2016-09-19

レオ・ブルース「ハイキャッスル屋敷の死」


過去に犯罪捜査に関わり、それを解決してきた実績のある歴史教師、キャロラス・ディーン。彼のところに校長であるゴリンジャーから事件が持ち込まれる。ゴリンジャーの旧友で成り上がりの貴族、ロード・ペンジに何者かが脅迫文を送りつけてきたというのだ。社会的な成功者が妙な手紙を受け取るのはよくあること、と一度はその依頼を断ったディーンであったが、やがて本当に殺人事件が起こってしまう。


1958年に発表された、キャロラス・ディーンものの第五長編。
お屋敷内での犯罪を扱っていて、『死の扉』『ミンコット荘に死す』と比べると物語の雰囲気はやや重ためです。
また、翻訳のせいか、特に前半の文章が読みにくい。ロード・ペンジの台詞は精確なのだろうけどまるで学校の授業での和訳文のように堅苦しいし、厩番のもってまわった言い回しはユーモラスな要素のはずなのに、いまひとつ伝わってこない。

犯人はかなり見当が付きやすい、というか、そもそも隠そうとしていないように思えます。ミスリードもとって付けたようにわざとらしいし。実際、ディーンも早々と真相に辿り着いたようなのですが、物証に欠ける上、関係者たちにとって胸糞悪い事実であるため、自分から明らかにするのには気が進まない様子。
そのうち物語が後半に入ると事件に新たな展開が生じます。そして、そこからがこの作品の肝でしょう。古典的な探偵小説に見えたものが後から付け足された要素によって妙なものになっていくという。

正直言ってコンセプトは面白いけれど、批評性が突出してしまっているようで十分な効果は上がっていないという感じです。謎解きにもちょっと雑なところが目に付くかな。

2016-09-12

The Beatles / Live At The Hollywood Bowl


ハリウッド・ボウルというと昔から "Things We Said Today" がお気に入りであります。サード・アルバムの中ではやや地味な存在であった曲が、ここではまた違った魅力を感じさせてくれます。ライヴでの演奏は全体にスタジオ録音よりもラフでルーズなのだけれど、この曲においてはそれが良い方向に作用しているよう。

今回のリリースは1977年のアルバムの改訂版というより、パッケージから明らかなようにドキュメンタリー映画のコンパニオン・ディスクとしての意味合いが強そうだ。要は独立した商品としてリリースするには(ビートルズのものにしては)弱い、ということか。けれど、ずっと放置されてきたこのタイトルを、ちゃんとしたひとつの作品としてブラッシュアップしてくれてよかったとは思います。
どうせなら全録音をリリースしろ、なんて意見も見かけますが。ボーカルや片方のギターがまるっきり欠落しているものや、演奏そのものがぐだぐだのものまで出したところで、やっぱり批判されるに決まっているのな。

サウンドのほうは非常に迫力があるものになっています。ただ、3トラックという元々の録音の限界でしょうが、ベースギターをくぐもった音のままで大きくミックスしているので、ブーミーな感じもあるかな。再生する音量の大きさでも結構印象が違ってきます。
実際、ブートレッグやファン制作によるリマスターには、もっとすっきりとして聴きやすいものも存在しますが、ロックンロールバンドとしての格好良さでは今回のリミックスが最上ではないでしょうか。"Dizzy Miss Lizzy" や "Boys"、あとボーナス追加された "You Can't Do That" なんて実にライヴ映えしていますね。

2016-09-11

ヘレン・マクロイ「ささやく真実」


美貌と財産を持ち合わせ、騒動を招いては新聞のゴシップ欄を賑わすような存在のクローディア。彼女は新開発された強力な自白剤を手に入れると、それを自宅でのパーティで出すカクテルの中にこっそりと混ぜ、来客たちに飲ませた。大暴露大会をながめては自分だけが楽しむつもりだったのだが、やがて雲行きが怪しくなり……。


1941年発表になる第三長編、ベイジル・ウィリングもの。
今作ではまだオカルト的な味付けはなく、心理分析の要素も控えめ。とても真っ当なフーダニットという印象です。
一見、悪女とその被害者たちという定型的な物語のようで、実はそれぞれのキャラクターたちが一筋縄ではいかない面を明らかにしていく、という展開が面白い。

ミステリとしての切れもいい。容疑者の範囲は限られているものの、誰が犯人であってもおかしくない。そんな状態で明白なひとつの事実から、犯人をダイレクトに指し示していきます。
また、真の手掛かりと背中合わせになったレッド・ヘリングがとてもスリリングで。見当違いの線を追っていたのか、といったん思わせておいてからの反転が格好いい。
伏線はいつもながら行き届いているし、なにより解決編全体がひとつのドラマとして良くできているのだなあ。

創元推理文庫からは次に、第二作「The Man in the Moonlight」の翻訳が予定されているそうで、楽しみであります。

2016-09-06

マージェリー・アリンガム「幻の屋敷」


アルバート・キャンピオンが登場する短編を日本独自に編纂した作品集、その第二弾。今回は1938~55年に発表された作品が収められています。
しかし、どういうことなんでしょうね、これは。時代が進んでいるにもかかわらず、前に出た『窓辺の老人』とあまり印象が変わらないんですね。のどかというか、シンプルというか。

すごく読みやすいんですよ。導入がスムーズで、語り口はおだやかなユーモアをたたえたもの。謎も魅力的で、かつわかりやすい。
その一方で、解決部分はうまくいっていないものが多い。証拠には後出しっぽいものが目立ち、シャーロック・ホームズの時代ならともかく、という感じです。
屋敷の消失という大ネタを扱った表題作「幻の屋敷」なんて、凄くいいアイディアで実際、面白いのだけど、推理というより種明かしをされているようなのが惜しい。

