2023-12-20

平石貴樹「スノーバウンド@札幌連続殺人」


誘拐とその後に起こった殺人事件、その過程が関係者たちによって不規則なリレー式に書き継がれる。
はじめは誘拐犯が殺され、その殺人犯を探すという話なのだが、背景にある暴力教師や宗教団体が絡みだして、事件の様態がどんどん変わっていく。

十代の若者たちによって内輪向けに書かれた部分が多く、ときにそれらは唐突に途切れて次の書き手へと渡される。それによって不自然さをある程度カモフラージュしているようである。それでも流れの中で明らかに浮いている箇所があって、何か隠されているのか、あるいは誤導なのか。

誘拐事件に関して、ある可能性に思い至るのは難しくないだろう。うまくいけば、そこから芋づる式に他の事件の真相も見えてくるかも。
実際、個々の手掛かりはかなり分かりやすい形で転がされているのだ。ただ、全体像を描くには心理的な難度が高い。裏付けもちゃんと書き込まれているのだが、それでも想像力が要求されることは間違いない。
また、推理困難な手の込んだトリックも一つあるのだけれど、わざわざそんなものを使わざるを得なかった動機もうまく説明されているので、不満にはならないですね。

何気にアイディアてんこ盛りであり、フェア(だと思います、これは)でガチガチの謎解き小説でした。

2023-12-17

はっぴいえんど / はっぴいえんど (eponymous title)


近年は加齢及び長年の酷使のせいで聴力が衰えてきております。旧譜を新しいマスタリングで出し直されても、元となるマスターテープが同じだとそんなに大きな変化を感じない場合が多くなりました。これブラインド・テストだとわかんないかな、という。実際には波形が前のと一緒じゃん、という詐欺に近いような製品もあるのですが、それは置いといて。
まあ、リマスターに対して食指が動きにくくはなっているのですよ。

はっぴいえんどの新規盤なんですけどお。これも、もういいかな、お値段もするし。でも「風街ろまん」のマスターテープはオリジナル・アナログから最近までに使われていたものより世代がひとつ若いものになっているというじゃあーりませんか。
などと迷った末、結局三タイトルとも入手しました。とはいっても音質の向上を一番期待していたのは「風街~」ではなく1970年に出た一枚目、通称ゆでめん、なのです。


4トラックでのレコーディングのせいか、もしくは当時の我が国の録音技術の限界か、はっぴいえんどのファースト・アルバムは音が瘦せているという印象です。同時代のアメリカのバンドのようなサウンドを目指し、エンジニアにレコードを聴かせて、こんな風にしたいんだとミーティングを行ったはずが、できたのは日本的な湿り気というか抜けの悪さ、寒々しい音で、何がバッファロー・スプリングフィールドだよ、という。曲自体は凄く良いのにね。
次作の「風街ろまん」ではその問題が嘘のように解決されていることもあって、なんとかならないかしら、と思っていたのですよ。

初回限定盤のブックレットは資料として充実したもの

で、新しいのを聴いてみたんですが。結論からいうと改善はされています。湿度を感じさせる音のキャラクターそのものはもちろん変わりませんが、ちゃんと迫力のある、バンドとしてのエネルギーが伝わってくるものになっています。
技術の進歩とはえらいものだな、と阿呆みたいな感想をもってしまいました。

「風街ろまん」はスマートなんだけれど、このデビュー盤のほうが濃いというか、引っかかる部分が多いのね。それで繰り返して聴いちゃう。

2023-12-09

横溝正史「犬神家の一族」


すべてが偶然であった。なにもかもが偶然の集積であった。しかし、その偶然をたくみに筬にかけて、ひとつの筋を織りあげていくには、なみなみならぬ知恵がいる。

1951年の金田一耕助もの長編。
莫大な遺産に異様な遺言状。お互いに憎しみあう一族。当然のように殺人事件が起こります。
犬神家の来歴に関する説明がそれほど長くならず、すぐに本題に入ってくれるのはいいですな。
耕助が事件に巻き込まれるまでの呼吸は偉大なるワンパターンといった感じ。おお、またこれか、というね。そしていきなり、もっとも怪しくなさそうな人物を疑うあたり、推理小説として力がこもっているように思います。

この作品の肝は戦争で顔に負傷をした、復員兵であるところの佐清の設定ですかね。短編「車井戸はなぜ軋る」を思わせもしますが、顔のない死体の趣向を生きた人物でやってしまう、というのは大いなる創意でしょう。
また、派手な見立て殺人があるのだけれど、おどろおどろしい作品世界においては一種の様式美ですな。見立てをすることに必然性があればいいし、無ければそれでもかまわない。その点、この作品は見立ての動機に独特のところがあって、これが横溝正史のセンスなのでしょうね。

使われているトリックのうち一番大きなものは現代の読者なら見当がつくでしょう。
一方、事件全体の構成は伏線こそたくさん張られているけれど、若干都合が良すぎるかと。時代がかった装飾とはうらはらに、内実は所謂モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ。ただ、そのおかげで謎解きとしては意外なくらいにすっきりと収めることが可能になったのだと思います。

もっともこの作品の魅力は印象的な場面の数々にあり、なるほど何度も映像化されるわけよね。また、相当に複雑であったはずの人間関係をわかりやすく読ませてしまうのも大したものです。