2020-03-10

マーガレット・ミラー「鉄の門」


ミラーの初期(1945年)長編の新訳。ハヤカワ文庫で読んでいるはずだが、大昔のことなので内容は完全に忘れていました。

さて、初期とはいったものの、既にして恐ろしく周到に組み立てられた作品であります。
不安な心理を持つ女性が物語の中心にいるのだけれど、三部構成のそれぞれにおいて、その彼女が全く別の属性で登場する。これが抜群に巧い。それとともにミステリの性質そのものが丸っきり違っているのだ。書き方こそ後の時代にニューロティック・スリラーと呼ばれるものだけれど、ずっと謎に対する意識が強い。

殺人事件をめぐるフーダニットではあるけれど、もっと大きな秘密があるのでは、という興味があって。充分な手掛かりをこちらに与えないままでありながら、ぐいぐいと引っ張っていく。その中で、ジャンル読者のぼんやりとした予想を断ち切る展開、何食わぬ顔のまま爆弾を放り込むタイミング、もう一切の弛みがない。
さらには妄想と現実的なやりとりが間断なく流れるうちに、ばんばんと伏線を投げ入れる。その手つきは(後から見返してみると)あまりに大胆。

ファンタスティックな領域にまで片足を突っ込みながら、綺麗な形に収拾する結末はあまりに見事であります。
心理的な部分に整合性を求める向きには納得行かない部分もあるかもしれないが、個人的にはそのことが些細に思えるほどにオリジナルな創意が優れたミステリでありました。や、凄いねミラーは。

2 件のコメント:

  1. こんにちは。
    ずっと読みたかった「鉄の門」嬉しい新訳刊行でした。
    傑作の名に恥じない長編ですね。
    未訳長編まだまだあるようですが、翻訳されませんかねえ。

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    1. コメントありがとうございます。「鉄の門」はトリッキーなサスペンスが好きなむきには面白い作品だと思います。

      ミラーの場合、最上の部類の作品はもう全て邦訳されているのかもしれません。
      ずっと未訳であったものが紹介されても、正直、内容に緩いところがあったりして、大きな評判にはなっていないので、結果、さらなる作品へと繋がらないのが難しいところです。

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