2023-09-17

アントニイ・バークリー「レイトン・コートの謎」


密室内で発見された死体は、その手にしたリボルバーで頭部を打ち抜いていた。警察は事件を自殺として処理。だが、発見者の一人であった探偵作家、ロジャー・シェリンガムは自殺にしては明らかに不自然な事実に気付き、真犯人を見つけ出すべく調査を始める。


1925年発表、アントニイ・バークリイの長編第一作目にして素人探偵シェリンガムもの。父親への手紙のかたちをとった序文においてバークリイは、自分の書く作品はフェアな謎解きであって、探偵の入手した手がかりはすべて読者にも明らかにされる旨を宣言している。

実際の作品の方は明るいユーモアをたたえたストレートなフーダニット。調査、証拠の発見、関係者への聞き取りを行い、仮説を立てては裏付けを探し、辻褄が合わなければ別の仮説を立てる。単調なものになりそうですが、恐ろしく明晰なのに思い込みが激しく、その上おしゃべりなシェリンガムのキャラクターが良く、楽しく読み進められます。でもって、密室の謎もさっさと解いてしまいます(もっともこいつは大したものではないですが)。

フェア・プレイに徹しながら意外性を持たせた真相はなかなかのもの。正直、現代からするとそこまでではないかもしれませんが、黄金期に書かれたことを考慮すれば相当でしょう。
また、探偵像の典型からずれたシェリンガムのキャラクターも、かつては新鮮さを持って受け止められたのではないか。

面白く読んだのですが、バークリイ入門向けではない、という気はします。はじめてのひとは、だらだらしてんなあ、と思うかも。こんなもんじゃないんですよ、凄いときのバークリイは。
ユーモア味のある雰囲気、密室のゆるさ、それに父親へ宛てた序文等、この作品の数年前に発表されたミルンの『赤い館の秘密』の流れを汲む謎解き小説、と捉えると個人的にはしっくりくるかな。

2023-09-02

ミシェル・ビュッシ「恐るべき太陽」


2020年発表のフランス・ミステリ。550ページほどあります。帯には「クリスティーへの挑戦作」という文字。

大雑把にいうと孤島に集められた人々がひとりひとり……というお話。主に登場人物の手記と日記によって交互に語られる、という構成をとっているのだが、『アクロイド殺人事件』も引き合いに出しながら、決して嘘は書いていない、ということが何度か強調される。なるほど、『そして誰もいなくなった』と『アクロイド~』二作を意識させられる設定とはいえるのだけれど、作品自体にそれほどクリスティ味はないです。

事件が起こり、さらには次の犠牲者がほのめかされているのに、登場人物たちには本気で身の安全を心配しているような感じがあまりしない。孤島といっても現地で普通に生活している人々はいるし、外部との連絡もとれるせいかサスペンスが薄いのです。正直、中盤くらいまでは少し冗長な印象を受けました。

一方で、物語が進むにつれ些細な違和感が積み重なっていき、この文章はどこかおかしいところがあるぞ、と思わせられます。さらに明らかに矛盾する描写もいくつか出てきて、(事件の犯人が誰なのかということとともに)一体、何が起こっているのかという謎が膨れ上がっていきます。

最後に明らかにされるのは恐ろしく手の込んだ仕掛けで、これにはすっかり騙されてしまいました。読み返してみると、はじめからはっきりとヒントは出されているし、とても巧く構成されていることがわかります。ところどころ綱渡りな描写もあって、たまらない。
ただ、ひとつ引っかかったのは、作中世界において手記の操作は何のために行われたのか、という点がはっきりとしないところかな。

ミステリとしての徹底がリーダビリティを損なっている面もあるのですが、まあ読み終えてみれば抜群に面白かったです。