foolishpride.
2026-04-26
カーター・ディクスン「赤後家の殺人」
1935年のヘンリ・メルヴェール卿もの長編、その新訳。HMものとしては『黒死荘の殺人(プレーグ・コートの殺人)』、『白い僧院の殺人』に続く三作目、同じ年にはカー名義での『三つの棺』も発表されていて、脂の乗っている頃の作品であります。
有名作であるし、わたしも大昔に読んでいるはずなのだが、まったく内容を覚えていなかった。記憶の衰えた分、新鮮に読めていいだろうと思っていたが。
部屋が人を殺すという趣向のミステリで、古い屋敷のひと部屋、そこで一人で二時間以上過ごした人間は死んでしまうという。死亡原因はどうやら毒のようだ。しかし、その屋敷を相続した男が、そんな馬鹿げた話はない、と言い伝えを打ち破るための会合を開く。トランプのカードを一枚ずつひいて、もっとも強いカードを選んだものが一人、その部屋で二時間を過ごす。他のものたちは部屋の扉が目に入る位置で待機していて、15分おきに室内の人物に声を掛けるというものだ。
その催しにはHMも参加しているのですが、それでも事件は起こります。現場は密室だが毒殺ならそんなに不思議はないか、と思いきや捜査が進むにつれて、逆に状況の不可解さがどんどん強まっていきます。さらに、ひとつの謎がとりあえず解けたら、別の謎が立ち上がってくる。
死因はやはり毒殺で間違いないのですが、どうやったのかが全く見当のつかないまま物語は進んでいきます。物語中盤過ぎにはマスターズ警部による毒殺トリック解明があって、これが手が込んでいて面白い。物証も複数あるので、そこそこ説得力がある。このマスターズの推理は当然のように間違いと判るのですが、それによって事件の不可能性がさらに強められる、という次第。
最後に明らかになる殺害方法は盲点をついていて、なおかつ独創的なもの。伏線はあるけれど、なかなかそちらへは発想が回らないかな。手掛かりを隠蔽する犯人の行動も大胆だがシンプル、言われてみればそれしかないのだが。
そういった個々のトリック等はとても秀逸であるけれど、それらをひとつの絵にまとめ上げる段になると、複数の人物の思惑が錯綜し過ぎていて、とたんに冗長になってくる。HMの推理には相当に鋭いところもあるけれど、作者と手を握っていない限り、そこまで判るはずがないだろう、と。
粗いところはあるもののカーの魅力は横溢、とても面白かったのですが、他人に勧めるかというと迷うところ。たくさんアイディアを詰め込んだ結果、なんだかごちゃごちゃしてわかりにくくなった、そんな印象です。以前に読んだ内容を忘れていたのには、それなりに理由があったということになるか。
2026-03-31
Ernie Graham / Ernie Graham (eponymous title)
アイルランドのシンガー/ソングライター/ギタリスト唯一のソロ・アルバム、1971年作。
マネージメントを担当していたデイヴ・ロビンソンが共同プロデューサーとしてクレジットされており、その関係より、演奏にはブリンズレイ・シュワーツとヘルプ・ユアセルフのメンバーが参加しています。
なので音楽の方はパブ・ロックともいえるのですが、具体的には前期ブリンズレイらと共通するようなベアズヴィル的というかウッドストック系の米国ロックの影響がわかりやすく出たもの。アコースティックな響きを生かした(いまだとオーガニック、なんて形容するのか)、ざっくりとした仕上がりのフォーク・ロック。温かい手触りが心地いいです。ただしレイドバックしているだけでなく、ごつごつとした粗さが残されているのが絶妙。
グレアムさんによる自作曲にはコマーシャルさは一切ないけれど、いいのが揃っています。滋味というか、聴くほどに良くなってくる感じで、間違ってもティーンエイジャー向けではないよね。くつろいだ曲調のものから、2本のリード・ギターがせめぎ合う緊張感漂うものまで、いずれも極端に走らずいい塩梅。
想起するのはやっぱりブリンズレイ・シュワーツの「Silver Pistol」なのですが、その他にもディランやロニー・レイン&スリム・チャンス、ヴァン・モリスンの「Astral Weeks」、それに我が国のはっぴいえんど、なんてところに近しいものを感じる瞬間もありますな。
2026-02-23
