2020-03-10

マーガレット・ミラー「鉄の門」


ミラーの初期(1945年)長編の新訳。ハヤカワ文庫で読んでいるはずだが、大昔のことなので内容は完全に忘れていました。

さて、初期とはいったものの、既にして恐ろしく周到に組み立てられた作品であります。
不安な心理を持つ女性が物語の中心にいるのだけれど、三部構成のそれぞれにおいて、その彼女が全く別の属性で登場する。これが抜群に巧い。それとともにミステリの性質そのものが丸っきり違っているのだ。書き方こそ後の時代にニューロティック・スリラーと呼ばれるものだけれど、ずっと謎に対する意識が強い。

殺人事件をめぐるフーダニットではあるけれど、もっと大きな秘密があるのでは、という興味があって。充分な手掛かりをこちらに与えないままでありながら、ぐいぐいと引っ張っていく。その中で、ジャンル読者のぼんやりとした予想を断ち切る展開、何食わぬ顔のまま爆弾を放り込むタイミング、もう一切の弛みがない。
さらには妄想と現実的なやりとりが間断なく流れるうちに、ばんばんと伏線を投げ入れる。その手つきは(後から見返してみると)あまりに大胆。

ファンタスティックな領域にまで片足を突っ込みながら、綺麗な形に収拾する結末はあまりに見事であります。
心理的な部分に整合性を求める向きには納得行かない部分もあるかもしれないが、個人的にはそのことが些細に思えるほどにオリジナルな創意が優れたミステリでありました。や、凄いねミラーは。

2020-03-03

Horst Jankowski / For Nightpeople Only


2009年に出た24曲入りの編集盤で、中身は独MPSよりリリースされたアルバム「For Nightpeople Only」(1970年)に曲をいっぱい足したものです。
ライナーノーツのクレジットはいまひとつ信用ならなくて、この盤のトラック1~13が「For Nightpeople Only」からとあるのだけれど、実際のアルバムは10曲入りで(記載のレコード番号も間違っているみたい)、そのサイドAに当たるのが1、2、3、4、8、B面が10、9、5、13、7らしい。トラック6、11、12は1972年のアルバム「Follow Me」収録曲のよう。
こんな、他人からすればどうでもよさそうなことを調べるのは、アルバムの曲順にはちゃんと意図や意味がある、とわたしは考えているからなのだ。できればオリジナルなものをいじって欲しくない。もっとも現代においては、大抵のひとはそんな聴き方はしていないのかもしれない。
まあ、ええんやけどさ。

「For Nightpeople Only」は英米のヒット曲のドイツ語カバーとヤンコフスキーによるオリジナル曲が半々、カラフルなアレンジと混声コーラスがとても楽しいイージーリスニング盤。ゆったりしたテンポのものでも控えめに配されたパーカッションが効いていて、仕上がりは軽やか。
ドアーズの "Light My Fire" が陰影に富んだイントロからラウンジ調の本編への展開が無理なく決まっていて、素晴らしいですね。この曲やビートルズの "Fool On The Hill" では深く響くベースラインが印象的で、ジャジーなセンスが見え隠れするのも洒落ています。
でもってアルバム中のベストは、オリジナルの "Das ist der Morgen"。感触の近いものを挙げるとすればワルター・ライム・プロジェクトか。叙情を湛えながら緊張感ある展開が格好良く、クール目のサンシャインポップとして非常に良い出来です。

残りの11曲は1968、69年のもの。基本的な線は変わらないものの、もっとコンテンポラリーな感じを受けます。時期的に前になるせいか編成を大きく聞かせるものが多いか。「For Nightpeople Only」の曲の方がややリズムに意識があるかな、と。