そんな中で、例外的にしっかりと構築されているのが「ある朝、絞首台に」。1950年に発表された作品ですが、まるで黄金期のようなオーソドックスさ。行方不明の凶器の謎を扱いながら、人間性の問題を絡めることでミステリとしての奥行きを感じさせるものになっています。
また、「見えないドア」「キャンピオン氏の幸運な休日」のような10ページ前後の小編になると、たとえ推理の余地が少なくとも、スムーズな流れに乗せられて意外な顛末を楽しむことが出来る。

個人的に一番面白かったのが、ひとを喰ったような犯罪計画の「機密書類」という短編。いってみればアリンガム版「赤毛組合」なのだが、犯人の奇妙なキャラクターが印象的だし、大詰め前の作戦会議におけるダブル・ミーニングもフックになっている。こういうちょっとしたプラスアルファによって、作品にいわく言いがたい魅力が生まれていると思う。

シリーズ探偵を据えてはいるけど、必ずしも推理の物語を志向しているわけではないのだな。その辺りを抑えておけば肩が凝らず、楽しい読み物ではあります。

2016-09-04

法月綸太郎「挑戦者たち」


基本的にこの作者の小説はとりあえず出たら買って読むことにしているので、内容の方は確認していなかったのだが。ページ数のわりに値段が高いね。
それはともかく、本作はミステリでおなじみの〈読者への挑戦〉を99種類の文体でもって提示する、というもの。そのスタイルは先行作品の文体模写から、一般的に日常生活の中で目にする文章のパロディまで。
帯裏には「さて、この面白さがどこまでわかるかね」という挑発的なフレーズが書かれていますが、決してわけのわからない作品ではありません。ただ、ミステリファンでないとわからないアイディアは満載されているけれど、その面白さは必ずしもミステリ的なものとは限らないので、読者を選ぶ作品ではあるかも。

実際、やっていることは懐かしさすら感じるようなものだと思う。しかし、何を器としてチョイスするか、そしてそこに何を盛り込むか、が実に楽しい。「次はこうきたか!」という驚きや、あるいは巻末の参考文献を見て「なるほど、これだったのか」というものも。
内容のほうも〈読者への挑戦〉をはじめとするミステリについての考察や、ミステリ風コントをして読めるものが散りばめられていて、一筋縄ではいかない。
中でも瀬戸川猛資のスタイルで語られる「42 挑戦状アレルギーの弁」はエドマンド・クリスピンを取り上げながら、まさに本家ばりのミステリエッセイとして面白く読めるものになっています。

きっと楽しんで書いたのではないか、そんな稚気を感じました。なんだか筒井康隆っぽくて、好きだな。

2016-08-20

Ruby and The Romantics / Our Day Will Come


毎年、夏になるとよく聴くのがこれ。
ルビー&ザ・ロマンティクスが1963~66年、Kappレーベルに残した音源からの2枚組コンピレイション。副題には「Very Best Of~」と付いていて、42曲も入っていますがコンプリヘンシヴであってもコンプリートではない。まあ、個人的にそこまでのこだわりはないし、シングルA面曲が網羅されていれば良いかと。それよりABCに移籍してからのマテリアルがさっぱりリイシューされないことのほうが気になる。

このKapp時代のアレンジャーはモート・ガースン、目ぼしいシングル曲は彼とボビー・ヒリアードか、もしくはヴァン・マコイが作曲したものですね。一方でアルバムのための曲は古いミュージカル曲ばかりとあって、まあわかりやすい商売ではある。
そして、主役であるグループのスタイルはドゥーワップをベースにした男声コーラスに、癖がなく丁寧な女声リードが乗っかるもの。昔、国産レコードのジャンルに「ポピュラー・ボーカル」という呼称がありましたが、まさにそんな感じ。


要は、その端正なボーカルも込みでのサウンド構築が良いのだなあ。深いエコーにきらきらした鉄琴、彩りとしてのオルガン。ちょっとラテンが入ったようなリズムのものもありますが、曲調はゆったりとしたものばかりであって、飽きたとしても、それはそういうものなのだ、と思う。
"Baby Come Home" なんてドリフターズのスタイルをそのまんま持ってきたような曲だが、これも穏やかな印象でいかにもな仕上がりです。
涼しげで押し付けがましさのないポップ・ソング集。

2016-08-19

アガサ・クリスティー「バートラム・ホテルにて」


姪の心遣いによってロンドンの歴史ある高級ホテルに滞在することになったミス・マープル。ホテルはまるでエドワード朝を思わせる落ち着いた雰囲気があり、サービスも申し分なく、マープルはそこでの生活に満足していた。だが、その一方で大規模な犯罪機関がこのホテルと何か関わりがあるのではないか、と警察が調査に乗り出し始める。


1965年発表のジェーン・マープルもの長編。
あからさまに疑わしい行動をする人物は出てくるものの、事件らしいことはなかなか起きません。列車強盗やらある人物の失踪など、いくつかの筋が平行して語られていき、どういう種類の物語なのかが見えないまま物語は進んでいきます。

全体としてみると、謎解き要素の薄いスリラーというところ。マープルは出てくるけれど大して推理をするわけではなく重要な証人といった役止まりであって、この作品での主役は警察官ということになります。また、真相は意外なものでありますが、組織的な犯罪を目くらましにした、それとはまったく関係のない個人的な事件というのは以前の作品でも使っていた構図です。
クリスティが年をとってからの作品の例に漏れず、プロットはゆるゆる。しかし、舞台やキャラクターの書き込みがしっかりしていて、それが真相が判明したときの説得力に結びついています。

古き良き英国を賛美しているように見せて、実は時代の変化に向き合った作品であります。幕切れもこれまでのクリスティにはなかった種類のものですね。