2026-02-10

Chris Montez / The More I See You/Time After Time/Foolin’ Around/Watch What Happens


クリス・モンテズが1966~68年の間、A&Mレコードに残した4枚のアルバムをひとまとめにした2CD、英BGOからのリリースです。
これらのタイトル、全て我が国では1990年代からCD化されていて、うち3枚に関してはステレオ+モノラルの2ファーでも出ていたくらいですが、英米ではアルバムごとの形での再発は(配信を除けば)これまでされてこなかったのではないかな。

今回のものはデジタル・リマスターと書かれていますし、エンジニアのクレジットもされていますが、ソースについての情報は記載されてはいません。A&Mレコードはオリジナル・マスターを廃棄してしまっていたと、かつてスティーヴ・ホフマンが書いていたし、その後には(A&Mを吸収した)ユニヴァーサルの倉庫火災などもあったわけですが。
試しに、今回のものと、2014年の日本盤とを軽く聴き比べてみたところ、そんなに差は感じませんでした。意外にも音圧は邦盤の方が控えめですね。既にバラで揃えていたら、買い直す必要はないかも。


音楽のほうはハーブ・アルパートやトミー・リプーマ、ニック・デカロら制作によるラウンジ・ジャズ・ボーカルというかイージー・リスニング的ポップス。当時のヒットソングからミュージカル・スタンダード、ブラジル産のボサノヴァ曲まで、どれも同じスタンスで処理していくのは、まさしくプロの仕事であります。瀟洒この上ないアレンジと演奏は、昼寝のお供にまったり聞き流してもいいのだが、ときどき極上の仕上がりのものが混じっているので侮れない。
クリス・モンテズさんのボーカルは、下手くそに聴こえる寸前まで可能な限り脱力しているようで、クルーナーといえばそうなのかな。

4枚通して、基本的なサウンドの傾向は変わらないのだけれど、後のアルバムほど落ち着いた印象を受けます。個人的には1966年に出たはじめの2枚のほうが、躍動感もありポップスとしてはいいかなと。
同じ路線でも3枚目あたりではテンポも緩やかに、ストリングスが幅を利かせる曲も出てきます。
でもって、4枚目「Watch What Happens」になると、それまでいい味付けになっていたラテン風味が払拭され、ぐっとアダルトに。この頃には米国におけるセールスは振るわなくなっていたのだけれど、日本で当たったのはこのアダルト路線の自作曲 "Nothing To Hide" なのだな。マイナー・キーのいかにも昭和歌謡で今聴くとなかなかにトゥー・マッチ、邦題も「愛の聖書」とそれっぽい。また、このアルバムでは、映画「シェルブールの雨傘」から2曲を取り上げているのだけれど、うち "I'll Wait For You" のアレンジがなかなかに恰好いい。相当に色んなひとが取り上げている曲であるけど、このアイディアはオリジナルなものなのかしら。


ところで、シングルB面でアルバムに入らなかった曲もあるのだけれど、それらは雰囲気が違う上、たいしたことがない出来なので気にしなくていいよね、と思っていたのだが。
今回ちょっと調べてみたら、1967年のシングル曲 "Twiggy" (そう、あのツイッギーね)はディスコグラフィにはあるけれど、コンピレイション等には入っておらず、Discogsにもエントリーが無い。どこかで聴けるのだろうか。

2026-01-21

アンソニー・ホロヴィッツ「マーブル館殺人事件」


昨年英国で出された、スーザン・ライランド&名探偵アティカス・ピュントもの新作長編。

前作ではギリシャに移住していたスーザンは、結局ロンドンに戻りフリーランスの編集者として働くこととなった。スーザンって55歳なんだな、結構大変。
で、彼女にオファーがあった仕事、それはアティカス・ピュントを主人公とした作品、その新作を担当することであった。ピュントのシリーズの作者、アラン・コンウェイはすでに亡くなっている上、シリーズそのものも完結しているのだが、出版社の発案で別の作家による続編が書かれることとなったのだ。

