2013-08-25

有栖川有栖「菩提樹荘の殺人」


作家アリスもの中短編4作を収録。


「アポロンのナイフ」
少年犯罪を扱った短編ですが、テーマがきちんとプロットの必然と繋がっているのが良いですね。ひとつの「ホワイ?」から事件の隠れた構図がするすると解かれていくスマートな仕上がりで、ミステリとしての主眼が見かけとは別のところにある、という構造はいつもながら巧い。

「雛人形を笑え」
若い漫才師の死を巡る人間ドラマの中編。これは「ホワイ?」を捻っていったらバカミスになりました、というような解決なのだが、この小ネタで90ページ持たせるのはしんどいし、作品のシリアスな雰囲気ともちぐはぐ。殺害状況の設定が生かしきれていない感も。

「探偵、青の時代」
火村准教授が学生時代に遭遇した事件。ちょっとした気付きによる、ちょっとした絵解き。

「菩提樹荘の殺人」
奇妙な殺害現場の謎を扱った中編であるけれど、本筋はオーソドックスなフーダニット。容疑者たちのアリバイを崩すのではなく、成立させていくという推理が面白い。また、その手掛かりも盲点を突いたユニークなものであります。


そこそこの手応えを感じる作品もありますが、全体として見るとやや小粒なのは否めないかなあ。シリーズをずっと読み続けている人以外には、お勧めしにくいですね。

2013-08-24

Darrell Banks / I'm The One Who Loves You


英Kentより、ダレル・バンクスがスタックス傘下のヴォルトに残した音源をまとめたものが出ました。

通算二枚目にしてヴォルトでの唯一のアルバム「Here To Stay」は1969年にリリース。制作はアトコから出されたファーストアルバム「Darrell Banks Is Here!」(1967年)と同様、ドン・デイヴィスが手がけています。
録音はメンフィスとデトロイトで行なわれていて、スロウはもう完全なサザンソウルですね。ディープかつ余裕ある唄いっぷりが実に頼もしい。ミディアムでも前作「~Is Here!」に濃厚であったモータウンの影響は薄れ、より力強さを感じる仕上がりです。一部、1969年にしてはスタイルが古く感じられる曲もあるのですが、これは過去に他のシンガー用で作ったオケをドン・デイヴィスが使い廻していたもののよう。
ポップなノーザンでの乗りの良さなら「~Is Here!」に分があると思いますが、こちら「Here To Stay」の方が安定感があり伸びやかな歌唱が聴けると思います。

さて、今回のリイシューの目玉は未発表曲です。スティーヴ・クロッパーのプロデュースでもう一枚アルバムを作る予定だったらしく、そのデモが4曲。これが結構良いのですね。管弦は入っていないのだけれど、演奏・ボーカルともしっかりしたものであり、ベーシック・トラックとしてはほぼ完成しているよう。
特に気に入ったのが "Love Is Not An Easy Thing" というスロウ。曲としてもスケールの大きさが感じられるし、ラフ目のミックスも相まって、スタジオライヴを聴いているような生々しさがたまらない。
また、同時期のジョニー・テイラーと歩調を合わせたようにファンキーな "Mama Give Me Some Water" も、このシンガーの新たな面を見るようで興味深いな。

残りはシングル曲/ミックスが4トラック。そのうち "No One Blinder (Than A Man Who Won't See)" がアルバムに収録されたものとはかなり違うつくりですね。後からパーカッションを加えた上、イントロは短く、テンポも早く編集されていて、シングル向けというか、より締まったものになっていますよ。

2013-08-18

クリストファー・プリースト「夢幻諸島から」


地球に似た文化・環境を持つ世界の赤道付近に広がる島々、夢幻諸島。本書は30以上の章からなる、その島々のガイドブックという体裁をとっています。序文は夢幻諸島内に住む作家の手で書かれているのだけれど、それによればガイドを編纂した人々の正体は明らかではないらしい。どうも、この本全体に企みがあるようだ。

