foolishpride.
2026-07-04
米澤穂信「倫敦スコーンの謎」
小市民シリーズは、二年前に出た『冬期限定ボンボンショコラ事件』で主人公の小鳩くんが高校を卒業し、完結したと思っていたのですが、新たな短編集が出ました。雑誌掲載された三作+書き下ろしひとつから成っていて、時系列としては『冬季~』より過去にあたるので、シリーズのボーナストラックというか『シャーロック・ホームズの叡智』という感じを受けました。いずれにせよこれは嬉しい驚き。
「桑港クッキーの謎」 美術ミステリであり、大雑把にいうと作者が創作物に込めた意図を探る、というとちょっと違うか、まあでもそんな感じの趣旨です。調査の過程で不可解にぶち当たり、という展開が読ませます。
ヒントは大胆に出されていますが、謎解きとしては説得力より、意外性に重きを置いた印象です。ダークな締め方はあっても無くてもいい感じ。
「羅馬ジェラートの謎」 ホームズの語られざる事件を思わせるような導入がそそられます。何故あの客はいつまでたってもジェラートに手をつけないのか? という、これぞ日常の謎ですな。作品中盤以降には殆ど行動が無い分、会話劇の中でロジックの冒険が楽しめます。何気ない描写が謎にリンクしていく瞬間がたまらない。ユーモアの塩梅もいいですね。
「倫敦スコーンの謎」 前作「羅馬~」よりさらに安楽椅子探偵で、ほぼディスカッションのみでできた一編。小山内さんから持ち込まれたのは、調理実習でのスコーン作りは何故失敗したのか、というなんてことはなさそうな謎。推測が推測を生み出し、思わぬ広がりが。裏を取る余地もなく、ただ小山内さんを納得させる物語を創作していく一編。
ここまで三作品はミステリとしては軽い、けど鋭さはある。気楽に机上の空論を楽しむという分には申し分ないという感じ。
「維納ザッハトルテの謎」 書き下ろしであり、内容が「桑港~」「倫敦~」とリンクしていています。ここでは、ちゃんと事件らしい事件が起きます。他人の内面に寄り添うような推論が肝となっているので、なんとなくウェットな印象が残りますし、しかも結構重ための結末。謎を解いたところで、現実には何も解決しないという。軽快なだけじゃ終わらせてくれないのね。
三作品目まではオムニバス風だったのですが、最後の書き下ろしでなんとなく連作っぽくなってしまった(「羅馬~」は入らないですが)。これでひとまずの終わり、という感じを改めて出したかったのでしょうか。
2026-06-27
Thomas Group / Hollywoodland 1966-1969
1960年代後半に活動したグループのフォーク・ロック~フラワー・ポップ集。P. F. スローン&スティーヴ・バリーが制作を手掛けていると聞いて興味を持ったのですが、2017年にHanky Panky Recordsという会社から数量限定生産されたもので、ちょっと手に入れにくい編集盤ではありました。
主役であるトーマス・グループというバンドはデビュー時にはハイスクールの生徒だったようで、レコードでの演奏はほぼハリウッドのスタジオ・ミュージシャンのよう。Dunhillよりシングルが四枚リリースされており、それらの新規ステレオ・ミックスからこの盤は始まります。シングルの三枚目までをスローン&バリーが作曲、プロデュースを手掛けていて、いかにもこのコンビらしい端正な仕上がりになっています。"Autumn" はゲイリー・ルイス&プレイボーイズで知られる曲ですが、こちらはよりストレートな作りで作者ヴァージョンという趣。また、"I've Got No More To Say" は前年に出たグラス・ルーツのファースト・アルバムにも入っていて、同じようなつくりなのですが、すこしテンポを早めたこちらの方がよりビートルズっぽい感じがします。
‘67年にはスローン&バリーのパートナーシップが解消され、四枚目シングルはスティーヴ・バリー単独での制作に。その "Is Happy This Way" はメロウなサンシャイン・ポップで、作者のスーザン・ハーバーはサークルの "Please Don't Ever Leave Me" を書いたひとであります。
