2024-09-16

カーター・ディクスン「五つの箱の死」


テーブルを囲んで座っていた4人はみな、意識を失っていた。3人は毒物を飲まされ、あとのひとりは刺殺されていた。現場の建物には監視がついていたにもかかわらず、重要な関係者がひとり、姿をくらましてしまう。また調査の結果、毒物は4人の使ったタンブラーやグラスより発見された。しかし、誰にも毒を投入する機会はなかったようなのだ。
一方、被害者が弁護士事務所に預けていた五つの箱、その中身が盗難にあっていた。それらの箱には犯罪の証拠が入っていたというのだが。


1938年、ヘンリー・メルヴェール卿ものの長編。「ユダの窓」が出された年でもあり、脂の乗ったカーが堪能できます。派手な導入から展開が停滞することなく、ぐいぐい進んでいく。

不可解に見えた殺人現場の謎には実は穴があって、中盤あたりから底が割れてくるのだけれど、次々に新たな事件が起こって興味をつないでいきます。
とにかく読者を退屈させないのですが、謎がいくつも後から出てくるため、肝心の殺人事件についての調査がややおざなりに感じられるほど。

真相のほうはきわどい線を狙った意欲的なもの。難があるとすれば犯人と指摘された人物の存在感がまったく無かったため、真相判明に伴うはずの衝撃が肩透かしのようになっているということ。もっともHM卿によるロジックはしっかりしたもので、伏線の妙を堪能できます。
また、毒のトリックは今となっては古典的な手段ですが、この時代には新たな創意だったのかも。その可能性を気取らせないためにある描写が省略されていたこともわかります。この辺りの苦心が逆に楽しい。何より、そのトリックが犯人の絞り込みに直結しているところが素晴らしい。

山口雅也氏の煽り文句のせいで、きわものではないかと読む前は却って腰が引けていたのです。正直カタルシスには乏しいですが、細部までよく考えられた作品であって、楽しめました。

2024-09-05

平石貴樹「葛登志岬の雁よ、雁たちよ」


2021年発表、函館周辺を舞台にした、フランス人青年ジャン・ピエールが探偵役を務めるシリーズの三作目。

前二作と同様、死体が複数転がりますが、今作では個々の事件の関連を主張するように、それぞれの死体の額に同じかたちの傷が付けられているのです。さらに、犯行のひとつが行われたのは準・不可能状況といえそうな場所であります。
また、それらとは別に二十年ほど前のものと思われる白骨体が発見されていて、果たしてこれは本筋にどう繋がってくるのか。とりあえず謎には事欠かない。

取っ掛かりの事件については、ある程度ミステリを読んできたひとなら、大雑把な当たりは付けられるかも。ただ、それと他の事件との結びつきを見出すのはそう簡単ではない。個々の物証にこだわっていても、全体像はなかなか見えてこない。過去に根をもつ人間関係のややこしさが現在の事件のありように反映されているようなのだ。
ようやく周辺的な事実が判明し、さてこれがどう……そう思ったタイミングでジャン・ピエールが絵解きを始めてしまった。

冴えたロジックにより動機が導かれ、並行して事件の流れが再構築されていく。その過程で浮かび上がってくる、さりげなく配置されていた伏線の数々が凄く鮮やかであります。何度も唸っちゃった。
そして謎が解かれることで、ある人間像(といっていいのか)が立ち昇ってくる。これはずーんと来ますね。

みっちりとしたパズラーを堪能しました。抜群。