性が目立つようなつくりではないです(ドラムはジム・ケルトナーであって、流石と思う瞬間はありますが)。
チェイダーのソロもテクニックを披露するよりも、ゆとりを感じさせるような美麗なもの。
バカラックのメロディをそのまま生かしたアレンジの、イージーリスニング・ジャズといっていいでしょう。

では、毒にも薬にもならない、どこにでもあるような音楽なのか、というとそうではなくて。
このアルバム、全体の雰囲気がとにかく素晴らしい。
あらゆるエッジを周到に削ぎ落とした、ほのかに甘く、どこか茫洋としたサウンド。その中で、ヴァイブの音色だけが青白く輝く。
そして、曲をずっと聴いていると受け手である自分も、その仄かな光に向かって深く潜っていく、そんな印象です。
カル・チェイダーの、というよりプロデューサーのゲイリー・マクファーランドのセンスが強く出たものなのかな。

この夏、ボーカルものを受け付けないときに、繰り返し聴いております。クールでメロウな一枚。