2017-07-31

青崎有吾「風ヶ丘五十円玉祭りの謎」


高校二年生の裏染天馬が活躍するミステリ短編集。

「もう一色選べる丼」 食堂の裏側に放置されていたほぼ食べ終わっている丼が乗ったトレイ。一体誰が、そして何故返却しなかったのか。
物証からのシャーロック・ホームズ風プロファイリングを基点にして、有り得た状況を推測していくというもの。設問のハードルが相当に高い分、推理には無理があるというか、そこまでの根拠はないだろう、という気はします。発想は面白いし、話の落としどころもとてもいいと思うのですが。

「風ヶ丘五十円玉祭りの謎」 神社で開かれている夏祭り、そこに出ている夜店の多くは何故かお釣りを百円玉ではなくて五十円玉で支払っていた。
脇になる謎は割と見当が付きやすい。その一方でメインとなる五十円玉のホワイは説明されてもあまりピンとこなかった。ロジックによる飛躍ではなくて、思いつきが飛躍しているように思える。あと、物語やキャラクターに対して無理やりに陰影を付けようとしているようで、収まりが悪く感じました。

「針宮理恵子のサードインパクト」 ブラバンの一年生はなぜ、練習場にしている教室から締め出されるのか。
やや小粒ながら、意外な気付きからの解決の流れには淀みがない。状況の反転も決まっていて、作品としてのまとまりもいい。アンソロジーとかに採られるのはこういうのだろうな。

「天使たちの残暑見舞い」 廊下から戸口を監視された状態で、教室内にいた二人の少女が消失。
盲点を突いた真相が見所なのかもしれないけれど、う~ん。こういう種類のアイディアならかちっとした謎解きとして構成するより、もっとあっさり処理したほうが良かったのでは。情景の意味が変化するところなどはセンスが光ります。

「その花瓶にご注意を」 廊下に飾られていた花瓶を割ったのは誰か? 
裏染天馬の妹、鏡華が探偵役を務める、いわばスピンオフですが、ミステリとして手堅く作られています。犯人は早い段階で明らかになるものの、状況証拠しかないので当人は白を切り続ける。それをいかに追い詰めるか。証拠の出し方には例によって都合の良さを感じますが、演繹的な推理が予想外な場所へ導いていくという見せ方は好みです。

長編と同じようなロジックによるスリルを期待すると、ちょっと違いますね。意外性の配慮は嬉しいですし、気軽にさくさく読めるので、こういう行き方もありですか。

2017-07-30

The Beach Boys / 1967: Sunshine Tomorrow


1967年のビーチ・ボーイズにフォーカスした2CD。タイトルの「Sunshine Tomorrow」は "Let The Wind Blow" の歌詞にあるフレーズです。


ディスク1はアルバム「Wild Honey」を中心にしたもの。
〈Wild Honey Stereo〉は新たに作成されたステレオ・ミックス。このアルバムはあまり音数がないので、分離を良くしても仕方がないと思っていたのだけれど、楽器やコーラスのディテイルがなかなか新鮮で、何度も繰り返し聴いております。"I'd Love Just Once To See You" の抜けの良さが気持ちいい。一方で、音質の向上は期待していたほどではなかったです。奥行きに乏しい音像といい、元々の録音のせいなのだろうな。
続いては〈Wild Honey Sessions〉が14トラック。「previously unreleased」とあるものの、ボーカルが入ったトラックに関してはボックスセットやコンピレイションなどで小出しになっていたもののミックスや編集違いが殆どで、もう驚くようなものは残っていないのだとは思う。ただ、今では入手し難いものもあるので、こうやってひとところにまとめられたのはいいかと。一方で、バッキング・トラック・セッションでは初めて聴くものが多く、中でも "Darlin'" のそれは進行の過程が興味深い。また、未発表曲のものもありますが、断片的で喰い足りない。
〈Wild Honey Live 1967 - 1970〉は「Wild Honey」収録曲のライヴヴァージョンが5曲。録音バランスがあまり良くないのが残念。
最後は "Mama Says" のボーカルセッションの模様で、試行錯誤の様子が伝わってきます。