続いて収録されているのは1968年に録音された未発表トラックが10曲。Dunhill契約時のものがふたつで、残りはデモみたいなものですね。メンバーが自分たちで演奏しており、曲もほとんどオリジナルですが、意外なくらいしっかり作られたポップソングもあって、いかにもレイト・シクスティーズらしいメランコリックなテイストはなかなか。コマーシャルな個性があるかというとわからないですが。
そして、翌年に彼らはVMCという会社よりMorning Sunという名前でシングルを出します。こちらは再びL.A.のセッション・ミュージシャンたちによる演奏で、バッキングコーラスにはアソシエイションのメンバーが3人参加しているそうです。
この盤の最後にはもう一度Dunhillでのシングル曲が今度は元のモノラル・ミックスで収録されています。ステレオ同様、こちらも凄くクリアな音で、馴染みのない会社からのリリースながら、ちゃんとしたマスターを使用していることが伺えます。
とは言え、そんな血眼になって探すほどの盤ではないか。わたしの場合は数年に一度、P. F. スローン熱が高まってしまうので。
2026-05-17
法月綸太郎「法月綸太郎の不覚」
本当に久方ぶり、法月綸太郎の小説としての新刊は、雑誌掲載の短編3作に書き下ろし中編ひとつの作品集です。
「心理的瑕疵あり」
いわゆる事故物件と呼ばれる住宅を舞台にしたフーダニット。序盤のちょっとした描写から手掛かりになっているガチガチの本格で、なおかつ「犯人はなぜ〇×したのか?」と、わかりやすく推理のポイントを差し出してくるが、正解に辿り着くにはちょっとした発想の飛躍が要求されるだろう。結構、複雑な構図を持つこの作品が、犯人当て小説として発表されたというので驚き。なお、タイトルは推理のきっかけか何かを指しているのかと思ったら、そうではないらしい。
「被疑者死亡につき」
交換殺人の疑いを掛けられた男から、綸太郎に容疑を晴らして欲しいと相談が持ち込まれる。そして、その交換殺人の相方と目される人物が自殺しているというのだから、一筋縄ではいかない。こちらも犯人当てとして書かれたらしく、手掛かりの面白さは申し分ないものだが、事件の隠れた構図を見定めるのはやっかいだ。結末はこの作家の趣味が出たもので、一層とややこしいものになっています。
「次はあんたの番だよ」
殺人事件の容疑者には鉄壁のアリバイがあった、というお話だが、そこに幽霊話が絡んでくるというのだから、こいつも素直にいきそうではないな。リアリステイックなスタイルで書かれていながら、「お前は何を言っているんだ」といいたくなる展開が。ある気付きを起点にしたロジックに乗っかっていくと、思いもしなかった結論まで連れていってくれます。
「平行線は交わらない」
80ページと少しある、とても手の込んだ中編。キレキレの仮説が立てられるが、いささか先走りすぎか、と思いきや。解決に至って、あるミステリ趣向が隠れていたことが明らかになる。この作者の過去作に馴染んできた読者には懐かしいテーマであり、あれをこう処理できるのかという感慨があります。また、この「平行線~」のみ書き下ろしなのだが、それまでの作品がフリにもなっていて、これ単独で読むとちょっと受け入れられないかもね。
歯応えは抜群だが、いずれの作品もプロットがやや複雑過ぎるか。シンプルで切れのいいものがひとつ欲しかったか。論理のアクロバットをこじらせたような、唯一無二の作品集でありました。
2026-04-26
カーター・ディクスン「赤後家の殺人」
1935年のヘンリ・メルヴェール卿もの長編、その新訳。HMものとしては『黒死荘の殺人(プレーグ・コートの殺人)』、『白い僧院の殺人』に続く三作目、同じ年にはカー名義での『三つの棺』も発表されていて、脂の乗っている頃の作品であります。
有名作であるし、わたしも大昔に読んでいるはずなのだが、まったく内容を覚えていなかった。記憶の衰えた分、新鮮に読めていいだろうと思っていたが。
部屋が人を殺すという趣向のミステリで、古い屋敷のひと部屋、そこで一人で二時間以上過ごした人間は死んでしまうという。死亡原因はどうやら毒のようだ。しかし、その屋敷を相続した男が、そんな馬鹿げた話はない、と言い伝えを打ち破るための会合を開く。トランプのカードを一枚ずつひいて、もっとも強いカードを選んだものが一人、その部屋で二時間を過ごす。他のものたちは部屋の扉が目に入る位置で待機していて、15分おきに室内の人物に声を掛けるというものだ。
