2024-02-18
鮎川哲也「竜王氏の不吉な旅」
バー「三番館」のバーテンダーが謎解きをする作品集、その光文社文庫版の一冊目。作品は発表順に並べられているそうで、本書はシリーズ最初期、1972~74年 のものがまとめられています。
収録されている作品には中編といってよいボリュームのものが多く、謎が複数用意されていたり、プロットに捻りがあったりで単純なものはない。バーテン氏は一から十まで絵解きするわけではなく、探偵の手の届かない部分にヒントを与える、という役回り。足で稼ぐ捜査小説と頭の切れる素人探偵ものの面白さをミックスしたような味わい。
「春の驟雨」 殺人事件の犯人の目星は付いているのだが、アリバイがある。また、絞殺された死体は何故か浴槽に沈められていた、というホワイダニットという、大きな謎が二本立てになっている。解決されてみるとそれら謎がちゃんと繋がっているのが良いです。単にアイディアを詰め込んだわけではないのだ。
アリバイ崩しに苦心惨憺するところは鬼貫警部ものと共通するテイストですが、犯人陥落の際の切れ味はなかなかの恰好良さ。よく考えると都合が良すぎるところもあるのですが。
「新ファントム・レディ」 タイトルが示すように古典『幻の女』のシチュエイションに挑戦した作品で、ボリュームたっぷりの一編。容疑者にされてしまった男は何故、その店の店員や常連客たちに覚えられていないのか。そして真犯人は誰か。
探偵による聞き込みで重要な点が明らかになる展開は、これも鬼貫警部ものを思わされる。最大の謎はまあ、想定の範囲でしょうか。バーテンの推理も、たまたま知識があったから、という感じ。
もっとも中編といっていい分量を、ツイストの利いたプロットで面白く読まされたのは確か。
「竜王氏の不吉な旅」 がっちりとしたアリバイ崩しもの。探偵の活躍によって鉄壁と思われていたアリバイが徐々に解かれていく過程が、やはり鬼貫ものに近いテイストなのですが充分に面白い。
最後の最後に残されたありえない謎がすぱっ、と落とされる切れ味も素晴らしく、表題作とされるだけのことはある読み応えです。
「白い手黒い手」 シンプルなアリバイ崩しと見えて実は、という中編。状況が大きく変化するきっかけはちょっとした知識が必要なものだ(わたしは知りませんでした)。また、タイトルになっている謎、その手掛かりにも人によってはピンとこないものがあるか。
この作者の他のシリーズではできないような形で事件を決着までもっていくのだが、それも証拠が弱いからでは。
「太鼓叩きはなぜ笑う」 倒叙もののような導入だが、バリバリのアリバイ崩し。
犯人によるトリックは手が込んでいて、ちょっと見当が付かないだろう。しかし、無理筋じゃないの、と思われる犯罪計画の細部がバーテン氏によってしっかり詰められていくのは流石であります。
「中国屏風」 起伏のあるプロット、謎のありかたがなかなか確定しないことで読ませられる。
ひとつの気付きからがらり、と事件の様相が変わっていく展開が素晴らしい。ロジックの面白さでは一番、好みです。
「サムソンの犯罪」 物語の導入が凝っていて、アリバイがあるはずなのにそれを主張できないという逆説がよいです。
捻った真相はカーにもあったような趣向なのだが、好みは別れるだろう。この作品も手掛かりの気付きが肝であり、そこからの展開が冴えている。安楽椅子探偵ものとしては、バーテン自身が最後を落とすこれが、一番完成されていると思いました。
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