ディスク2の始めは(時系列でいくとこちらのほうが「Wild Honey」より先ですが)〈Smiley Smile Sessions〉より10トラック。成立過程からして、純粋にアルバム「Smiley Smile」のためのセッションというのは、量があまり無いのだろうな。それはともかく、「Smiley Smile」本編に漂う密室性というか、わけのわからない感じは薄いですね。リラックスしていて、けれど美しい音楽で、これは嬉しい驚き。
続いてはブートレグにもなっている未発表アルバム〈Lei'd In Hawaii "Live" Album〉の音源が14トラック。ライヴ盤制作のために録音されたハワイでのコンサートが充分なクオリティにないと判断され、スタジオでの演奏に歓声を被せた疑似ライヴ盤を作ろうとしていたのだけれど、結局は没になったという代物。それもさもありなん、恐ろしくゆっるゆるの演奏・歌唱であります。ボックス・トップス、マインドベンダーズのヒット曲や、ビートルズの "With A Little Help From My Friends" なども取り上げているのですが、そこにビーチ・ボーイズらしいセンスが付け加えられているとも感じられないなあ。
そして、〈Live In Hawaii, August 1967〉は実際にハワイで行われたライヴ録音から5曲。このときはブライアン・ウィルソンが鍵盤で参加していて、ブルース・ジョンストンが不在。ドライヴ感のないよれよれの演奏はリアルですね。曲としては "Gettin' Hungry" のライヴというのが珍しいか。
そして〈Thanksgiving Tour 1967〉は11月のライヴ演奏が3曲。このときにはサポートメンバーが追加されているせいか、ぐっと余裕のあるものになっています。
最後はスタジオ録音ふたつ。"Surf's Up" は「Wild Honey」期のセッションから。既出のものより前半部分が長くなっているのが嬉しいところ。そして、"Surfer Girl" は前出「Lei'd In Hawaii」での録音をアカペラにミックスしたものです。


玉石混交というか、統一感には乏しいセットではあります。'60年代におけるビーチ・ボーイズのライヴ演奏に興味がないひとには少々きついかもしれません。まあ、買う人はどっちみち買うんだろうけれど。

2017-07-20

Listen To Me: Soft Rock Nuggets Vol.4


ソフト・ロック・ナゲッツ、4枚目は英国産の音源を中心にしたもの。タイトルになっている "Listen To Me" はホリーズのあの曲です。ほかにもハーマンズ・ハーミッツの "No Milk Today" やトレメローズの "Silence Is Golden" などあって、ふうむ、弾が足りないのか? と思ってしまうのだが、それならアイルランドのフレッシュメンとか入れて欲しいな。なお、ブリティッシュ・ビート系でいくと、スウィンギング・ブルー・ジーンズの曲もあります。
一曲目に置かれているのはアイヴィー・リーグの "That's Why I'm Crying"。英国ポップにおいてファルセット・リードのコーラススタイルをいち早く打ち出したのが彼らではないでしょうか。そういったスピリットがみなぎっているように感じる曲です。

全体のざっくりした印象としては、米国ものと比べるとミドル・オブ・ザ・ロード寄りですね。サンシャイン・ポップじゃなくって、英国らしいくすんだ曇り空。トニー・マコウリィですから、と言ってしまえばそれまでだが、管弦の響きの違いが大きいかと。
初CD化のものはおそらく4曲、いいのが揃っています。ダニー・ストリートというひとの "Every Day" はトム・スプリングフィールドが手掛けた瀟洒なボサノヴァで、変化球ですがコンピレイション中ではいいスパイスになっています。しかし、クリス&ピーター・アレン(これは米国制作だと思うが)はそろそろアルバムごとリイシューしていただけないかしら。

この盤での個人的なベストはモンタナズの "You've Got Be Loved" になるかな。トニー・ハッチのセンスはやはり、当時の英国における制作方の中ではひとつ抜けているように思う。もっともハッチの場合、米国録音の可能性もあるのだが、あまりはっきりしたデータを見たことがないのだなあ。

2017-07-18

エラリー・クイーン「アメリカ銃の謎」


一年ぶりになる創元からのクイーン新訳で、1933年発表作。このシリーズは表紙デザインがいいですね。
二万人が詰め掛けた巨大競技場で、全観客が注視しているまさにその人物が射殺される。非常に派手な道具立てであります。
やったのは誰か、そして凶器はどこへ消えたのか。

前作『エジプト十字架の謎』では展開にスピード感があったのに対して、こちらは舞台のスケールを大きくしたせいか、なかなか捜査がはかどらない。また、終盤に入るまでエラリーが自分での考えを一切明らかにしないため、推理の興趣がいまひとつ盛り上がってこないのだ。ずっと捜査だけが続いているようで、作品の半ばくらいまでは単調に感じられるのが正直なところ。現場でかき集められた45挺の銃の検査のくだりなどは、もう少し省略を効かせてくれよと思う。
さらにいうと、特徴のあるキャラクターを何人も出しているけれど、物語の中で有機的に生かせていないのではないかな。

フーダニットとしてはさすがの切れであります。それまで一度も疑いをかけられなかった部分が表面化する際の衝撃といったら。手掛かりはあからさまな形で転がされているのだから、トリッキーな真相に対してリアリティを云々するのはそもそもフィクションとしてのレベルが違う話だ。
また、ある人物に対する調査が実は別の意図によるものだった、という誤導もシンプルではあるけれど気が利いています。
そして何気に異様なのは、作中である重大な役割を演じている人物に名前すら与えられていない、ということだろう。探偵小説、恐るべし。

