2023-05-27

ジョン・ディクスン・カー「幽霊屋敷」


1940年発表、ギデオン・フェル博士もの長編。原題は「The Man Who Could Not Shudder」で、作品内では「恐怖に対して震え上がることのない、肝の太い人物」くらいの意味で使われています。

舞台は(今回の邦題通り)幽霊が棲まう噂があり、過去には異様な事件も起こったという屋敷。導入部分では怪奇小説らしい描写が丁寧になされるのがそれっぽい。もっとも、雰囲気があるのはそこまで。
くだんの屋敷に招待された人々が集合して、ここには昔から何か出るらしいよ、という振りがなされるのだけれど、それとは無関係な話題も色々入ってきて、幽霊への関心があまり持続しない。一晩明けると、ポルターガイストの仕業としか思えないような事件が起こる。にもかかわらず、それが超自然な存在によるものだとほのめかされるわけでもない。
作品終盤には、これらにも理由があったことがわかるのだが。ともかく、物語は純粋に不可能犯罪ものとして進行していきます。

残念ながらメイン・トリックは現実的ではないし(読みなれたひとなら逆に「ははあ、これは偽の解決だな」と思うのでは)、フーダニットにおける誤導も(アンフェアとはいわないが)えげつなくも芸のない手が使われている。そういった点は見過ごすにはあまりに大きすぎるのだが、意表を突いた展開によって、それでも面白く読まされる。この辺り、カーのストーリーテラーとしての腕で持たせている、という感じです。

後日談として語られるフェル博士による最終的な絵解きは例によって名調子であります。いくつかの細かい伏線はとても良くできている。建屋の形が図形で強調されていたのには、ちゃんと意味があったのだね。しかし、大筋の(クイーン的ともいえる)犯罪計画自体、細部への説明が進むほどに無理が感じられてしまう。カーはその種のリアリティに大して重きを置いていないのだろう、ということは既に知っているけれど。
そして、最後にさらなる捻りが加えられるのだが、必然性がないというか、これは単なるサプライズのための趣向では。あるいはカーがやりたかったのは(意外な犯人を通り越して)明白な実行犯のいない殺人事件だったのかもしれないが。

と、いうようにフェアな謎解きと考えれば欠点だらけなのだが、はったりの利いた読み物としてこれはこれで愉しい。出来そのものとは別に、娯楽作家としてのカーの魅力が感じられる作品でした。