本編に入ると、最初は本当の観光ガイドのような客観的な記述が続き、ちょっと乗りにくいですが、すさまじい猛毒を持つ凶虫・スライムのエピソードから俄然面白くなってくる。更に、もう少し進んでいくと作品の構造が何となく見えてきた。これは、連作短編集の形をとっていますが、本質的には長編ですな。

島のガイドブックなのに、殺人事件の調査報告書としか見えない章や、複数の書簡が並べられただけの章、独立したSF短編として楽しめるものもある。そして、読み続けて行くにつれて、それぞれのエピソードの連関が次々に浮かび上がっていく、この楽しさが絶品。何てことはない島の紹介だけの章も、後から伏線のように効いてきて、読めば読むほど世界の膨らみが増していくような感覚がたまらない。
そこから見えてくるのはエキゾティックな世界を背景にした奇妙な運命の数々で。隠遁生活を守る作家にパントマイム・パフォーマー、世界的な社会学者や放浪する芸術家たち。

お馴染みの現実認識に関わる仕掛けもあるのですが、それにこだわらなくでも充分に楽しめると思います。プリーストの作品としては、かなり取っ付き易いのでは。
いい本を読みました。

2013-08-14

アガサ・クリスティー「杉の柩」


「エリノア・キャサリーン・カーライル。あなたは、去る七月二十七日に起こったメアリイ・ジェラード殺害容疑によって起訴されています。あなたは有罪を認めますか、無罪を申したてますか?」
恋人を奪った相手、メアリイを毒殺した容疑で告発されたエリノア。彼女以外には明らかな動機と機会を持ったものがいないのだ。更には、彼女に莫大な遺産を残して亡くなった叔母の死因にも疑いがかけられ・・・。

1940年のエルキュール・ポアロもの長編。
全体が三部構成になっていて、その第一部では事件が起こるまでがエリノアの心理を中心に描かれてます。ロマンス、叔母の病気、財産の相続、憎悪にまで至るメアリイへの激しい嫉妬。強い感情を持ちながら、表面上はいつも冷静にふるまうエリノア。彼女は確かに殺意を抱いたようである。更に、ところどころ思わせぶりな描写が入ることで、読者にも、エリノアはメアリイを殺していない、とは言い切れなくなってくる。
他にも女性キャラクターが描かれる割合が大きく、エリノアとメアリイの個性の対比もあって、昔の少女漫画のような雰囲気が濃密に感じられます。

3分の1くらい進んだところで殺人が起こり、ポアロの出馬となる。ここからが第二部、捜査編です。
事件の状況は極めて可能性が限定されているもののようである。はじめのうちは、果たしてこれでどうやってミステリを組み立てるのだろうと思わせられるのだが、些細な事柄を取り上げて、さまざまな可能性を示唆していくのが実に巧い。しかし、依然として容疑を覆すような線は浮かんでこない。

最後の第三部は法廷劇であります。エリノアに不利な事実がひとつひとつ事細かに挙げられていくのだが。

シビアに謎解きの面だけを取り上げると弱いですね。証拠の扱いなど、ちょっとこれは無いだろう。犯罪計画も無理が目立つ。
とはいえ、伏線は凄く周到。いや、伏線というよりプロットが重層化しているのか。
ドラマティックな展開も抜群です。

いかに見せるか/語るかの洗練による一作。面白かったわー。

2013-08-12

The Young-Holt Unlimited / Soulful Strut


最近、我が国のウルトラ・ヴァイヴ(ヴァイブではないのね)からブランズウィック・レコードのカタログがリイシューされていますが、中でもこれは単独タイトルとしては初CD化ではないかな。

「Soulful Strut」は1968年に出されたアルバムで、プロデューサーにはカール・デイヴィスとユージン・レコードがクレジットされています。
大ヒットしたタイトル曲がバーバラ・アクリンの "Am I The Same Girl?" のオケに、ボーカルの代わりにピアノでメロディを入れたものだということは、今となっては有名でしょう。従って、この曲で演奏しているのはシカゴのスタジオミュージシャンであって、ヤング&ホルトは参加していないようなのです。名義貸しですね。
更にこのアルバムにおいては、タイトル曲以外でも3曲がバーバラ・アクリンとの競作になっています。そのことを受けてCDのライナーノーツでは、これらの曲はミックスは違えどもバーバラ・アクリンのレコードに使われているのと同じセッションのものではないか、つまりヤング&ホルトは演奏していないのではないか、という推測をされています。
実際聴き比べてみると、同じですな。
いや、もっと踏み込んでみると、このアルバム全11曲のうちヤング&ホルトらしい演奏はわずか4曲しかないぞ。

