2014-04-19

中町信「天啓の殺意」


中町信の作品は大昔に幾つか読んではいる。綾辻行人や折原一に影響を与えた作家として名前が挙がっていたからだ。けれど、その時の印象はあまりいいものではない。書かれた時代を考えれば意欲的なものかも知れないが(当時、既に)乗り越えられてしまっている、仕掛けが見え過ぎて興醒めしてしまう、といったところでありました。
この本も出た時に買ってから9年も寝かせていたわけだ。


ある推理作家が犯人当ての問題編の原稿だけを残して消息を絶ってしまう。その原稿に書かれていたのは現実に起こりながら未解決である殺人事件であった。推理作家は真相を探り当てたために、自らも危険に巻き込まれてしまったのだろうか。原稿を託された編集者は独自に調査を始めたのだが、さらなる事件が重なっていき・・・・・・。

期待せずに読んだのが良かったかもしれないが、これは面白かった。
作中作が使われていれば、当然ミステリファンとしては身構えてしまうのは仕方の無いところ。しかし、そういった予想も織り込み済み、といった巧妙さが良い。(解説によれば)作者のお気に入りであったという、クリスティっぽさも感じます。
解決編にはご都合主義な部分が目立つものの、そのあこぎさも逆に嬉しい。ただただ読者を騙すことを目的としているわけで、清々しさすら感じる。

また、語り口こそ地味であるが、プロット展開は意表を突くもので。大ネタだけでなく、その周辺の誤導なども丁寧に構築されたミステリでありました。
偉大なるワンパターン、けれど嵌ればデカイ、ということだな。

2014-04-13

XTC / Skylarking


「Skylarking」(1986年)のリマスター、「corrected polarity edition」だそうな。
極性修正、とか言われてもピンときませんが。ブックレットの記載によれば、プロデューサーであるトッド・ラングレン所有のスタジオにおけるミックスダウンの際、マルチトラックマシンとステレオミックスマシンの間の配線に間違いがあったらしい。当時は誰も気付かず、XTCの面々は「痩せて迫力の無い音になっちゃったな」と思っていたとのこと。
トッド・ラングレンはこの件について反論しているのですが、やや話がずれている気がしますな。

ともかく、極性云々あるいはリマスター、どちらの効果かはわかりませんが、今回のリイシューでは空気感が豊かなものになったように思います。それぞれの音が生きいきとしているけれども決してうるさくはない。特にギターの音が良くなったなあ。


この「Skylarking」というアルバムは特に我が国で人気が高いようでありますね。個人的にはバンドらしさが濃い "Earn Enough For Us" が一番好き。いや、要はビートルズっぽいからなんだけれど。
今回、"Dear God" がボーナストラックの形ではなく、アルバムの流れの中にちゃんと位置しているのもいいですな。

しかし、このジャケットは……

2014-04-07

Lesley Gore / Girl Talk


レスリー・ゴア、4枚目のアルバムでリリースは1964年。
プロデュースはクインシー・ジョーンズ、アレンジはクラウス・オガーマンという、レスリー・ゴアにとってのいつものチーム。サウンドは華やかで明るく、まさに'60年代前半のアメリカン・ポップ王道、という感じですね。少しリズムが強調されてはいますが、パーカッションやハンドクラップらでの補強によるものであって、軽やかさを損なっていないのは流石。
レスリー・ゴア本人の唄については今更ですが、正確であり、スロウであってもべたつかないキレの良さが好ましい。また、エリー・グリニッチらによる力強くも爽やかなバックグラウンドボーカルは、ガール・グループものに通じるテイストを濃く感じさせます。

収録曲では、そのグリニッチとジェフ・バリーによる2曲、"Look Of Love" と "Maybe I Know" がハイライトなのですが、ちょっとクールで蓮っ葉な感じの "Hey Now" やR&B的なフックを持つ "Wonder Boy" も良いな。


ところで、このアルバムは最近になって英Aceよりボーナストラック13曲を加えてリイシューされたのだけれど、このボーナス部分の構成がちょっと妙。前年にレコーディングされながら当時は未発表であった(そして後に独Bear Familyによって発掘された)ものが4曲、残りが翌'65年にリリースされたシングル&アルバム曲となっていて。これを見る限り、今後Aceからレスリー・ゴアのカタログが次々と出されるわけではないようですね(「California Night」あたりは出そうな気はしますが)。編者であるミック・パトリックの意図として、ブリティッシュ・インヴェイジョン前後のアメリカン・ポップ・ミュージック、その最良の部分をこのCD全体を使って照らし出してみたのかな、なんて思うのだけれど。
そのボーナス部分ではシェルビイ・シングルトンがプロデュースした "I Just Don't Know If I Can" がロネッツを意識したような仕上がりで興味深い。