その作品「ピュント最後の事件」でありますが、ピュントが不治の病によって、余命が限られてしまっているところはアガサ・クリスティのポアロもの『カーテン』のようですし、ピュントと旧知の人物はオリヴァ夫人のようなキャラクター。また事件の導入には『もの言えぬ証人』を想起させるところがあるなど、かなりのクリスティ度を感じさせます。子供の設定はクイーンのあれかな、という気もしましたが、その子も容疑者としてカウントされているので違うか。
なお、物語のはじめの段階では「ピュント最後の事件」はまだ完成しておらず、書かれたところまでの原稿をスーザンがチェックするという体裁になっています。

一方で、現実世界のパートは読んでいてちっとも楽しくない。スーザンは人と会っているところではずっと気詰まりな思いをしているか、緊張感を覚えているようである。それでいて自らトラブルに首を突っ込んでいるのは明らか。そもそもこいつが一番厄介なやつなんじゃないか、とさえ思えてくる。この作者の別シリーズ「ホーソーン&ホロヴィッツ」ものにおけるホロヴィッツと同じじゃん。
その内に殺人事件が起き、案の定、スーザンはそれに巻き込まれていくわけです。ここからさらにひどい目に合っていきます。


いつもながらピュント作品の部分はウェルメイドの良さがあって、愉しいです。謎解き場面に関しては今までのピュントもので一番よくできているのでは。クリスティ流の仕掛けを使いつつ、ただなぞるだけではない、捻りのあるものになっています。手掛かりは不十分ですが、そこはそれ。

外側である現実パートもミステリとしてかなり作り込まれていて、フーダニット以外にもいろいろと盛られています。スーザンが事件を調査していくうちに、自分が始めからある種の駒として取り込まれていたことに気付く展開など、奥行きがあって良いです。
そして、こちらの解決編も意外性に富み、伏線の回収の快感で読ませるものです。例によって証拠は後出し気味だし、余詰めへの配慮もまるでないのですが、それまでの苦難が嘘のように都合よく進んでいき、ドラマにもうまく嵌っています。また、これまでのシリーズ二作では作中作の内容と現実事件の結びつきは、正直弱かったと思うのですが、今作ではそこが工夫されているかな、と。


終わってみれば作中作、現実パートともによく考えられたミステリでした。
しかし、個人的にはあまりにストレスを感じる場面が多く何度も中断、読み終えるのに随分かかりました。作中作の部分だけを独立させて売ってくれないものか。

2025-12-28

佐野元春 / Visitors


今年のクリスマスあたりはこれを。聴いている間、なんだか背筋が伸びていたような気がする。

1984年発表、制作は前年より滞在していたニューヨークで行われた。
改めて聴くと意外なくらいポップなアルバム。ただ、振り返ってそう言えるのであって、当時には先鋭的であったスタイルを取り込もうとしていたはず。時代の音に切り込んでいこうという意思がみなぎっているように思える。まさしく 「闇をくぐって小舟をこぎだし」 ていたのだ。その分、却って陳腐化している面もあるわけだが。何週もしてしまった今では、その古さも悪くない。

全体の基調はやはりシリアス。この人が得意とする「いつか きっと」も控えられ、ユーモラスな表現もシリアスな文脈に乗っているように感じる。サウンドの重心が軽いので、それでバランスは取られているわけだが。
抽象度が一段と増し、一見、イメージの羅列めいた部分さえあるものの、歌詞ではなく詩をそのまま持ち込んだようなそれらには、表現者としてのコアが剥き出しになったような妙な迫力がある。

あと、いくつかの曲に漂うロマンチシズムはむしろヨーロッパ的に感じる。切迫感を湛えたボーカルはときにデヴィッド・ボウイみたいであるし、"Shame" という曲はジョン・レノンそっくりだ。

シングル・カットもされた "New Age" は単体では随分と悲観的に響くのだけれど、アルバムの最後の曲としては開放感を伴って聴ける不思議。
たぶん(おっさんには)思っているひとが多いだろうけれど 「昔のピンナップはみんな 壁からはがして捨ててしまった」 というフレーズはアズテック・カメラの "Walk Out To Winter" ( "Faces of Strummer that fell from your wall" )を連想させるよね。