エラリー・クイーン「シャム双子の謎」
1933年長編。
山火事で孤立した屋敷を舞台にした、クローズド・サークルものであります。殺人事件の謎と、次第に迫ってくる自然の脅威の二本立てですが、ミステリとしてはクイーンの初期作品中でもかなりシンプルなほうだと思う。容疑者がはじめから限られ、その行動範囲も狭いのです。
一見、些末に見えるような細かな謎はいくつもあるのだけれど、メインとなるのはダイイング・メッセージの謎だ。
ダイイング・メッセージというのは解釈の恣意性が大きいので、せいぜい短編を支えるくらいの趣向だと思うのだが、ここではそれをひたすらこねくり回し、長編を成立させてしまっている。メッセージの意図に対して鮮やかな解釈を披露しながら、そこから更なる展開を見せ、終盤では他の国名シリーズ作品に登場するヨードチンキや靴紐に伍するような、「ここまでわかるのか!」と思わせる推理がなされるのだ。ここがクイーンならではの快感であって、よそではなかなか得難いものなのだな。
推理以外の要素があることで、全体におけるミステリ純度としてはこれ以前の作品より薄くなっているのですが、それによってクライマックスにおける謎解き場面がひときわ印象的なものになっているのだから、文句はない。
本書の帯には「〈国名シリーズ〉最大の異色作登場!」とあるのですが、中期以降の作品に通ずるテイストもあるな、などと今回読み返していて感じました。
以前はそれほどでも、と思っていたのだが、いや、やはりこれも力作ですな。
2026-02-10
Chris Montez / The More I See You/Time After Time/Foolin’ Around/Watch What Happens
クリス・モンテズが1966~68年の間、A&Mレコードに残した4枚のアルバムをひとまとめにした2CD、英BGOからのリリースです。
これらのタイトル、全て我が国では1990年代からCD化されていて、うち3枚に関してはステレオ+モノラルの2ファーでも出ていたくらいですが、英米ではアルバムごとの形での再発は(配信を除けば)これまでされてこなかったのではないかな。
今回のものはデジタル・リマスターと書かれていますし、エンジニアのクレジットもされていますが、ソースについての情報は記載されてはいません。A&Mレコードはオリジナル・マスターを廃棄してしまっていたと、かつてスティーヴ・ホフマンが書いていたし、その後には(A&Mを吸収した)ユニヴァーサルの倉庫火災などもあったわけですが。
試しに、今回のものと、2014年の日本盤とを軽く聴き比べてみたところ、そんなに差は感じませんでした。意外にも音圧は邦盤の方が控えめですね。既にバラで揃えていたら、買い直す必要はないかも。
音楽のほうはハーブ・アルパートやトミー・リプーマ、ニック・デカロら制作によるラウンジ・ジャズ・ボーカルというかイージー・リスニング的ポップス。当時のヒットソングからミュージカル・スタンダード、ブラジル産のボサノヴァ曲まで、どれも同じスタンスで処理していくのは、まさしくプロの仕事であります。瀟洒この上ないアレンジと演奏は、昼寝のお供にまったり聞き流してもいいのだが、ときどき極上の仕上がりのものが混じっているので侮れない。
クリス・モンテズさんのボーカルは、下手くそに聴こえる寸前まで可能な限り脱力しているようで、クルーナーといえばそうなのかな。
4枚通して、基本的なサウンドの傾向は変わらないのだけれど、後のアルバムほど落ち着いた印象を受けます。個人的には1966年に出たはじめの2枚のほうが、躍動感もありポップスとしてはいいかなと。
同じ路線でも3枚目あたりではテンポも緩やかに、ストリングスが幅を利かせる曲も出てきます。
でもって、4枚目「Watch What Happens」になると、それまでいい味付けになっていたラテン風味が払拭され、ぐっとアダルトに。この頃には米国におけるセールスは振るわなくなっていたのだけれど、日本で当たったのはこのアダルト路線の自作曲 "Nothing To Hide" なのだな。マイナー・キーのいかにも昭和歌謡で今聴くとなかなかにトゥー・マッチ、邦題も「愛の聖書」とそれっぽい。また、このアルバムでは、映画「シェルブールの雨傘」から2曲を取り上げているのだけれど、うち "I'll Wait For You" のアレンジがなかなかに恰好いい。相当に色んなひとが取り上げている曲であるけど、このアイディアはオリジナルなものなのかしら。
