2019-06-17

ダシール・ハメット「血の収穫」


田口俊樹による新訳。この作品を最初に読んだのは田中西二郎が訳した版だった。後になって小鷹信光による訳文も出て、もうそれで十分だと思っていたのだが。小鷹訳からも既に30年経っているのね。

『血の収穫』は1929年に出されたハメットの長編第一作。物語の多くの部分はギャングの抗争のようなものであり、相当に荒っぽい。語り手である「私」──コンティネンタル・オプが結末で普通の日常に戻っていくことに違和感を覚えるほどである。ただ、「私」が法の向こう側に行ったきりであったら、それはノワール小説なのだけれど。

何もかもが腐敗しているポイズンヴィル。「私」は一介の調査員に過ぎない存在だが、恐ろしいまでの才覚と度胸を武器に街の顔役たちを嵌め、互いが対立するように仕向けていく。そして、ある時点でそれまでかろうじて成り立っていたバランスが崩れる。「私」の策略通りではあるが、もはや「私」にも事態のコントロールはできなくなる。また、「私」自身も状況に飲み込まれており、もはや自分で無いような感覚で、いったん理性のたがが外れたようになる。
しかし、なんとかぎりぎりのところで踏みとどまり、自分を取り戻したあかしを立てるように抗争の最後を見届け、更には殺人事件の謎解きを行う。見方を変えれば、謎解きをしっかりと書き込むことでハメットは、「私」というキャラクターを表現したということになりそうだ。

今回改めて読んでも、単純にエンターテイメント小説として面白い。その上で、後半の展開──スタイリッシュなクライム・ノベルがその形を一気に崩していくダイナミズムは異様だと思った。これはやはり『マルタの鷹』や『ガラスの鍵』のような三人称小説では描きえなかったものだろうな。

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