次回刊行は『シャム双生児の謎』と思いきや、短編集『エラリー・クイーンの冒険』なのね。そいじゃ、また来年。

2017-07-15

It's A Happening World: Soft Rock Nuggets Vol.2


ワーナーのソフト・ロック・ナゲッツ、その続きです。
このコンピ、4枚のうち3枚目までは似たようなコンセプトのように思えます。まあ、当然ワーナー音源が多いわけなのですが、トミー・ジェイムズ&ザ・ションデルズ、アソシエイション、ハーパーズ・ビザール、ヴォーグズ、ディノ・ディシ&ビリーらの曲は3枚ともに収録されているし(ハーパーズ・ビザールは全部合わせて5曲にもなる)、カート・ベッチャーが関わった曲もそれぞれに何かしら入っています。
一方で、権利の関係かどうかはわかりませんが、A&Mから出ていたものではロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズやサンドパイパーズが採られていますが、クリス・モンテズやクロディーン・ロンジェの曲は無いのですね。

それはともかく。2枚目、「It's A Happening World」でもよく知られている曲とともに、オブスキュアなシングル・オンリーのものをいくつも聴くことができます。ヴォーグズの "I've Got You On My Mind" も実は世界初CD化のよう。1968年のシングルB面曲で、後にホワイト・プレインズが取り上げたヴァージョンが知られているけれど、このヴォーグズ版のほうがいいかも。
この盤で、個人的に一番好きなのはオープナーであるブルース&テリーの "Don't Run Away" になりますね。ロニー&デイトナズの "Sandy" あたりと共通するインティミットな雰囲気と線の細いボーカルがマッチしていてたまらない。コーラスやハーモニーが導入部とエンディング、それとブリッジでしか使われていない分、対比が際立っているようにも感じます。

3枚目の「Birthday Morning」になるとレアなものがあまりなく、馴染みのある曲ばかり。おそらく今までCD化されていなかったのは、コングリケイションの "Sun Shines On My Street" 一曲だけではないかな。
その分、全体としての質は高い、とも言えるのだけれど。例えば、ロバート・ジョンなんてここに収められた "If You Don't Want My Love" さえあればいいと個人的には思っています。
しかし、ルビー&ザ・ロマンティクスはやはり "Hurting Each Other" かあ。良い曲ですけどね、他のも聴きたいんで、なんとかABCでの音源をまとめて欲しいものだ。

まあ、細かいことを言わなければ、単純に聴いて楽しいコンピレイションです。

2017-07-12

アガサ・クリスティー「マン島の黄金」


そもそもは1997年に出版された拾遺集で、一作を除いてそれまで単行本に収録されることの無かった短編が収められています。
それぞれの初出は1920~30年代とクリスティのキャリア初期であり、その内容はミステリとそうでないもの、両者の境界線上にあるものなど雑多なとりあわせです。

エルキュール・ポアロものがふたつ。「クリスマスの冒険」は後年に中編「クリスマス・プディングの冒険」へと書き直され、出来はそちらのほうがいいです。もう一方の「バクダッド大櫃の謎」は改作である「スペイン櫃の秘密」よりすっきりとしていて好みなのですが、この作品は『黄色いアイリス』にも入っているんだよなあ。
ハーリ・クィンものの「クィン氏のティー・セット」は1971年に複数の作家の短編を集めたアンソロジーに発表された作品で、雑誌掲載されていないのであれば、これがクリスティの生前、最後に発表された短編となるのだがどうだろう。作中でサタースウェイトはクィンと会うのが随分久しぶりということになっているけれど。
出来のほうは決して悪くないのですが、クィンものは一作だけを単品で読むとやや味わいが薄くなってしまうな。
タイトルになっている「マン島の黄金」は観光客誘致の宝探しイベントのために書かれた作品で、作中の登場人物とともに暗号を読み解いていけば、実際に隠された宝箱を見つけ出すことができる、という趣向だったそう。手は込んでいるものの純粋な読み物としては大したことはないかも。

クライムフィクションといえそうなのが「名演技」。恐喝者をいかにして追っ払うかについてのアイディアストーリーで、なんとなく成り行きの予想はついてしまうのですが、くっきりと浮かび上がってくる情景とその転換が実にうまい。
「崖っぷち」は健康な心がじわじわとゆがんで行く過程が読ませるサスペンス編で、実に良く書けているだけに陳腐なまとめがやや残念。
収録作品のうちミステリ要素のあるのはこのくらいですね。

