2026-02-23
エラリー・クイーン「シャム双子の謎」
1933年長編。
山火事で孤立した屋敷を舞台にした、クローズド・サークルものであります。殺人事件の謎と、次第に迫ってくる自然の脅威の二本立てですが、ミステリとしてはクイーンの初期作品中でもかなりシンプルなほうだと思う。容疑者がはじめから限られ、その行動範囲も狭いのです。
一見、些末に見えるような細かな謎はいくつもあるのだけれど、メインとなるのはダイイング・メッセージの謎だ。
ダイイング・メッセージというのは解釈の恣意性が大きいので、せいぜい短編を支えるくらいの趣向だと思うのだが、ここではそれをひたすらこねくり回し、長編を成立させてしまっている。メッセージの意図に対して鮮やかな解釈を披露しながら、そこから更なる展開を見せ、終盤では他の国名シリーズ作品に登場するヨードチンキや靴紐に伍するような、「ここまでわかるのか!」と思わせる推理がなされるのだ。ここがクイーンならではの快感であって、よそではなかなか得難いものなのだな。
推理以外の要素があることで、全体におけるミステリ純度としてはこれ以前の作品より薄くなっているのですが、それによってクライマックスにおける謎解き場面がひときわ印象的なものになっているのだから、文句はない。
本書の帯には「〈国名シリーズ〉最大の異色作登場!」とあるのですが、中期以降の作品に通ずるテイストもあるな、などと今回読み返していて感じました。
以前はそれほどでも、と思っていたのだが、いや、やはりこれも力作ですな。
2026-02-10
Chris Montez / The More I See You/Time After Time/Foolin’ Around/Watch What Happens
クリス・モンテズが1966~68年の間、A&Mレコードに残した4枚のアルバムをひとまとめにした2CD、英BGOからのリリースです。
これらのタイトル、全て我が国では1990年代からCD化されていて、うち3枚に関してはステレオ+モノラルの2ファーでも出ていたくらいですが、英米ではアルバムごとの形での再発は(配信を除けば)これまでされてこなかったのではないかな。
今回のものはデジタル・リマスターと書かれていますし、エンジニアのクレジットもされていますが、ソースについての情報は記載されてはいません。A&Mレコードはオリジナル・マスターを廃棄してしまっていたと、かつてスティーヴ・ホフマンが書いていたし、その後には(A&Mを吸収した)ユニヴァーサルの倉庫火災などもあったわけですが。
試しに、今回のものと、2014年の日本盤とを軽く聴き比べてみたところ、そんなに差は感じませんでした。意外にも音圧は邦盤の方が控えめですね。既にバラで揃えていたら、買い直す必要はないかも。
音楽のほうはハーブ・アルパートやトミー・リプーマ、ニック・デカロら制作によるラウンジ・ジャズ・ボーカルというかイージー・リスニング的ポップス。当時のヒットソングからミュージカル・スタンダード、ブラジル産のボサノヴァ曲まで、どれも同じスタンスで処理していくのは、まさしくプロの仕事であります。瀟洒この上ないアレンジと演奏は、昼寝のお供にまったり聞き流してもいいのだが、ときどき極上の仕上がりのものが混じっているので侮れない。
クリス・モンテズさんのボーカルは、下手くそに聴こえる寸前まで可能な限り脱力しているようで、クルーナーといえばそうなのかな。
4枚通して、基本的なサウンドの傾向は変わらないのだけれど、後のアルバムほど落ち着いた印象を受けます。個人的には1966年に出たはじめの2枚のほうが、躍動感もありポップスとしてはいいかなと。
同じ路線でも3枚目あたりではテンポも緩やかに、ストリングスが幅を利かせる曲も出てきます。