あえて注文をつけるなら、"Look Of Love" のシングルヴァージョン(スピードを上げた上でスペクター風の味付けを加えたもの)も収録して欲しかったな。

2014-04-06

アガサ・クリスティー「死が最後にやってくる」


紀元前2000年のエジプト、権力者である家長は、若く美しい妾を伴って旅から帰ってきた。それをきっかけに、くすぶっていた家庭内の不満が顕在化していき、ついには死者が。

1944年発表、ノンシリーズもの長編。なかなかに冒険的な舞台設定の作品でありますが、出てくるキャラクターたちは現代物とあまり変わらず、むしろ典型化が激しいかな、という印象。
古代を舞台にしたことで、死者の呪いというミスティフィケーションがうまくいっているのですが、その一方で、いつものクリスティ作品らしい小道具の使用があまり見られず、人間心理の物語としての側面がより大きくなっているように思います。
物語中盤から事件は次々に起こっていきますし、フーダニットとしての形態をとってはいますが、警察や探偵が存在しないため、それらはまず家庭内の問題として処理されていきます。

事件を巡る状況には不可解なところがあるものの、それを前面には立てずに進行していくので、謎解きの興趣はやや薄く感じられるな。
誰も信用できない、というサスペンスの高まりは作者のクローズド・サークルものにも通ずるものであって、この辺りはうまい。

ミステリとして、現代ものでは出来ない趣向というのが周辺的な部分にかかっている。その工夫を面白く思うかどうか。
クリスティをある程度の量読んできたひと向けの作品ではないかしら。

2014-04-04

The Grass Roots / The Complete Original Dunhill/ABC Hit Singles


米Real Gone Musicによる、グラス・ルーツのシングル集。
タイトルに「Complete」で「Hit」とあるように、シングル曲のうちチャート・インしたものを網羅しました、ということらしい。

実はこれ、結構な労作のよう。全てオリジナル・シングル・ヴァージョンで固められているのですよ。モノラルです。
以前にも書いたけれど、ダンヒルはセッションテープやモノマスターを'70年代に廃棄してしまっているとの話で。今回使用された音源は、海外でのリリース用に送られたサブマスターか、それが利用出来ない場合はアナログレコードから起したそうであります。
なるほど聴いていると、これは盤起しかな? というような歪みっぽいところが感じられるものもありますが、殆どの曲は力強く、パンチの効いた(と書くと死語なのだが、英語でいう "punchy" ってやつです)仕上がりで、個人的には満足です。


実をいうと僕は、グラス・ルーツについてはP.F.スローンが制作に関わっていた頃のフォークロックが好きなのであって、それより後のポップソウル路線のものには、あまり関心はないのです。今回、改めて聴いてみても、その思いは変わらなかったな。良い曲もあるけれども、時代が進むにつれてサウンドがもっさりしてきているような気がして。まあ、ここら辺りは好みの問題ですね。
ところで、このCDのブックレットにはスローンの相方であったスティーヴ・バリーのコメントがふんだんに盛り込まれていて、なかなか読みでがあって面白い。スローンがダンヒルを去って、バンドのオリジナル曲を多く入れたアルバムもセールスには結びつかずといった難しい時期に、バリーはグラス・ルーツのメンバーたちとミーティングを行なったという。そうして最後には「君たちはポップグループであって、ザ・バンドのような存在ではない」という結論になり、外部のソングライターによるヒット性のありそうな楽曲を演っていく、という方針が決まったらしい。

しかし、今更なんだが、このヒット曲集の流れで聴くと、やはり "Let's Live For Today" が一番輝いているように感じられるな(非シングル曲なら "Is It Any Wonder" なんて凄く好みのがありますが)。
この曲はスローン&バリーが書いたものではないけれど、イントロのギターのウェットな響きからしてフィル・スローンのセンスがはっきりと感じられます。また、ドラマティックな展開には、うん、ヒット・レコードとはこういうものだよな、と納得。

あれだな、もう古い音楽だけでいいな、僕は。消費税も上がったしね。