2009-10-25

深水黎一郎「花窗玻璃 - シャガールの黙示」


フランスにあるランス大聖堂にそびえる塔から男性が転落死。現場は密室状態で、警察は自殺として処理。だが、半年後にその転落事件の目撃者が死体に。二人とも死の直前に、聖堂内にあるシャガール作のステンドグラスに見入っていたようなのだが。

深水黎一郎の「芸術探偵シリーズ」(帯にそう書いてあるのだ)の最新刊。これまで絵画、オペラを背景にした事件を取り扱ってきたのだが、今回はゴシック聖堂にステンドグラス、ということです。

題材と事件の照応がこのシリーズの肝であるのだけれど、今回は読み終わってみればかなりその縛りがきついことがわかります。その上、ゴシック聖堂の歴史を書き込み、文体に凝りまくり、構成も捻りを入れ、とまあコストパフォーマンスを度外視した良い意味でアマチュア的な労作であります(といっても読みにくくはない、というのはいいところ)。

しかし、本作最大の仕掛けをミステリとして評価できるのか、というと考え込んでしまいます。作中に現れるあるものに事件の真相が表現されていた、というのは後から見直して、おお! 凄いな、よくぞここまで、と驚けるものではありますが、それは伏線やヒントとは違い、あくまで判ってみれば、という種のものであって、解決編を読んでいるときのカタルシスに直結するものではないのです。真相をそのまんま書いていながら、その部分を読んでいる最中にはまず気付けない、という暗合をミステリとしての達成として受け止めていいのかどうか。

まあ、そういった部分を抜きにしても豪快な、バカミスっぽいトリックも炸裂していて楽しめますし、第一の事件の目撃者は何を見て驚いたのか、というのが明らかにされるところは絵的になかなか美しく、この作者が確かなセンスを持っていることを確認できます。

ミステリの可能性を拡げるかもしれないが、それが袋小路への一歩かもしれない、ような力作ですね。

2009-10-04

WIT' YO BADD SELF !


ジェイムズ・ブラウンの "Say It Loud – I'm Black And I'm Proud" という曲、初めて聴いたときは、実はそれほど凄いとは思わなかった。威勢のいい歌詞とは裏腹に、どこかのんびりとして盛り上がりきらない。この曲の録音された1968年(絶頂期だ)のJBにしては、やや緊張感に欠けるんじゃないか。メッセージソングとしても、同じような内容のことを(少し後になるが)スライ・ストーンの方がよっぽどうまくやってのけている、とも。
JB自身は自伝の中で
「この歌は今じゃ時代遅れだ。実際には、俺が吹き込んだ時もすでに時代遅れだった。だが、必要だったんだ」
「この歌のおかげで、俺は他人種のファンを多く失った」
と語っている。しかし、それを読んだときも、言い訳がましいなあとしか思わなかった。

認識が変わったのは、この曲がヒットしていた当時に録音されたダラスでのライヴ盤を聴いたときだった。この曲のタイトルをJBが静かな口調で告げると、客席の反応が歓声ではなく、どよめき。そして演奏はスタジオ録音とは違い、すさまじいテンションだ。観客も大盛り上がりで「I'm black and I'm proud」のフレーズを叫ぶ。なるほど、当時 "Say It Loud ~" という曲が凄く支持されていたということは判ったし、白人なら絶対このライヴの場にはいたくないな、とも思いましたよ。

さて、ワックスポエティクス日本版の最新号にはギャンブル&ハフのインタビューが掲載されている。彼らのキャリアがどうやって始まったか、一緒に仕事をしていたミュージシャン達についてなど非常に興味深いのだけど、個人的にガツンっ、ときたのはケニー・ギャンブルの以下のコメント。
「ひとつだけ言っておこう。ブラック・ピープルの歴史において最も重要な出来事は、ジェイムズ・ブラウンの『Say It Loud, I'm Black and I'm Proud』だ」
「あの曲はブラック・ピープルを開放する助けとなった。ブラック・アメリカにとっては決定的瞬間だったよ。学校で誰かにブラックと呼ばれたら、喧嘩していた時代を俺は覚えている。その頃は、皆がブラックであることを誇りに思っていなかったのさ。しかし、世界が変わったんだ」
ううん参ったね、判ったつもりになっていたけど、それ以上にずっと意味のある曲だったのかも。

2009-10-03

歌野晶午「密室殺人ゲーム2.0」

『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の続編。

前作のラストがカタストロフを予感させるものであったのですが、今作ではそういうことが何もなかったかのように、殺人ゲームが継続されるので、大きな違和感を呑み込んだまま読み進めることになります。

で、その辺の事情は物語後半に明かされるのですが、それと同時に殺人ゲームの持つ意味がずれる趣向が良いです。単なる二番煎じではないという。


思いついたトリックを実行したい、そして自慢したいという動機のみで殺人が繰り返されることによる、読み手の倫理観を揺さぶるインパクトは、続編とあって弱まっているのは仕方のないところ。

ただ、トリックの手の込みようは前作と劣らないです。仲間に見せ付けるだけの為に練りに練られた、効率のかなり悪い殺人方法がやりすぎ感あふれていて、素晴らしい。

また、解決に至るまでのディスカッションもあらゆる可能性を入念に潰していく様態であって、純粋にミステリとしてみれば今作の方が優れているかも。


しかし、もう続きは無いんじゃないかな。