2022-01-16

有栖川有栖「捜査線上の夕映え」


火村英生ものの新作長編。帯には「火村シリーズ、誕生30年!」とあります。ほぼリアルタイムで読んできたので、まあ、そんなものか、とは思うのだが、一方で、作品内での作家アリスはまだ三十四歳のままであることに、ちょっと驚く。今の感覚では、三十四歳にしてはずいぶん大人であるね、と。

事件は一見、地味でありふれた殺人事件。その実、複雑な時間割とそれによって成り立つ鉄壁のアリバイが立ちふさがる。さらに、死体はスーツケースに詰められていたときて(有栖川版『黒いトランク』か? と思いそうになった)、犯人の行動としても不可解なものがあり、捜査は難航。

関係者・容疑者からの聴取・尋問、捜査会議が繰り返される展開が続き、データは集まってくるものの決め手になるようなものがない。停滞により雰囲気も重くなってくる。
それが後半過ぎになって、物語が少し違うモードに入る。長年の読み手からすると、ああ、ここで何かが起こるんだな、という予感がする。そしてしばらく読み進めると案の定、しかし思いもよらない方向での事実が示されるのだ。見えない犯人ならぬ見えない関係者。火村が「泳がせる」という言葉を使ったのは、この意味で正しい。

最後にたどり着いた解決は複雑なものだ。先に真相に気付いた人間を観察することで、搦め手から細部に肉薄する。普通の謎解きミステリならそんな微妙なところまで判るものだろうか、と白けそうではある。しかし今作では、犯人の行動ひとつひとつに対して心理的な洞察がなされることで、説得力を持って読ませるものとなっていると思う。
個人的には犯人は何故そこまで危険な行動をとりえたか(446ページ)、という部分に唸りました。

物語としては臭くなりそうなところを、ギリギリのところで断ち切って綺麗な形に着地した印象。火村の「俺が名探偵の役目を果たせるかどうか、今回は怪しい」という科白の真意も、実にいい落としどころだよねえ。

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