でもって、4枚目「Watch What Happens」になると、それまでいい味付けになっていたラテン風味が払拭され、ぐっとアダルトに。この頃には米国におけるセールスは振るわなくなっていたのだけれど、日本で当たったのはこのアダルト路線の自作曲 "Nothing To Hide" なのだな。マイナー・キーのいかにも昭和歌謡で今聴くとなかなかにトゥー・マッチ、邦題も「愛の聖書」とそれっぽい。また、このアルバムでは、映画「シェルブールの雨傘」から2曲を取り上げているのだけれど、うち "I'll Wait For You" のアレンジがなかなかに恰好いい。相当に色んなひとが取り上げている曲であるけど、このアイディアはオリジナルなものなのかしら。
ところで、シングルB面でアルバムに入らなかった曲もあるのだけれど、それらは雰囲気が違う上、たいしたことがない出来なので気にしなくていいよね、と思っていたのだが。
今回ちょっと調べてみたら、1967年のシングル曲 "Twiggy" (そう、あのツイッギーね)はディスコグラフィにはあるけれど、コンピレイション等には入っておらず、Discogsにもエントリーが無い。どこかで聴けるのだろうか。
2026-01-21
アンソニー・ホロヴィッツ「マーブル館殺人事件」
昨年英国で出された、スーザン・ライランド&名探偵アティカス・ピュントもの新作長編。
前作ではギリシャに移住していたスーザンは、結局ロンドンに戻りフリーランスの編集者として働くこととなった。スーザンって55歳なんだな、結構大変。
で、彼女にオファーがあった仕事、それはアティカス・ピュントを主人公とした作品、その新作を担当することであった。ピュントのシリーズの作者、アラン・コンウェイはすでに亡くなっている上、シリーズそのものも完結しているのだが、出版社の発案で別の作家による続編が書かれることとなったのだ。
その作品「ピュント最後の事件」でありますが、ピュントが不治の病によって、余命が限られてしまっているところはアガサ・クリスティのポアロもの『カーテン』のようですし、ピュントと旧知の人物はオリヴァ夫人のようなキャラクター。また事件の導入には『もの言えぬ証人』を想起させるところがあるなど、かなりのクリスティ度を感じさせます。子供の設定はクイーンのあれかな、という気もしましたが、その子も容疑者としてカウントされているので違うか。
なお、物語のはじめの段階では「ピュント最後の事件」はまだ完成しておらず、書かれたところまでの原稿をスーザンがチェックするという体裁になっています。
一方で、現実世界のパートは読んでいてちっとも楽しくない。スーザンは人と会っているところではずっと気詰まりな思いをしているか、緊張感を覚えているようである。それでいて自らトラブルに首を突っ込んでいるのは明らか。そもそもこいつが一番厄介なやつなんじゃないか、とさえ思えてくる。この作者の別シリーズ「ホーソーン&ホロヴィッツ」ものにおけるホロヴィッツと同じじゃん。
その内に殺人事件が起き、案の定、スーザンはそれに巻き込まれていくわけです。ここからさらにひどい目に合っていきます。
いつもながらピュント作品の部分はウェルメイドの良さがあって、愉しいです。謎解き場面に関しては今までのピュントもので一番よくできているのでは。クリスティ流の仕掛けを使いつつ、ただなぞるだけではない、捻りのあるものになっています。手掛かりは不十分ですが、そこはそれ。
外側である現実パートもミステリとしてかなり作り込まれていて、フーダニット以外にもいろいろと盛られています。スーザンが事件を調査していくうちに、自分が始めからある種の駒として取り込まれていたことに気付く展開など、奥行きがあって良いです。
そして、こちらの解決編も意外性に富み、伏線の回収の快感で読ませるものです。例によって証拠は後出し気味だし、余詰めへの配慮もまるでないのですが、それまでの苦難が嘘のように都合よく進んでいき、ドラマにもうまく嵌っています。また、これまでのシリーズ二作では作中作の内容と現実事件の結びつきは、正直弱かったと思うのですが、今作ではそこが工夫されているかな、と。
終わってみれば作中作、現実パートともによく考えられたミステリでした。
しかし、個人的にはあまりにストレスを感じる場面が多く何度も中断、読み終えるのに随分かかりました。作中作の部分だけを独立させて売ってくれないものか。
登録:
コメント (Atom)