2025-11-03

フランシス・ビーディング「イーストレップス連続殺人」


1931年の英国作品。
タイトル通り連続殺人、その犯人探しのミステリであります。本書のはじめには物語の舞台、イーストレップス周辺の地図が置かれているのだが、そこには殺人現場の位置が示されており、あらかじめ何人以上が殺害されるのかがわかってしまう。

イーストレップスは観光地でもある田舎町であり、そこで特徴的な手段による殺人が週一回のペースで起こります。被害者たちの間には一見、つながりは無さそうに見えるのですが、読者には見当が付きやすい親切設計です。ただし、動機はさっぱり掴めませんが。

非常にテンポよくイベントが起こり、読みやすくはあるのですが、シリアルキラーものとすると現代の目からすると物足りないところがありまして。サスペンスの醸成が淡泊な上、展開も単調。ほら、例えばクリスティなんかだと「この人、いま危ないんじゃないか」と緊張を高めておいて、そこでは一回外して、こちらの気がゆるんだ隙に、別の人間が殺られる、とかさ。そういう読者の予断を上回っていくところがあるじゃないですか。しかし、この作品からは、溜めをつくることもなく淡々と殺人が繰り返されるような印象を受けるんですよね。一応は、観光客がみな引き上げてしまうとか、自警団が結成されて夜回りが行われるなどの描写はされているのですが、登場人物たちの不安な感情もあまり伝わってはこないのです。

物語後半になると容疑者が逮捕され、その裁判シーンが多くのページを占めるのですが、死刑がかかっているせいで緊張感が高まりますし、さまざまな疑問点が抽出されていくことで、ぐっと面白くなります。
そして、ここからの展開にちょっと驚きがありました。それはミステリ的な仕掛けではないのですが。現代だとこの行き方はどうか、と思われるものです。

正直、フーダニットとしては、ミステリを読み慣れていれば割合にわかりやすいと思われます。誤導も(作品の発表された時代を考えても)あっさり目でしょう。
しかし、探偵役の設定は意外であるし、犯人確定の手掛かりは読者には決してわからない種類のものではあるものの、シンプルかつ説得力があります。
また、終盤にはちゃんとサスペンスがあって、ちゃんと盛り上がってくるのです。

最後に明らかとなる犯人像は現代的という解釈も可能かもしれないですが、わたしはむしろチェスタトン的な底の抜け方をしているなあ、と思いました。

ジャンルの物差しを当てると中途半端なスリラーということになっちゃいますが、ときおりミステリとしての常道を無視するような乱暴さがとても面白い。読みやすいですし、期待しすぎなければ悪い作品ではないと思います。

2025-10-12

アンディ・ウィアー「プロジェクト・ヘイル・メアリー」


2021年長編。
とりあえず前知識を入れずに読むのがいい、と聞いたので本当にそうしてみました。といっても、カバー絵を見れば宇宙を舞台にしたものなのだろうな、ということくらいは見当がつく。
また、本のはじめには口絵がついていて、ああ、これの話なのね、ということもわかってしまいます。
物語はひとりの男が目を覚ますところから始まる。

展開に肝がある上に、早川の公式でネタバレ禁止とあるようなので、具体的なことは書けませんが、かなりがっちりとSFですね。米国産らしいユーモアをたたえた語り口調で和らげられていますが、結構歯ごたえがある。
とある重大な使命を帯びた主人公が、当然のように何度も苦難に直面、それらを己の知見に照らし合わせて科学的に検証・解決していく過程がとても面白いです。けど、それら問題のハードルが高い分、じっくり読まないとついていけません。
また、現在進行形の物語と並行して、主人公の過去が徐々に明らかになっていくのですが、しっかり書き込まれた過去パートによって、彼の関係するプロジェクトのスケールの壮大さがどんどん補完されていきます。
さらには作品の様相が、がらりと変わる瞬間があって「えっ、こういう種類のSFだったの」との驚きも。

大風呂敷の上にアイディアてんこ盛りにして、手に汗握る要素も十分。最後のほうまで気を抜けない。加えてビルドゥングス・ロマンとしての面も(実は)あるなど、エンターテイメントとしても作り込まれています。
読み終えてみればSFの王道のような印象が残りました。面白かったです。


