2023-07-17

ロバート・アーサー「ガラスの橋」


短編「ガラスの橋」、「51番目の密室」で知られるロバート・アーサー。逆にこの二作品ぐらいしか話題に上がることのない作家ではある。本書は米国で1966年に出されたアーサーの自選短編集、その邦訳であります。収録作品の発表時期には1930年代台から‘60年代とかなり幅があります。
(なお、帯には「エドガー賞2度受賞!」という文字が躍っていますが、その作品が収録されているわけではありません。訳者・小林晋氏の解説によれば、共作のかたちで台本を手掛けていたラジオ・ドラマにエドガー賞を与えられたことが二度あるそうです)


「マニング氏の金の木」 これは『ミステリマガジン700』というアンソロジーで読んだことがありました。どぎついところのない都会的な作品で、短い中で人生が浮かび上がってくる上、ツイストもある。いいですね。

「極悪と老嬢」 ミステリマニアの老姉妹が事件に巻き込まれる、というおはなし。まあ、他愛のないというか、おとぎ話に近い展開なのですが、ユーモア・ミステリとして気持ちよく読めます。

「真夜中の訪問者」 冴えない風貌のスパイが窮地に追い込まれるが、というごく短いお話。分量の少なさ、展開の早さが不自然な部分をカバーして、こちらが予想する前に話を落としてくる。切れの良さでは本書一か。

「天からの一撃」 魔力による殺人か、という不可能犯罪もの。手掛かりには乏しいものの、なかなか印象的なトリック。関係者の証言に引っかかる部分を残してしまっているのがマイナス。

「ガラスの橋」 ミステリ作家の手による、人間消失を絡めた犯罪。トリックのスケールと、喚起されるイメージが独創的であります。やはり、この作品がひとつ抜けている。

「住所変更」 プロットの大まかなアイディアは他にも例がありそうだけれど、謎とその解決がきちんと仕込まれているのに感心しました。

「消えた乗客」 走行中の列車内で起きた殺人事件と、消失した犯人。手掛かりが後出しなのは残念だけれど、展開の奥行きに加え、真の探偵役についてのミスリードが心憎い。

「非情な男」 ごく短い、クールなクライム・ストーリイ。短い分、アイディアの古び方が作品の古さに結びついてしまっていると思う。まあ、こんなものも書けていたのだ、と。

「一つの足跡の冒険」 侵入不可能な敷地の中で起こった事件で、死体のそばには二挺の拳銃が落ちていた、というもの。トリックは冗談みたいなものだが、シャーロック・ホームズのパスティーシュとしては上々かも。

「三匹の盲ネズミの謎」 ジュヴナイルとして書かれた80ページほどある中編。フーダニットと暗号物を合体させた、探偵親子が活躍する作品です。強引なところはあるのですが、読み物としてはうまくまとまっている。


全体にそれほど強烈な読後感のものはないのだけれど、どれも軽快に読める上、マニア的受けするような持ち味があり、意外性に工夫がされているのが良いです。特に気に入ったのは「マニング氏の金の木」、「真夜中の訪問者」、「消えた乗客」あたり。
あと、不可能犯罪を扱った作品が多いのだが、使われているトリックは人工性の強いものばかり。それがファンタステイックな情景の中にうまく生かされたのが「ガラスの橋」ということなのだろう。

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