いくつか他のアルバムを聴くと、彼らはヒット曲のカバーもたくさん演ってきたけれど、それらは渋いセンスを感じさせるジャジーなものになっていました。ところが、このアルバムのプロダクションははっきり二種類に分かれている。ギターや管弦が入ってリッチに仕上げられた唄の無いソウルミュージックと、ピアノトリオによるソウルジャズ。おそらく、そのうちユージン・レコードが絡んでいるのは前者だけであって、それらは全てスタジオミュージシャンによる演奏ではないか。
個人的にはトリオ演奏の方が断然、好みで。エキゾティックな "What Now My Love" は格好いいし、スキャットや語りも交えた"Baby Your Light Is Out" なんてライヴ的な雰囲気が心地よくて、もっと長く聴いていたくなる。

ヤング&ホルトらしい個性を楽しむとなるとちょい不満でありますが、そもそも "Soulful Strut" の線で作られた音を聴かせるという面の方が大きいアルバムなのだろう。そういったもののうちでは、ジョニー・テイラーのカバー "Who's Making Love" がソリッドな仕上がりで悪くないな。

2013-08-06

都筑道夫「退職刑事 1」


安楽椅子探偵ものの短編集、再読です。若い頃はあまりこの作品とは合わなかった覚えがあるのだけれど。
小説としては親子がちゃぶ台を挟んで喋っているだけ。物語性を犠牲にしている、という点でとても極端なミステリであって、この形式のままシリーズ化したというのが凄いところ。

作者自身がトリックからロジックへ、と言っているように巧緻な犯罪計画が実行されることはありません。で、ミステリのヒキとして不可解な状況が用意されているわけですが、これは結果的に偶々そうなった、というもの。それを言い当てる推理は畢竟、辻褄は合っていても説得力が弱くならざるを得ない。作品によっては出来の良い落語の三題噺を聞いているようでもあって、実際に推理の通りに事件が起こったのかはどうでもいい、ということになるか。


「写真うつりのよい女」 殺された女は裸に男物のパンツだけを身に着けていた。
― 殺害状況に関する推理は手掛かりが少な過ぎる気がしますが、そこに辿り着くまでの状況を整理していく過程のキレや、多くの伏線による畳み掛けが良いので、読まされてしまう。

「妻妾同居」 性豪で知られる男が、同居の妻と妾が外出中に殺された。そして、その発見者は新たな愛人であった。
― 小道具から手掛かりから徹底して下ネタにこだわったような一編。ちょっとした状況の齟齬から始まって、大きな逆転を導く構成がいい。これが論理のアクロバットの醍醐味か。

「狂い小町」 誇大妄想狂の女性の死体は、よその家の流しで化粧を洗い流された状態で発見された。
― これも推理によって導かれる隠れた物語に意外性が潜んでいる一編。しかし、余詰めがあっさりしているので、説得力が弱い。そうなると、ちょっとこじつけめいて感じられるな。

「ジャケット背広スーツ」 殺人事件の容疑者は、上着を着ているのに腕にもジャケットを二着抱えた男を見た、と主張する。この男が見つかればアリバイが成立しそうなのだが。
― 本筋とは関係無さそうな事柄から思いもよらないところに辿り着く、ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を思わせる作品。蓋然性をフル活用して、ありえたかもしれない物語を紡ぐ楽しさが堪能できます。一方、謎がふたつになっていることで、作品としての締りが弱くなった面もあるか。

「昨日の敵」 関係者の駐車場に放置され、後に消えた人形は、殺人予告だったのか?
― 矛盾し、まとまりの無い状況を綺麗に収束させてみせる手際は見事。ただ、紙幅に対して事件の関係者が多いため、いささか窮屈になった感が。