以下、作品内容とは直接関係ないことを。
わたしはミステリファンなので、この主人公の状況からすると、この男は本当に自分で思っている本人なのか、他の人物の記憶がインストールされつつあるんじゃないか、などと妄想してしまうのだ。あるいは、アンドロイドという可能性も。ふつうに考えると台無しなのだが、ミステリ世界におけるSF設定というのはガバガバであることが多いので、そういうことが平気で成立させてしまう。 この作品はちゃんとしたSFなので、そんなはずはないのだけれどね。

2025-09-13

エリザベス・フェラーズ「さまよえる未亡人たち」


1962年のノンシリーズ長編。
長い海外生活から英国に帰国した青年ロビン。彼が休暇旅行先で一緒になったグループの間で事故が起こるのだが、それが殺人ではないか、というお話。
240ページくらいしかないのですが、取っ掛かりにちょっと手こずった。

主人公のロビンは、思うところがあり他人とは距離を置いて接しようとしているようである。その為、他の登場人物たちも一通りキャラクターは作られているのだが、それぞれの内面まではわからなく、ときどき区別がつかなくなる。また、なかなか事件も起こらないため、最初のうちは読んでいて正直かったるい。
全体の三分の一まで進んだあたりでロビンとその他の人々との距離が少し縮まります。彼が他人からどんな風に見られていたのか、さらに同行者たちの抱えていた問題が明らかにされてからは、物語に一気に引き込まれていきます。

ミステリとしては毒殺が扱われているのだが、被害者が誤って殺された可能性もあれば、自殺の線も捨てられない。ロビンは何か引っかかるものを見聞きしているはずなのだが、それが何かが自分でもはっきりしない。
それでも話が進むにつれ、さまざまな推理がなされ、隠れていた事実などが浮かんできて、容疑も二転三転。

終盤に入って、ひとつの気付きが状況をがらり、と変化させる。複雑に見えたものが、とてもすっきりとした形に収束していくのだ。これぞパズラーの醍醐味であるよね。容疑者の範囲は限られたものであるが、その上での意外性の演出も決まった。
さらに物語としての終結も簡潔でスマート、粋だねえ。

あまりに洗練が過ぎて地味に感じられるくらいでありますが、実に良く練られたミステリでありました。

2025-08-30

Cal Tjader / Amazonas


カル・チェイダーはリーダー作の数が少なくないので、キャリア全体をわかろうという気は起りません。けれど、ハズレが少ないという印象はあるので、見かけたらとりあえず聴くようにしています。

「Amazonas」は1976年の作品。カバー表に「Produced by AIRTO」と書かれているようにアイアート・モレイラ制作で、参加ミュージシャンもその人脈のようです。アレンジャーはジョージ・デュークで、彼も演奏に入っています。
音楽の方はこの時代らしいブラジリアン・フュージョンで、シンセが活躍するもの。主役のチェイダーさんはマリンバ、ヴァイブを使い分けています。が、マリンバのまろやかな質感は、派手目の音作りにおいてはやや厳しい。決してサウンドの中に埋もれてはいないし、テーマにソロにと見せ場は十分に与えられているのだけれど、曲を聴き終えたときに耳に残るのはシンセの響きなんですね。なんだか、アイアートとジョージ・デュークが仕切るバンドにひとり、ゲストとして入っているような感じ。
一方で、ヴァイブになるとサウンドにしっかり混じり合っている感じがして、違和感がない。特にやや落ち着いたメロウな曲になると主役感がちゃんと感じられます。

音楽そのものは耳当たりがよく恰好いい、涼やかな一枚で、この夏はずっと聴いていました。売れてる若いやつらに任せてみたよ、みたいなものだったのかもしれませんが、チェイダーのリーダー作である、ということにさほど重きを置かなければ、とてもいい。

ところでCDサイズだとわかりにくいのだけれど、このカバーアート、イラストなのね。一見、船体のようなのは巨大な楽器群という変なセンスであります。