2021-12-18
アンソニー・ホロヴィッツ「ヨルガオ殺人事件」
元編集者で今はギリシャに住むスーザンのもとに、イギリスから老夫婦が訪ねてきた。彼らが所有するホテルで8年前に起きた殺人事件にかかわることだという。事件は既に解決していたのだが、最近になって夫婦の娘であるセシリーは真犯人が他にいることに気付いたそうなのだ。しかし、そのことを父親に告げた直後、彼女は行方不明になってしまう。そして、セシリーが真相に気付くヒントとなったのが、スーザンが担当していたアラン・コンウェイの作品『愚行の代償』であった。
『カササギ殺人事件』の続編で、英本国では2020年発表。
解決したはずの殺人事件と、その真相を知ったと思しき女性の失踪。ここを取り出せばありがちな設定である。だが、作中作となる『愚行の代償』が、作中の現実レベルで起きた事件についての取材をもとにして書かれ、さらにはその真犯人を示すような記述があるらしい。
英国に戻ったスーザンは関係者たちの話を聞いてまわる(時にあからさまな敵意を受けながら)。顔のない死体やあまりに怪しすぎる関係者など、ミステリ的な引きには事欠かないのだが、話のテンポがあまり良くなくて、読んでいてたるかったです。
スーザンが『愚行の代償』を再読し始めるのは上巻の300ページほどを過ぎてからだ。作中作『愚行の代償』は1950年代を舞台にしたクラシック・ミステリのパスティーシュ長編で、個人的にはこの部分を楽しみに読み進めていました。プロットの流れといいキャラクターの立ち方といい、オリジナリティには乏しいけれど、外枠の物語よりも魅力的です。
この『愚行の代償』だけを取り出して見ると、犯人はとても分かりやすいのですが、細部の辻褄合わせや動機の持って行き方はうまくいっていて、解決シーンは読んでいて楽しかった。クリスティ作品でいうと中くらいのレベルには達しているかと。
さて、『愚行の代償』を読み終わって、現実の事件のヒントになるようなものがあっただろうか? と考えてみるが、そもそも作中で扱われている事件とスーザンが追いかけている事件には共通点は乏しく、セシリーがどこを読んで「すぐ目の前にあって──わたしをまっすぐ見つめかえしていたの」となったのかも見当がつかない。
ただし、この『愚行の代償』パート以後、話の展開が一気に良くなる。イベントが畳みかけるように起こり、その末にようやくスーザンは真実に思い当たるのだ。
最終的な解決シーンは、名探偵、みなを集めてさてと言い、というやつだ。
スーザンの推理は細かい事実を結び合わせて解釈を当てはめていくもので、確固たる証拠には乏しく、これで有罪にはできないでしょう。あと、『愚行の代償』に隠されたメッセージから即、犯人に結び付けるというのは飛躍があるのではないか。さらに言うと、犯人に思い至ったセシリーが何の警戒もせず、普通に犬の散歩に出ているのはおかしくないかしら。
もっとも、かなり多くの手掛かりがあるべきところに収まっていく様と、ダブルミーニングの連打はとても迫力があり、これで気持ちよく押し切られてしまう。
大きな驚きはないけれど、細かいところまで考えられたミステリだと思いました。普通に面白かったです。
まああれだな、期待が大きすぎたかな……。
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