「理想的犯人像」 知り合いを死に至らしめてしまった、と自首してきた男。だが死体が見つかったのは別な場所であり、死亡時刻も男の主張より早い時刻だった。
― 謎の難易度が高い分、推理がそう厳密でなくても満足できます。人間の出し入れがうまく運び、すっきりと良くまとまった作品。

「壜づめの密室」 殺人事件が起こる前、ボトルシップの中に首を切られた人形が出現していた。あれは殺人予告だったのか?
― 奇妙な謎を扱っていますが、その絵解きも奇妙な心理に寄りかかったものであり、どうかな、と思えるもの。殺人の解決は細かな手掛かりを積み重ねた手堅い仕上がりですが。


地味なようで、実はとても過剰なミステリですな。この机上の空論を楽しめるかは、ひとを選ぶかも。

2013-08-05

Nilsson / The RCA Albums Collection


来ました、ニルソン箱。
えらい中身の詰まりようであります。新たにマスタリングされたオリジナルアルバム14枚は勿論、レアトラックの質・量が凄い。多くが未発表のもので占められたレアトラックだけのCDが3枚あるだけでなく、各ディスクのボーナストラックにも未発表のものが含まれているのだから油断できない。
BBC出演時の録音などもあって、思わず初めてのものだけを先に聴きたくなりますが、とりあえずは一枚ずつ順番通りにいこうかな、と。



「Pandemonium Shadow Show」は1967年、ニルソンがRCAより出した最初の作品。このアルバムと次作「Aerial Ballet」(1968年)は今回ステレオ/モノの両ミックス収録になっていて、モノラルは初CD化らしい。

"Cuddly Toy" や "Without Her" をはじめとするオリジナルのチャーミングなポップソングの数々、技巧的なビートルズ・カバーもいいですが、ここ数年気に入っているのは "There Will Never Be" という曲で、作者はロビン・ウォードの "Wonderful Summer" を書いたペリー・ボトキンJr. とギル・ガーフィールドであります。アルバムのいくつかの曲においてボトキンJr. がアレンジを担当しているので、その伝で取り上げられたのかもしれませんが、ジャジーな演奏の中に洒落た軽味が生きていて良いな。アルバムの流れのなかでも、ちょっと雰囲気を変えることに成功しているように思いますよ。

2013-08-04

The Chi-Lites / I Like Your Lovin' (Do You Like Mine)


シャイ・ライツが1970年、ブランズウィック・レコードから出したセカンドアルバム。
ジャケットのセンスはちょっと田舎臭いですが、中身は若々しい勢いと軽快さが心地いい都会のソウルです。全10曲のうち6曲が前年に出されたファーストアルバムからの使い廻しになっているのはシングル曲のヒットを受けて急ぎで制作されたからでしょうか。このジャケットに使われているメンバー写真は、ファーストアルバムのバックカバーにあるのと同じのを裏焼きしたもののようであります。

で、そのヒットした2曲がいずれも生きのいいファンクで、特に冒頭の "Are You My Woman? (Tell Me So)" が強力。ノーマン・ウィットフィールドが手がけたテンプテーションズの影響が非常に強く感じられますが、モータウン製に比べてこちらはしつこくなくて、ずっとすっきりとした仕上がりになっています。演奏時間もコンパクトにまとまっているし、何より主役はシンガーたちなのだな。

他の曲にはスロウもあるのですが、この時期ではまだ余り目立つほどの出来では無いか。そうなると、ここではいかにもシカゴらしい軽やかなミディアムが聴き物ということになります。中では、穏やかながら華のある "24 Hours Of Sadness" や "Give It Away" が気に入りました。
また、カバー曲がテンプス&スプリームスがヒットさせた "I'm Gonna Make You Love Me" やデヴィッド・ラフィンの "My Whole World Ended" 、スタンダード曲の "The Twelfth Of Never" とあるのですが、どれも少しテンポを上げてさらっと粋に仕上げています。

言って見ればデビュー盤のつくり直しみたいなアルバムですが、既にカバー以外はすべてユージン・レコードの手によるものであって、いや、良い曲が書けるというのは強いな。