2024-06-16

笹沢左保「他殺岬」


フリーのルポライターである天地昌二朗、その息子が誘拐される。犯人は電話で身元を名乗った上で天地に、お前の書いた記事のせいで自分の妻は自殺したのだ、その復讐のために五日後、お前の子供を処刑する、それまで苦しむがいい、と告げる。
営利目的でもなければ警察に捕まることも恐れていない誘拐。息子の命を助けるために天地が取った行動は、犯人の妻の死は自分のせいではなく、実は他殺であると証明することであった。


1976年長編。誘拐物でありタイムリミット・サスペンスでもあり、なおかつ本筋はフーダニットであります。
主人公の天地は件の事件を他殺と仮定し、その容疑者をリストアップ。事件当時の行動を洗い出し、不審なところがないかを調査。それとは別に、天地の息子が通っていた保育園で起こった殺人事件もあって、それがどう絡んでくるのか。

状況が状況だけに天地は、深夜帯以外はノンストップで調査を続ける。また、この作品はほぼ天地の行動のみを追って書かれているので、話が一切、脇に逸れることなく、ぐいぐい進んでいく。
また、容疑者のアリバイ崩しの過程で、それとは別に真相へつながる伏線を仕込んでいくという丁寧設計であり、頭から尻尾まで捨てる所が無い。
なお、推理の転換点がいくつかあるのだが、そのきっかけとなるのは些細な違和感であって、そこから仮説を立てるとうまい具合に裏付けが見つかるという具合で、やや都合が良すぎるのは否めない。ただ、この作品のもつスピード感にはそれが合っていると思う。

登場人物が限られていることもあって、読みなれていれば真犯人の見当をつけることはできるかも。けれど、この作品ではそこからさらにもう一歩展開があります。

とにかくアイディアの量と、型にはまらないプロットの意外性が素晴らしい。話が出来過ぎているところも目立ちますが、人工性の強さは作者の持ち味でもあろう。面白かったです。

2024-06-15

アリステア・マクリーン「北極基地/潜航作戦」


北極にある英国の気象観測基地ゼブラで大火災が起こった。生き残った人々を救出するため医師カーペンターは、米国が誇る原子力潜水艦ドルフィンに同乗。ただし、彼には北極へ向かうのに、表向きのもの以外にも秘密にせねばならない任務があったのだ。


1963年長編。北極での自然を相手にした命がけの闘いがとにかく過酷きわまりない。徐々に困難のレベルが上がっていくことでリアリティを確保、緊張感を持続しながら読み進められます。さらに潜水艦にも絶体絶命の危機が襲い掛かり、極限状態にさらされ続けた登場人物たちはみんなフラフラ。果てに死人も出ます。
それでも雰囲気が必要以上に重くなり過ぎないのがいいところで、これは潜水艦の艦長以下、米国人の乗組員たちのキャラクターによるところが大。緊急時でも軽口を叩き、ドライな態度を装うプロフェッショナルたちが恰好いいのです。

密度の高い冒険小説であることは間違いないですが、それ以外の要素が隠されていることは、はじめのうちからほのめかされているわけで。カーペンターは潜水艦のトラブルや観測基地の火災の原因に人為的なものを嗅ぎつけます。犯人を見つけるべく行動を起こすが、彼自身も無事では済まなかった。
災害の影に暗躍しているのは誰か。サスペンスとフーダニットとしての興味が絡み始め、おかげで単調に陥ることがないのです。
ただ、すこしケチをつけると、北極基地に到着してから登場人物がいきなり増えて、区別が大変。気にせず進めようとしても、火災時の人の出入りが非常にミステリとして重要になってくるのでそうもいかず。図面を書いて整理しながら読み続けました。

そうして終盤にはいよいよ、全ての謎が明らかにされます。まさに「名探偵、みなを集めて…」をやるわけです。推理そのものはそう厳密ではないのですが、周到な伏線とプレゼンテーションによって、スリリングな展開が存分に楽しめます。
事件の背後にあったのはいかにも冷戦以前らしい図式で、今読むと単純に過ぎるかもしれませんが、おかげでエンターテイメントとしてはすっきりと後味良いものになっているかと。