2014-05-01
杉江松恋・編「ミステリマガジン700【海外篇】」
創刊700号記念アンソロジー、ということでミステリマガジンに翻訳が掲載されたものから16の短編が選ばれています。作家陣の顔ぶれの何と豪華なことよ。
作品の選択基準として、日本での単行本に採られたことがないというのがあって。落穂拾いなものになってはいないか、という懸念も持ちつつ取り掛かったのだけれど。
A・H・Z・カー「決定的なひとひねり」 冒頭で、ある男の妻が人を殺したことが告げられ、以降はそれがどのように行なわれたかが語られていく。
抑制を利かせた会話を通じて、心理の機微を(適度な意外性を交えながら)描き、非常に緊張感と説得力のあるクライムストーリー。
シャーロット・アームストロング「アリバイさがし」 引っ越してきて間がなく、知り合いもいない老嬢が強盗の容疑をかけられてしまい、アリバイを証明してくれる人物を探してまわる、というお話。
ミステリのルーティンからはずれた展開のうちに、キャラクターが浮き彫りになっていく面白さ。スマートにまとめた解決も好ましい、チャーミングな一編。
フレドリック・ブラウン「終列車」 これはミステリなのだろうか? ファンタジーであっても、あるいは普通小説としてもおかしくはない。形容は難しいけれど、とてもこの作者らしい作品ということは確か。稲葉明雄の訳文も素晴らしい。
パトリシア・ハイスミス「憎悪の殺人」 郵便局員アーロンは同僚たちを一人ひとり殺していくことにした、のだが、なんか変だぞ?
ハイスミスにしては軽め、けれどキャラクターの歪み方といい展開といい、充分にそのテイストは感じられる一作。
ロバート・アーサー「マニング氏の金のなる木」 銀行の金を横領していたマニング青年は、とうとう銀行に目を付けられたことを悟る。逮捕は受け入れるが、金はどこかに隠しておいて、出所したときに有効に使えるようにしておきたい。そんなマニングの前におあつらえ向きの隠し場所が現れた。
いわゆるスリックマガジンに載っていそうな洒落た作品。明るくてユーモアがあり、ちょっとしたツイストも。
エドワード・D・ホック「二十五年目のクラス会」 ホックのレオポルド刑事もの、というわけで。ここまではクライムストーリーが主でありましたが、これはシリーズキャラクターを使ったフーダニット。
些細な齟齬から導き出される推理は手堅いものですが、記憶の中にある光景、それが持つ意味の逆転が巧く決まっています。
クリスチアナ・ブランド「拝啓、編集長様」 ブランド自身が編集長に宛てた手紙で始まる、異様な心理サスペンス。
この作家としては平均的な出来に思えるが、それでも面白いな。我が国で出されている2冊の短編集に入っていない作品も、どこかでまとめて欲しいものであります。
ボアロー、ナルスジャック「すばらしき誘拐」 少しひねったシチュエーションにおける誘拐物。
シンプルなアイディアストーリーであって、この作者のものをいくつか読んでいれば結末の方向はある程度見えてしまうのだが、それでもフランスもの特有の唐突さ・変さが楽しい。
シオドア・マシスン「名探偵ガリレオ」 短編集『名探偵群像』の続編、として差し支えないか。ガリレオ・ガリレイが挑む不可能犯罪の謎。
時代背景やキャラクターとミステリとしての絡みをしっかりと構成しつつ、あくまで軽い読み物として仕上がっているのが良いかと。
ルース・レンデル「子守り」 ベビーシッターの女性が巻き込まれていくねじくれた運命。
ありがちかもしれないが「もしあのとき~でなければ」の使い方が巧い。突き放したような結末も凡百ではないですな。
ジャック・フィニイ「リノで途中下車」 一ドルほどカジノで遊んでみよう、そう思っていた男がギャンブルの引力に巻き込まれていく。
作中で描かれているゲームはよく分からなかったのだが、思わず感情移入させられてしまう。ささやかな物語、けれど迫力は充分。
ジェラルド・カーシュ「肝臓色の猫はいりませんか」 奇妙な味、を一席。
ピーター・ラヴゼイ「十号船室の問題」 題名が示すようにジャック・フットレルへ捧げられた作品。
タイタニック号に乗り合わせたフットレル自身が登場するので当然にして歴史ミステリなのだが、倒叙ミステリの要素もある。そういったように趣向は凝りに凝っているものの、出来はそこそこかも。
イアン・ランキン「ソフト・スポット」 刑務所で手紙の検閲官をしている男は、収監されている大物の悪党の妻に惹かれていくのだが・・・・・・。
順番に読んできて、この作品でキャラクター、仕掛け、オチがいきなり現代的なものになるな。
レジナルド・ヒル「犬のゲーム」 ダルジール&パスコーものです。
推理の物語ではあるけれど、アタマからケツまで人を喰ったようなユーモアに支配された、いかにも英国的な作品。
ジョイス・キャロル・オーツ「フルーツセラー」 家族の秘密に接してしまった不安を描いた一作。
メインストリームの作家には筋違いなんだろうけど、ミステリにしては飛躍やユーモアが不足しているように思った。小説としては凄くいいな。特に、秘密が隠されているフルーツセラーのイメージが絶品。
必ずしも各作家のベストが揃っているわけではないのだろうけど、そこそこ高いレベルのものが集められてはいるかと。
個人的にはひいきのブランドを別にすると、ブラウン、フィニイが良かった。ブラウンは短編集を読み直してみたくなったな。
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