2017-05-01

ハーラン・エリスン「ヒトラーの描いた薔薇」


13作品を収録、うちひとつが初訳となる短編集。

作品は発表年代順に並べられているけれど、初期の頃の作品の出来はそれほどではない。モチーフの広げ方がシンプル過ぎるという印象を受けます。
「ロボット外科医」 機械の発達により人間が疎外されていく、というテーマの作品で、今見ると古びてしまっているな。キャラクターが中途半端にリアリスティックで共感が持てなかった。
「恐怖の夜」 これは普通小説。主流マーケット向けに書かれたものですかね。非常にしっかりと書かれているのだけれど、面白かったのかというと、言葉に窮してしまう。物語の締め方に少し個性が感じられるくらいか。
「苦痛神」 神話的イメージと生活感をダイレクトに結び付けたSF。よく考えなくてもそんなたいしたことは言ってないのだが、この大げさでもったいぶったところもエリスンらしさか。
「死人の眼から消えた銀貨」 アンダーグラウンドのO・ヘンリーといった具合かな。切れ味の良い語り口が見所かと。

「バシリスク」 現実の社会問題を背景にしながらも、仕上がりはすさまじい。怒りと暴力。無慈悲な神による壮絶なファンタジー。
「血を流す石像」 非常にパワフルな新時代の生命譚。アタマからケツまで持続するテンションがすごい、とりあえずそれだけなのだけれど。これと「バジリスク」からはもっともらしく、もったいぶったクソに対する猛烈な嫌悪も感じられる。

「冷たい友達」 〈地球最後の男〉テーマを扱った、しかしへんてこなお話。語り口こそぶっきらぼうだけど、奇想に富んでいて、しかもロマンティックでさえある。
「クロウトウン」 これは奇譚というのがふさわしい異様な物語。都市の日常と異界がマンホールひとつで繋がっている。トンネルと子宮というのは珍しくもないアナロジーだが、物語のきっかけと結末がリンクする、そのかたちがとてもエグい。
「解消日」 シンプルなアイディア・ストーリーながら、キャラクターの属性がよくある物語とは逆であることで、希望が感じられるものとなった。この辺りはうまいな。

「ヒトラーの描いた薔薇」 あらゆる道徳・倫理、もしくはシステムがはらむ虚偽に対する怒り、それを説教臭くないかたちで描いた一枚の(しかし広大な)絵画。才気走ったような冒頭から一転、抑えた筆致が素晴らしい。
「大理石の上に」 作中でラヴクラフトやポーの名が出され、ゴシック的な道具立てを持つ作品。登場する巨人はギリシャ神話のキュプロクスを思わせるけれど、物語の結末ではむしろ別の存在であったことが示される。
「ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ」 異世界を舞台にして、どこへとも向かうのかわからない展開の末に明らかにされるセンス・オブ・ワンダー。イメージの広がる瞬間が実に決まっている。
「睡眠時の夢の効用」 本邦初訳となる作品。前半は心理スリラーのようで、じっくりとした描写がとても効いている。ファンタスティックながら痛切極まりない作品で、現実的な結末がなんともいえない余韻を残す。この作品が一番気に入りました。

昨年出た『死の鳥』と比較すると全体としてはやや地味で、華麗なレトリックがこちらを圧倒するようなところはありませんが、その分、この作家の多面的な魅力を楽しむことができるのではないかしらね。

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