2018-09-02

ヘレン・マクロイ「悪意の夜」


夫を事故で亡くしたばかりのアリス。遺品を整理していたところ、「ミス・ラッシュ関連文書」と書かれた封筒が見つかる。おそるおそる開いてみたが、中身は空。そうこうしているうちに息子がタチの悪そうな美人を家に連れてくる。彼女の名前はクリスティーナ・ラッシュだった。そのクリスティーナはアリスの夫とは会ったことがない、と言うのだが。


1955年の作品で、ベイジル・ウィリングものとしては最後の未訳長編ということ。
アリスはクリスティーナのことを疑い、さらには憎みつつも、自分の判断に確信を持てないでいる。さらにはマクロイ作品ではお馴染みのある趣向も出てくる。読者もアリスのことを信用しきれず、どこかでちゃぶ台をひっくり返されそうで、気が抜けない。半ばニューロティック・サスペンスのように物語は進んでいきます。
しかし、なんだか全体に駆け足なのです。アリスはよく気を失い、そのたびに流れが途切れ、展開が変わる。テンポがいいと言えなくも無いが、なかなか雰囲気が醸成されない。また、クリスティーナの悪女ぶりもあまり伝わってこないんですね。実際のところ、アリスが受けた印象以上のものがない。読んでいて、こんなことを言われたら、そりゃあ態度が悪くなっても仕方ない、と思ったもの。

そして、残念ながらフーダニットとしてはごく平凡なものでありました。前半部分の思わせぶりが、それ以上のものではなかったのは痛い。
推理の妙味にも乏しいです。なにしろ容疑者は少なく、誤導も少ない。読んでいくうちに動機のおおよその種類は見当が付くので、自然と犯人も絞り込まれてくる。また、決定的な手掛かりは解決直前まで判明しない上に、最初の事件が犯罪であったという証拠は結局、無いままだ。
一方で、失われた書類のありかは法月綸太郎のある短編を思わせるし、犯人の意図したところが丸っきり裏目に出てしまうところなどは面白いけれど。

サスペンスと謎解きがうまく混ざらなくって、結果、どちらも中途半端になったように思いました。マクロイにしては水準以下でしょう。シリーズ全てを日本語で読めるようになったことはありがたいけれど、残り物には福が、とはいかなかった。

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