ところで、シングルB面でアルバムに入らなかった曲もあるのだけれど、それらは雰囲気が違う上、たいしたことがない出来なので気にしなくていいよね、と思っていたのだが。
今回ちょっと調べてみたら、1967年のシングル曲 "Twiggy" (そう、あのツイッギーね)はディスコグラフィにはあるけれど、コンピレイション等には入っておらず、Discogsにもエントリーが無い。どこかで聴けるのだろうか。
2026-01-21
アンソニー・ホロヴィッツ「マーブル館殺人事件」
昨年英国で出された、スーザン・ライランド&名探偵アティカス・ピュントもの新作長編。
前作ではギリシャに移住していたスーザンは、結局ロンドンに戻りフリーランスの編集者として働くこととなった。スーザンって55歳なんだな、結構大変。
で、彼女にオファーがあった仕事、それはアティカス・ピュントを主人公とした作品、その新作を担当することであった。ピュントのシリーズの作者、アラン・コンウェイはすでに亡くなっている上、シリーズそのものも完結しているのだが、出版社の発案で別の作家による続編が書かれることとなったのだ。
その作品「ピュント最後の事件」でありますが、ピュントが不治の病によって、余命が限られてしまっているところはアガサ・クリスティのポアロもの『カーテン』のようですし、ピュントと旧知の人物はオリヴァ夫人のようなキャラクター。また事件の導入には『もの言えぬ証人』を想起させるところがあるなど、かなりのクリスティ度を感じさせます。子供の設定はクイーンのあれかな、という気もしましたが、その子も容疑者としてカウントされているので違うか。
なお、物語のはじめの段階では「ピュント最後の事件」はまだ完成しておらず、書かれたところまでの原稿をスーザンがチェックするという体裁になっています。
一方で、現実世界のパートは読んでいてちっとも楽しくない。スーザンは人と会っているところではずっと気詰まりな思いをしているか、緊張感を覚えているようである。それでいて自らトラブルに首を突っ込んでいるのは明らか。そもそもこいつが一番厄介なやつなんじゃないか、とさえ思えてくる。この作者の別シリーズ「ホーソーン&ホロヴィッツ」ものにおけるホロヴィッツと同じじゃん。
その内に殺人事件が起き、案の定、スーザンはそれに巻き込まれていくわけです。ここからさらにひどい目に合っていきます。
いつもながらピュント作品の部分はウェルメイドの良さがあって、愉しいです。謎解き場面に関しては今までのピュントもので一番よくできているのでは。クリスティ流の仕掛けを使いつつ、ただなぞるだけではない、捻りのあるものになっています。手掛かりは不十分ですが、そこはそれ。
外側である現実パートもミステリとしてかなり作り込まれていて、フーダニット以外にもいろいろと盛られています。スーザンが事件を調査していくうちに、自分が始めからある種の駒として取り込まれていたことに気付く展開など、奥行きがあって良いです。
そして、こちらの解決編も意外性に富み、伏線の回収の快感で読ませるものです。例によって証拠は後出し気味だし、余詰めへの配慮もまるでないのですが、それまでの苦難が嘘のように都合よく進んでいき、ドラマにもうまく嵌っています。また、これまでのシリーズ二作では作中作の内容と現実事件の結びつきは、正直弱かったと思うのですが、今作ではそこが工夫されているかな、と。
終わってみれば作中作、現実パートともによく考えられたミステリでした。
しかし、個人的にはあまりにストレスを感じる場面が多く何度も中断、読み終えるのに随分かかりました。作中作の部分だけを独立させて売ってくれないものか。
2025-12-28
佐野元春 / Visitors
今年のクリスマスあたりはこれを。聴いている間、なんだか背筋が伸びていたような気がする。
1984年発表、制作は前年より滞在していたニューヨークで行われた。
