2024-07-22

ジョン・ディクスン・カー「悪魔のひじの家」


カーの作家キャリアでも終盤にあたる1965年に発表された、ギデオン・フェル博士もの長編。
幽霊が出るという屋敷、そこで起こる密室事件という設定で、大筋で見ればあまり新規なところもない、手慣れたものと言えましょうか。訳ありのヒロインがひとりで苦悩しては、主人公の男を遠ざけようとするとする、うざいやりとりも何度読んできたことか。

今作での幽霊は何度も目撃され、屋敷の鍵のかかったドアや窓からも出入りする。さらに、この幽霊は住人たちを怯えさせるだけでなく、物理的な実態も備えているようで、拳銃を使ったりもします。

事態が深刻になるのが文庫で200ページ近くになってからで、それまでも事件は起こっているのだが、大きな被害が出ていないため警察への通報には至らず。関係者たちの本心を隠したような謎めかしたやり取りばかりを読まされ、ちょっと疲れてくる。
また、舞台となる屋敷のつくりがわかりにくい。通路の右側には、とか左にはとか書かれていても、そもそも人物がどちらを向いているのかが知る由もないため、理解するのにいちいち手間取る。図面を付けると都合が悪いことでもあるのだろうか。それ以外にも、科白が説明的すぎて、わざとらしいところが目立ち、歳をとって小説が下手になったのでは、と思ってしまう。
メインとなる事件が起こると、別件で呼ばれていたというフェル博士がすぐに登場。そこからようやく、状況が少しずつ整理されていきます。

真相は相当に意外なものであります。最初の襲撃がまるごと誤導のためにある、という趣向は凄い。もっとも、それを実現するための手段はあこぎなもので、人によっては許容できないだろう。
ともかく、説明されてみれば無駄に感じられた饒舌のなかに手掛かりが隠されていたことがわかります。あからさまな伏線もあって、それを巡る推理も面白い。 その一方で証拠は弱いし、密室トリックはたまたま成立した、という類のものであって、納得感は薄いな。

解決編は面白く読めますが、そこへ辿り着くまでの文章に締りがない、という感想です。とはいえ、真っ向勝負のミステリではあります。

2024-07-15

劉慈欣「三体Ⅲ 死神永生」


三部作の完結編であります。帯には「三体vs地球 最終決戦が始まる!」の文字。どうしたの、第二部の最後で地球と三体世界は仲良くなったんじゃなかったの、とも思いますが。こうしないと話が続かないね。

今作は導入からして前二作とは少し変わっています。『時の外の過去』からの抜粋という文章が置かれており、その中で「以下に語る出来事は、過去に起きたことではなく、いま現在起きていることでも、未来に起きることでもない」とあって、なんだかメタフィクションっぽい。この、物語の外側から書かれた文章は、後にもたびたび注釈パートとして入ってきます。

作中時代はいったん、第二部のはじめの頃に戻ります。対・三体世界として面壁作戦と同時に展開されていた計画があったというのです。その中心にいたのが女性の研究者、程心ていしん(チェン・シン)。今作では彼女の視点から、三体世界との関係とそれに伴う地球の変化が語られます。くわしくは言いませんが、地球全体が再びすさまじい災禍に見舞われるのです。ところがその物語は上巻の後半で突然、終わってしまう、そう見える。
地球は相変わらず危機にあるのだけれど、お話はもはや三体世界と関係ないところへ行ってしまう。そして、後半へいくにつれてSFとしての純度もどんどんあがっていく。特に宇宙空間へ舞台を移すことで、制限がなくなったようにスケールの大きなアイディアが炸裂していきます。

なお、程心のキャラクターがあまり能動的なものではないので、途中までは乗りにくいかもしれません。作品の規模が途轍もなく大きくなったため、個人の行動を中心に話を進めることが難しくなり、視点人物には事象の観察者としての役割が大きくなってしまうのも仕方ないところでしょう。

あまりなほどに広がっていく光景に、下巻後半にはもう展開を見守るばかり。いわゆるワイドスクリーン・バロックです。かと言って、まとまりを欠いているわけでもない。とりわけ、途中で落ちていったと思われた要素が忘れた頃に重要なキーとして蘇ってくると、ぐっと来ますな。
そして最後には煙に巻くこともなく、しっかりとした結末へ。メタフィクションではなかった。

三部作中でも特にSFでした。いや、凄いものを読ませていただきました。