2019-09-17

法月綸太郎「法月綸太郎の消息」


随分久し振りになる探偵法月ものは中短編4作品を収録した作品集。


「白面のたてがみ」
ホームズ譚中、「白面の兵士」と「ライオンのたてがみ」は何故名探偵の一人称で語られたのか。出来がいまいちな二作品を俎上に載せたディスカッションが展開される一編。
チェスタトンのガブリエル・ゲイル短編についての気付きから始まる推理はおそろしくスリリング。なおかつ、その推理を一旦ペンディングするバランス感覚も素晴らしい。
一方で、ドイルやチェスタトンに大して関心のない読者はどう感じるだろうか。いずれにせよマニア向けであるのは確か。
振り返ってみれば作品の書き出し部分の文体には、なるほどそういうことか、と思わされる。

「あべこべの遺書」
ふたつの遺体、ふたつの遺書、だがその遺書が入れ替わっていたら?
『退職刑事』の形式(立場は逆だが)を使って語られる事件は、その設定もいかにも都筑道夫を思わせる不可解なもの。法月警視が(先入観を与えないという建前で)情報を小出しにしていくことで、推理のスクラップ&ビルドも可能になっている。推理の飛躍が起こるときの根拠がやや乏しいところも本家『退職~』並みではあるけれど、細かい証拠の符合は気持ちいい。

「殺さぬ先の自首」
これも安楽椅子探偵もので、『退職刑事』シリーズを思わせるような(というか、あとがきによればまさにそこから取ってきたそうだ)道理に合わない謎。
見かけはフーダニットだが、事件の構造、というか何が核心なのかは普通に考えていてもわからない。要は奇妙な論理ものなので、その程度によってはパズラーの範囲から少しはみ出ているかもしれない。
はたして作品の主眼はどこにあるのだろう。

「カーテンコール」
100ページちょっとと、本書では一番分量がある作品なのだが、クリスティのある作品について新たな仮説を打ち出し、それを検証していくという内容。ほぼ全編にわたりディスカッションが繰り広げられ、小説の形式をとったクリスティ論、といったおもむき。
いくつかの作品の結末に言及されているし、クリスティに親しんでいないと全く意味不明かもしれない。わたしはこのブログにクリスティのミステリ作品はおおかたあげていたのだが、そんなに細部まで覚えているわけではない。
しかし、ここで主張される説、そしてロジックは目茶滅茶面白い。


この作者らしさは堪能しましたが、「カーテンコール」以外はちょっと小粒かもね。
なお、帯によると12月に角川から『赤い部屋異聞』というタイトルの作品集が出るそうで、こちらも楽しみ。

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