2023-01-09

エラリイ・クイーン「靴に棲む老婆〔新訳版〕」


1943年長編。
前作『災厄の町』がゆったりと進んでいくリアリステイックなミステリであったのに対して、この『靴に棲む老婆』は逆に振りきったようなプロットで、その複雑さは初期クイーンに戻ったようだ。

舞台はニューヨークであるけれど、物語が展開するポッツ家は『Yの悲劇』のハッター家をアレンジしたような、ちょっとした異世界。どこか世間の常識が通らない、そのことが普通になっている屋敷。そこで起こるのはマザーグースをなぞるような事件だ。語り口もところどころ芝居がかっていて、トマス・ヴェリー部長刑事の科白回しにすら舞台めいたところがある。
肝心の謎も設定にふさわしく、捻ったものであって、なにしろ、実際に銃の引き金を引いて人を殺した男が何の罪にも問われず、他に真犯人がいるというのだから。

あいにく、マザーグースの物語への取り込みはそれほどうまくいってはいない。あとになって取って付けたような感じを受けるもので、捜査側が符合を気にするほどの説得力がないように思う。 また、消えた銃のありかはひとつの見所でありえるのに、わかって見ると肩すかしで、『アメリカ銃の謎』の作者とは思えない謎の扱いだ。

重大な証拠が判明するのが解決編直前なのはパズルとしての弱点だが、それさえ逆手に取ったような解明シーンの盛り上げはさすがのクイーン。推理によってサスペンスが生まれる、その恰好良さよ。
ピースがひとつ入れ替わる、それだけで見えていた図がきわめてロジカルに反転し、また綺麗に閉じていく。このキレこそがわたしにとってのクイーン最大の魅力だ。

物語としての完成度はいまひとつ。けれど、キャリア後期に大きく展開されるテーマを扱いながら、あくまで物証に基づく推理で綺麗にまとめているという点で、やはり見逃せない作品ではあります。
ハヤカワの新訳クイーンも、これで1940年代の長編は全て揃ったので、ひとまずはおしまいでしょうか。

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