その催しにはHMも参加しているのですが、それでも事件は起こります。現場は密室だが毒殺ならそんなに不思議はないか、と思いきや捜査が進むにつれて、逆に状況の不可解さがどんどん強まっていきます。さらに、ひとつの謎がとりあえず解けたら、別の謎が立ち上がってくる。
死因はやはり毒殺で間違いないのですが、どうやったのかが全く見当のつかないまま物語は進んでいきます。物語中盤過ぎにはマスターズ警部による毒殺トリック解明があって、これが手が込んでいて面白い。物証も複数あるので、そこそこ説得力がある。このマスターズの推理は当然のように間違いと判るのですが、それによって事件の不可能性がさらに強められる、という次第。
最後に明らかになる殺害方法は盲点をついていて、なおかつ独創的なもの。伏線はあるけれど、なかなかそちらへは発想が回らないかな。手掛かりを隠蔽する犯人の行動も大胆だがシンプル、言われてみればそれしかないのだが。
そういった個々のトリック等はとても秀逸であるけれど、それらをひとつの絵にまとめ上げる段になると、複数の人物の思惑が錯綜し過ぎていて、とたんに冗長になってくる。HMの推理には相当に鋭いところもあるけれど、作者と手を握っていない限り、そこまで判るはずがないだろう、と。
粗いところはあるもののカーの魅力は横溢、とても面白かったのですが、他人に勧めるかというと迷うところ。たくさんアイディアを詰め込んだ結果、なんだかごちゃごちゃしてわかりにくくなった、そんな印象です。以前に読んだ内容を忘れていたのには、それなりに理由があったということになるか。
2026-03-31
Ernie Graham / Ernie Graham (eponymous title)
アイルランドのシンガー/ソングライター/ギタリスト唯一のソロ・アルバム、1971年作。
マネージメントを担当していたデイヴ・ロビンソンが共同プロデューサーとしてクレジットされており、その関係より、演奏にはブリンズレイ・シュワーツとヘルプ・ユアセルフのメンバーが参加しています。
なので音楽の方はパブ・ロックともいえるのですが、具体的には前期ブリンズレイらと共通するようなベアズヴィル的というかウッドストック系の米国ロックの影響がわかりやすく出たもの。アコースティックな響きを生かした(いまだとオーガニック、なんて形容するのか)、ざっくりとした仕上がりのフォーク・ロック。温かい手触りが心地いいです。ただしレイドバックしているだけでなく、ごつごつとした粗さが残されているのが絶妙。
グレアムさんによる自作曲にはコマーシャルさは一切ないけれど、いいのが揃っています。滋味というか、聴くほどに良くなってくる感じで、間違ってもティーンエイジャー向けではないよね。くつろいだ曲調のものから、2本のリード・ギターがせめぎ合う緊張感漂うものまで、いずれも極端に走らずいい塩梅。
想起するのはやっぱりブリンズレイ・シュワーツの「Silver Pistol」なのですが、その他にもディランやロニー・レイン&スリム・チャンス、ヴァン・モリスンの「Astral Weeks」、それに我が国のはっぴいえんど、なんてところに近しいものを感じる瞬間もありますな。
2026-02-23
エラリー・クイーン「シャム双子の謎」
1933年長編。
山火事で孤立した屋敷を舞台にした、クローズド・サークルものであります。殺人事件の謎と、次第に迫ってくる自然の脅威の二本立てですが、ミステリとしてはクイーンの初期作品中でもかなりシンプルなほうだと思う。容疑者がはじめから限られ、その行動範囲も狭いのです。
一見、些末に見えるような細かな謎はいくつもあるのだけれど、メインとなるのはダイイング・メッセージの謎だ。
ダイイング・メッセージというのは解釈の恣意性が大きいので、せいぜい短編を支えるくらいの趣向だと思うのだが、ここではそれをひたすらこねくり回し、長編を成立させてしまっている。メッセージの意図に対して鮮やかな解釈を披露しながら、そこから更なる展開を見せ、終盤では他の国名シリーズ作品に登場するヨードチンキや靴紐に伍するような、「ここまでわかるのか!」と思わせる推理がなされるのだ。ここがクイーンならではの快感であって、よそではなかなか得難いものなのだな。
