2010-03-29

アントニイ・バークリー「毒入りチョコレート事件」


言わずと知れた歴史的作品であります。
もちろん再読なのだけれど、昔は探偵役がロジャー・シェリンガムの作品で邦訳されている長編は他に無かったのです。バークリイ名義のもので他に読めたのは『トライアル&エラー』くらいで、だいぶ後になって『ピカデリーの殺人』が紹介されたわけで、これらはアンブローズ・チタウィックを探偵役にしたものでした。
そのせいか、最初に『毒入りチョコレート事件』を読んだときには、シェリンガムがいかにもな名探偵のカリカチュアで、控えめなチタウィック氏こそが真に優れた謎解き役であるという感想を持ったのですが、ロジャー・シェリンガムがシリーズ探偵であることが判っている現在になって読み返してみると、だいぶ違う印象を受けました。

この作品は、ロジャー・シェリンガムを含む「犯罪研究会」の6人のメンバーが、警察がお手上げになってしまった事件に対し、それぞれの推理を順番に披露していくというお話ですが、メンバー皆が同じ手がかりを基にして推理をしていくわけでなく、先に出された説は後から判明した事実によって覆されていく、という展開が繰り返されます。
この図式だけを見ると、他のシェリンガムものの作品とおんなじで、違うのはシェリンガムひとりで何度も推理をやり直すか、それを6人が交代で受け持つかってだけじゃんと思ってしまいそうですが、そこはうまくしたもの。メンバーそれぞれのキャラクターによって推理の手法を使い分けることで変化をつけ、ほぼディスカッションのみで進行される小説でありながら、全く単調さを感じるところがありません。
中には比較的緩い推理が披瀝される場面もありますが、そこらへんはユーモラスなやりとりでもって充分フォローされており、早い話が抜群に面白い、と。

また作中、推理作家が「技巧的な論証は、ほかの技巧的なものがすべてそうであるように、ただ選択の問題です。何を話し、何をいい残すかを心得ていさえすれば、どんなことでも好きなように、しかも充分に説得力をもって、論証できるものですよ」とうそぶき、複数の違った結論を続けざまに証明する場面がありますが、そこにバークリイの作風というのが凝縮されているように感じます。

それにしても、この作品におけるシェリンガムの推理は素晴らしいものではあります。状況をそれまでと全く違う方から見るやり方といい、些細な事実から一気に犯人を確定する際の迫力といい、堂々たる名探偵ぶりであります(それに対してチタウィック氏の推理は穴が無く手堅いのだけれど、飛躍に欠ける気がします。意外さは用意されていますが)。

再読なので犯人が判っている状態で読みましたが、それでも無類の面白さでありました。

0 件のコメント:

コメントを投稿