改めて聴くと意外なくらいポップなアルバム。ただ、振り返ってそう言えるのであって、当時には先鋭的であったスタイルを取り込もうとしていたはず。時代の音に切り込んでいこうという意思がみなぎっているように思える。まさしく 「闇をくぐって小舟をこぎだし」 ていたのだ。その分、却って陳腐化している面もあるわけだが。何週もしてしまった今では、その古さも悪くない。
全体の基調はやはりシリアス。この人が得意とする「いつか きっと」も控えられ、ユーモラスな表現もシリアスな文脈に乗っているように感じる。サウンドの重心が軽いので、それでバランスは取られているわけだが。
抽象度が一段と増し、一見、イメージの羅列めいた部分さえあるものの、歌詞ではなく詩をそのまま持ち込んだようなそれらには、表現者としてのコアが剥き出しになったような妙な迫力がある。
あと、いくつかの曲に漂うロマンチシズムはむしろヨーロッパ的に感じる。切迫感を湛えたボーカルはときにデヴィッド・ボウイみたいであるし、"Shame" という曲はジョン・レノンそっくりだ。
シングル・カットもされた "New Age" は単体では随分と悲観的に響くのだけれど、アルバムの最後の曲としては開放感を伴って聴ける不思議。
たぶん(おっさんには)思っているひとが多いだろうけれど 「昔のピンナップはみんな 壁からはがして捨ててしまった」 というフレーズはアズテック・カメラの "Walk Out To Winter" ( "Faces of Strummer that fell from your wall" )を連想させるよね。
2025-11-03
フランシス・ビーディング「イーストレップス連続殺人」
1931年の英国作品。
タイトル通り連続殺人、その犯人探しのミステリであります。本書のはじめには物語の舞台、イーストレップス周辺の地図が置かれているのだが、そこには殺人現場の位置が示されており、あらかじめ何人以上が殺害されるのかがわかってしまう。
イーストレップスは観光地でもある田舎町であり、そこで特徴的な手段による殺人が週一回のペースで起こります。被害者たちの間には一見、つながりは無さそうに見えるのですが、読者には見当が付きやすい親切設計です。ただし、動機はさっぱり掴めませんが。
非常にテンポよくイベントが起こり、読みやすくはあるのですが、シリアルキラーものとすると現代の目からすると物足りないところがありまして。サスペンスの醸成が淡泊な上、展開も単調。ほら、例えばクリスティなんかだと「この人、いま危ないんじゃないか」と緊張を高めておいて、そこでは一回外して、こちらの気がゆるんだ隙に、別の人間が殺られる、とかさ。そういう読者の予断を上回っていくところがあるじゃないですか。しかし、この作品からは、溜めをつくることもなく淡々と殺人が繰り返されるような印象を受けるんですよね。一応は、観光客がみな引き上げてしまうとか、自警団が結成されて夜回りが行われるなどの描写はされているのですが、登場人物たちの不安な感情もあまり伝わってはこないのです。
物語後半になると容疑者が逮捕され、その裁判シーンが多くのページを占めるのですが、死刑がかかっているせいで緊張感が高まりますし、さまざまな疑問点が抽出されていくことで、ぐっと面白くなります。
そして、ここからの展開にちょっと驚きがありました。それはミステリ的な仕掛けではないのですが。現代だとこの行き方はどうか、と思われるものです。
正直、フーダニットとしては、ミステリを読み慣れていれば割合にわかりやすいと思われます。誤導も(作品の発表された時代を考えても)あっさり目でしょう。
しかし、探偵役の設定は意外であるし、犯人確定の手掛かりは読者には決してわからない種類のものではあるものの、シンプルかつ説得力があります。
また、終盤にはちゃんとサスペンスがあって、ちゃんと盛り上がってくるのです。
最後に明らかとなる犯人像は現代的という解釈も可能かもしれないですが、わたしはむしろチェスタトン的な底の抜け方をしているなあ、と思いました。
ジャンルの物差しを当てると中途半端なスリラーということになっちゃいますが、ときおりミステリとしての常道を無視するような乱暴さがとても面白い。読みやすいですし、期待しすぎなければ悪い作品ではないと思います。
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