2025-04-19
ポール・アルテ「あやかしの裏通り」
フランスでは2005年に発表された〈名探偵「オーウェン・バーンズ」シリーズ〉もの。わたしはポール・アルテについては早川のポケミスで出たものしか読んでいなくて、こちらのシリーズは初めてです。このオーウェン・バーンズものは、本国ではすでに長編8作(といくつかの短編)で完結していて、これはその4作目にあたるらしい。
20世紀初頭のロンドンを舞台に鬼面人を驚かす、という言葉がふさわしい怪現象が語られる。街の通りがひとつ、(そこにいた人々もろとも)まるまる消失するというのだ。屋敷が消える、というのは前例があるが。しかも一晩経ったら消えていた、というのではない。その通りから出た数分後には無くなっているのだ。
具体的な事件としては現象の目撃者の失踪、行方不明くらいしか起こっていないため、はじめはオーウェンによる捜査もいまひとつ焦点がはっきりしないのですが、話が進むにつれて次第に解決のハードルになるものが浮き彫りになっていきます。
また、通りの消失には別の不可解な現象もセットになっており、その現象が意味するところも次第に明らかになるのだが、むしろ謎としてはこちらの方がずっと凄く、逆に全てが合理的に説明されるかどうかがわからなくなってくる。
明らかにされるトリックは大がかりで、わざわざここまでやる必然性があったのか(いや、ない!)というくらいのもの。しかし、何しろ謎のほうも大きいので多少の無理は気にならないし、基本になっているアイディアそのものはとてもシンプルで理解しやすいものであります。
そして、不可能トリックだけでない、事件の真相はとても奥行きのあるものです。細部の処理が相当に大雑把なので読者が推理するのは無理と思いますが、その分、予想だにしない展開が楽しめます。
読み終えてみれば舞台設定が作品世界にぴったりで。現代的に練られたプロットと古典風の趣向が混然一体となった、愉しい作品でありました。
2025-04-05
劉慈欣「三体0 球状閃電」
〈三体〉シリーズの番外編のようなタイトルですが、中国では2004年と『三体』よりもこちらの方が発表されたのは先であって、「三体0」というのは我が国で出版される際、独自につけられたもののよう。
今作の中心にあるのは「球電」という物理現象。これは架空のものではなく、雷雨時にまれに観測されることがある、実際に存在する現象なのだが、その発生原理等、詳しい実体は分かっていないようだ。この球電現象を取りつかれたように研究を進めている青年、陳(チェン)が本作の主人公となります。彼は球電によって両親を失ったのだが、それに関連するような神秘的な体験もしていた。
この陳の研究をサポートするのがヒロイン、林雲(リン・ユン)。技術者であり軍人でもある彼女は、球電に観察される特質に兵器としての大きな可能性を見出しているのだ。
陳のひらめきに、軍のバックアップもあって球電の性質に関する研究はある程度のところまで進むのだが、やがて壁に突き当たる。そこで招へいされるのが他の研究者とは隔絶した存在──作中では超人と形容されている──丁儀(ディン・イー)です。これが作品全体の半分くらいのところ。丁儀は〈三体〉シリーズでも登場しますが、そこでの陰影のある人物とは違い、ここでは少し奇矯なところがある、いかにも天才らしいキャラクターとして描かれています。
丁儀によって球電の研究は加速がついたように一気に進められ、俄然面白くなってくる。そして、球電の本質についてとんでもない仮説が提唱されます。ここが本作の肝ですな。センス・オブ・ワンダーとは法螺話と紙一重なり。この作品の世界が〈三体〉のそれと地続きであると思い知らされるスケールの大きさ、楽しさであります。
作品の後半に入ると戦争の影響が大きくなり、雰囲気が重苦しいものに。そんな中でもアイディアはさまざまな方向へと発展していくので、読む手は止まりません。
まあ何というか、大したものだ。登場人物たちの意図を越えて展開し、なおかつエンターテイメントとして着地を決めてくる。はっきりとは書けませんが、終盤の解決からは『三体II 黒暗森林』と似たテイストを感じました。
結末はファンタジーの領域まで踏み込んだようで、好みは分かれるかもしれませんな。
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