この年間アンソロジーも十年目か。
法月綸太郎 「サソリの紅い心臓」 ・・・ 事件の関係者の直接の描写がなくデータは全てが伝聞で与えられる、ガチガチのパズルストーリー。けれども、書き振りにゆとりがあるせいか息苦しいものになっていないのは、流石。 限られた容疑者の中からロジック操作でもって真犯人を絞り込む、その手つきの冴えが見どころ。
山田正紀 「札幌ジンギスカンの謎」 ・・・ 限られた紙幅のなかに、これでもか! というくらいのアイディア・奇想が詰め込まれていて、圧倒される。ただ、色々ぶち込みすぎたせいか、手掛かりや推理には無理が感じられるし、小説としてもゴタゴタしているような。ベテランらしからぬ稚気は嬉しいけれど。
大山誠一郎 「佳也子の屋根に雪ふりつむ」 ・・・ まるで戦前の探偵小説のような、書割りのような作品世界での不可能犯罪。大山誠一郎を読むのは久しぶりだけれど、まったく作風にブレがない。マニアによるマニアのための小説かもしれないけど、それをよしとするだけのレベルにはあると思う。
黒田研二 「我が家の序列」 ・・・ この作家が得意とするミステリと人情噺を絡めたもの。隠されていた構図は結構読めてしまうけれど、その分、小説としてのまとまりがあります。現実的な舞台でのいわゆる日常の謎が、不思議とおとぎ話のように感じられる締めくくりがいい。
乾くるみ 「《せうえうか》の秘密」 ・・・ 暗号もの、それも凝りに凝った。キャラクターは爽やかな学園青春作品なのに、一般受けはしそうにないややこしい作品ではあります。判りやすく、しかも面白い暗号ものというのは難しいのだろうな。ところで、この京都弁は微妙な笑いを狙ってると思うのだけど。
梓崎優 「凍えるルーシー」 ・・・ これは再読でしたが、驚愕の真相に異様な動機、それを大胆に潜めるテクニックと、やはり大した新人が現れたという感に変わりはないですね。探偵役の勘が良過ぎる気はするが。
小川一水 「星風よ、淀みに吹け」 ・・・ SFプロパーによる、かっちりした近未来フーダニット。犯行方法の意外性が素晴らしいですが、ミステリ的なケレンが弱いため、このアンソロジーで読むと損をしているような感じも。
谷原秋桜子 「イタリア国旗の食卓」 ・・・ 毒殺トリックの新たなバリエーションが楽しめます。トリック実現の困難さを小道具や細かい手掛かりでもって丁寧にカバー。小さな点どうしを結んでいくうちに、いつのまにかありえないような場所に到達する、というのも探偵小説の醍醐味のひとつであります。
横井司 「泡坂ミステリ考 - 亜愛一郎シリーズを中心に」 ・・・ 評論ですが、個人的には社会状況の中でミステリがどのような意義・効果を持ちえるのか、的なことには全く関心が沸かないのね。批評的な人間じゃないもんで。
前年の『本格ミステリ'09』を読んだときはそろそろマンネリかな、という気がしたんですけど、今回は安心して読める作品揃いながら、ちょっと新味もあって持ち直した印象。けど、収録作品数は今までで一番少ないんだよな。
2010-07-17
本格ミステリ作家クラブ 選・編「本格ミステリ'10」
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