推理以外の要素があることで、全体におけるミステリ純度としてはこれ以前の作品より薄くなっているのですが、それによってクライマックスにおける謎解き場面がひときわ印象的なものになっているのだから、文句はない。
本書の帯には「〈国名シリーズ〉最大の異色作登場!」とあるのですが、中期以降の作品に通ずるテイストもあるな、などと今回読み返していて感じました。
以前はそれほどでも、と思っていたのだが、いや、やはりこれも力作ですな。
2026-02-10
Chris Montez / The More I See You/Time After Time/Foolin’ Around/Watch What Happens
クリス・モンテズが1966~68年の間、A&Mレコードに残した4枚のアルバムをひとまとめにした2CD、英BGOからのリリースです。
これらのタイトル、全て我が国では1990年代からCD化されていて、うち3枚に関してはステレオ+モノラルの2ファーでも出ていたくらいですが、英米ではアルバムごとの形での再発は(配信を除けば)これまでされてこなかったのではないかな。
今回のものはデジタル・リマスターと書かれていますし、エンジニアのクレジットもされていますが、ソースについての情報は記載されてはいません。A&Mレコードはオリジナル・マスターを廃棄してしまっていたと、かつてスティーヴ・ホフマンが書いていたし、その後には(A&Mを吸収した)ユニヴァーサルの倉庫火災などもあったわけですが。
試しに、今回のものと、2014年の日本盤とを軽く聴き比べてみたところ、そんなに差は感じませんでした。意外にも音圧は邦盤の方が控えめですね。既にバラで揃えていたら、買い直す必要はないかも。
音楽のほうはハーブ・アルパートやトミー・リプーマ、ニック・デカロら制作によるラウンジ・ジャズ・ボーカルというかイージー・リスニング的ポップス。当時のヒットソングからミュージカル・スタンダード、ブラジル産のボサノヴァ曲まで、どれも同じスタンスで処理していくのは、まさしくプロの仕事であります。瀟洒この上ないアレンジと演奏は、昼寝のお供にまったり聞き流してもいいのだが、ときどき極上の仕上がりのものが混じっているので侮れない。
クリス・モンテズさんのボーカルは、下手くそに聴こえる寸前まで可能な限り脱力しているようで、クルーナーといえばそうなのかな。
4枚通して、基本的なサウンドの傾向は変わらないのだけれど、後のアルバムほど落ち着いた印象を受けます。個人的には1966年に出たはじめの2枚のほうが、躍動感もありポップスとしてはいいかなと。
同じ路線でも3枚目あたりではテンポも緩やかに、ストリングスが幅を利かせる曲も出てきます。
でもって、4枚目「Watch What Happens」になると、それまでいい味付けになっていたラテン風味が払拭され、ぐっとアダルトに。この頃には米国におけるセールスは振るわなくなっていたのだけれど、日本で当たったのはこのアダルト路線の自作曲 "Nothing To Hide" なのだな。マイナー・キーのいかにも昭和歌謡で今聴くとなかなかにトゥー・マッチ、邦題も「愛の聖書」とそれっぽい。また、このアルバムでは、映画「シェルブールの雨傘」から2曲を取り上げているのだけれど、うち "I'll Wait For You" のアレンジがなかなかに恰好いい。相当に色んなひとが取り上げている曲であるけど、このアイディアはオリジナルなものなのかしら。
ところで、シングルB面でアルバムに入らなかった曲もあるのだけれど、それらは雰囲気が違う上、たいしたことがない出来なので気にしなくていいよね、と思っていたのだが。
今回ちょっと調べてみたら、1967年のシングル曲 "Twiggy" (そう、あのツイッギーね)はディスコグラフィにはあるけれど、コンピレイション等には入っておらず、Discogsにもエントリーが無い。どこかで聴けるのだろうか。
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