「夢の家」は怪奇ファンタジーで、『死の猟犬』あたりのテイスト。話の持っていき方にも無理が目立たず、結構、堂に入った書きっぷりです。
「孤独な神さま」「炎の消えぬかぎり」「白木蓮の花」はロマンス小説。特に「白木蓮の花」は、ささいな謎が解けていくことで人間性が立ち昇る場面が非常に印象的。本書ではこれが一番気に入りました。
「壁の中」はミステリではないのだが、ある人物の知られざる内面がテーマといえるかもしれない。クリスティは人間性を描くのが真に迫っているわけではないけれど、そのプレゼンテーションのうまさによってキャラクターを印象づけるのだな。
「愛犬の死」は普通小説というか、ディケンズの線なんでしょうか。悲しいことはあるけれど、それでもあなたの人生は続いていくのよ、みたいな。ミステリ小説のとっかかりのエピソードだけを取り出して、書き込んだような作品だ。

残り物には福があったのかは微妙。純粋なミステリ的見地からすると残り物は、やはり残り物かと。当然にファン向きの一冊。

さて、七年余りをかけてクリスティのミステリ作品を読んできましたが、それも今回でおしまいです。ミステリ長編、作品集にまとめられた短編、オリジナルのプロットをもつ戯曲で入手可能なものはとりあえず読めたかな。
長かった。

2017-07-10

Silver And Sunshine: Soft Rock Nuggets Vol.1


我が国のワーナー編纂によるコンピレイション〈Soft Rock Nuggets〉、全4枚。
収録されている曲の半分くらいは既に盤で持っているので非常に悩んだのですが、世界初CD化のものが含まれているし、今回のはマスタリングがいいよ、という話もあって入手することにしました。

その1枚目、「Silver And Sunshine」と題されたものを聴いております。米国で1965~70年にリリースされたものが24曲収録。
アソシエイションやハーパーズ・ビザールなどのような定番ものとともに、今まで名前も聞いたことのないグループが入っていて、正直、あまり印象に残らない曲もありますね。
勿論、拾い物もあって。パット・シャノンの "Candy Apple, Cotton Candy" は、アル・キャプスの繊細かつドラマティックなアレンジが素晴らしいし、コロナドスの "Good Morning, New Day" は正統派のサンシャインポップという感じでこれも悪くないぞ。

この盤の最初の2曲が'65年のもの。そのうちゴールドブライアーズはドリーミーなアメリカン・ポップで、今聴くとやはり時代を感じます。この曲がオープナーでいいのかしら。
しかし、同じ年に出されたグレン・キャンベルの "Guess I'm Dumb"、ブライアン・ウィルソンが手掛けた曲でこれまでも色んな編集盤に採られていますが、これは本当、いつ聴いても新しい。ライナーノーツでVandaの佐野氏は「時代のはるか先を行っていたこの曲はグレン・キャンベルのファンには理解されず、残念ながらヒットしていない」と書いているのだけれど、この曲はコマーシャルとはいえないと思うのですね。だからこそ色褪せないのではないか、と。

一曲の時間が短いので通しでもストレスなく聴けるのが良いですね。このジャンルへのとっかかりにするとしたら、よろしいのではないかしら。

2017-07-02

Brenton Wood / The Very Best Of


"Gimme Little Sign" という曲が昔から好きで、ヒットソングとしてね、軽やかで。なんとなく盤として持っていたいなあと思って、ブレントン・ウッドのコンピレイションを購入しました。
これは今年になって出たCDで、Bicycle Musicというあまり聞いたことの無い会社からのもの。マスタリングは音圧高めなものの、非常にクリアな音ではあります。

ここに収められた曲は1967~70年くらいにDouble Shotというハリウッドの独立レーベルから出されたもので、各曲のプロデューサーとしてもそこのオーナーふたりがクレジットされています。
サウンドのほうはハリウッドと聞いて思い浮かべるものとは違いますな。もっとローカルな感じで、拡がりもそれほどはない。また、管弦が殆ど入っていなくて、主にオルガンが色付けとして使われているのが特徴。予算の問題だったのかもしれませんが、今聴くとその簡素さが個性になっています。特に'67年あたりの曲はオルガンがガレージパンクみたいなチープな響きをしているのが面白い。

ブレントン・ウッドというひとはソフトな歌い口が持ち味で、ときにファルセット混じりになるそれにはスモーキー・ロビンソンを思わせる瞬間もあります。作曲も自分で行っており、ややワンパターン気味ではあるものの、その節回しにはいやみがない。
"Baby You Got It" なんて曲はだいぶ後年のウィリアム・デヴォーンを思わせるようで、いいですな。

全体にソウルというより黒人ポップ歌手という感じ。このあっさりした音楽も悪くないすね。