2019-02-11

Utopia / Deface The Music


トッド・ラングレンのユートピア、1980年のアルバムはビートルズのパスティーシュというかオマージュというか、そういうもの。
しかし、改めて聴いてみるとメロディやアレンジはともかく、楽器の音色やミックス等、サウンド面からはそれほど似せようという意識は感じないですね。鍵盤とか嘘みたいだ。トッド・ラングレンはソロの「Faithful」で'60年代の有名曲のコピーを披露しているので、もっとやろうと思えば出来たはずですが。ソロとグループの違いでしょうか、マニアックな楽しみよりダイナミズムを優先したのかもね。

このアルバム、ビートルズの音の変遷をたどるような構成になっていて、初期ビートルズを意識した曲では、なるほど、それっぽいなあ、と思うわけですね。けれど、アナログB面にあたる後半のほうになると、別にビートルズ云々がなくても楽しめるポップソングも多いんですよ。"Hoi Poloi" なんて後のジェリーフィッシュみたいだし、"Always Late" はビートルズよりもスタックリッジに近いんじゃないかな。また、サウンドでいうと "Feel Too Good" はXTCの「Skylarking」のそれと共通するものがあります。

判りやすいかたちでのトッドらしさは希薄なのですが、実のところ多岐にわたるユートピアの音楽の中で、個人的にはこのアルバムが一番肌に合うのですね。

2019-02-09

アンソニー・ホロヴィッツ「カササギ殺人事件」


舞台は1955年の英国。病気により余命2、3ヶ月となった名探偵アティカス・ピュントは残された時間を静かに送るため、もう事件の依頼は受け入れないつもりでいた。しかし、田舎の小さな村からロンドンまではるばるやってきた若い女性の相談──婚約者が自分の母親を殺したという疑いの目で見られている──に、つい耳を傾けてしまった。


昨年、一番話題になった翻訳ミステリなので、とりあえず読んで見た。結論からいうとわたしはそれほど感銘を受けなかったのです。

ます、アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』なんですが、こちらはオーソドックスなフーダニットとしてとても楽しく読めました。
最初の事件の真相はまあ、見当が付きやすい(というかクリスティのパスティーシュならこうなるだろう、という)もの。
そして第二の事件のほうなのだが。なるほど過去にあった出来事を読み解くことで現在の事件の構図が明らかになる、というのはいかにもクリスティらしい趣向ではあります。解決編のプレゼンテーションも良い。まず、ひとつひとつはそれほどでもない伏線を、しかし大量に回収していく。見事ではあるけれど、これらはまだ、そうであれば綺麗に収まる、というレベルにとどまるもの。だが、最後になって些細だけれどこうでしか説明できないという事実を出してくる。これにより、全体がびしっと締まりました。
純粋に謎解きだけをとればクリスティの水準作を上回っていると思います。ただし、ストーリーテリングやパズルがドラマを生み出すという点ではそこまではいかないかな。

一方で作中の現実パート、小説『カササギ殺人事件』をめぐって起きる事件のほうは、まあそこそこというか。こちらの登場人物が作中作のモデルになっていたりするので、事件の手掛かりも作中作に忍ばされているのではないか、とわたしは勝手に思ってしまったのだ。
このパートの仕掛けとしては遺書のトリックがメインだと思うのだが、いくら何でもヒントを出し過ぎである。ああ言われれば読み返すし、読み返せば気付くよ、そりゃあ。
あと、犯人はそもそも結末だけでなく原稿全体を抹消してしまえばよかったんじゃないの、と考えたのですが、どうかしら。

悪くはないけれど、期待し過ぎたのかなあ。上巻を読んでいるときはなるほど、これはいいぞ、と思っていたのだけれど。

2019-01-27

Classics IV / Spooky/Mamas And Papas Soul Train/Traces/Song


昨年の暮れに英BGOよりリリースされたクラシックス・フォーの2CD。1968~70年にかけてImperialおよびLibertyから出た4枚のアルバムをまとめたものであります。
彼らの場合、コンピレイションはいくつか出ていたのだけれど、なぜかオリジナルアルバムの形でのリイシューは(怪しいものを除けば)これまでされてなかったので、これは待たれていたのではないかしら。


ファーストの「Spooky」はタイトル曲がヒットしたことを受けて急造されたのか、その "Spooky" を除くと、それほど大したことが無い。オリジナルと有名曲のカバーが半々で、中ではスタンダードの "You Are My Sunshine" のファンキーな仕上がりがユニークというか何と言うか。ボーカルはジェイムズ・ブラウンの物真似だし。一方、オリジナルの "Poor People" は純然たるハリウッドポップ。この曲や次の "Book A Trip" なんて聴くと、やはりスタジオ・ミュージシャンの演奏だよな。
他にはデニス・ヨスト以外のメンバーがリードボーカルを取っている曲もあって、まだスタイルがまとまっていない感じがします。

セカンド「Mamas And Papas/Soul Train」になるとオリジナル曲が中心になり、プロダクションもしっかりしたものに。全体にソウル色を感じさせるアレンジ、歌唱が聴けるものが多く、特にスロウの "I Pity The Fool" など堂々としたものだ。ヒットした "Stormy" でのエレクトリック・シタールの使用もソウル的な流行から考えればしっくりくるな。また、わざわざ "The Girl From Ipanema" までファンキーに料理しているのだが、これが悪くないのだ。
ソングライティングの面では "24 Hours Of Loneliness" あたりに洗練というか、よりポップな方向へ向かう兆しが見えています。

1969年に出たサード「Traces」はぐっとミドル・オブ・ザ・ロードな方向へシフトした内容。ストリングスも入って、ロックバンドらしさは薄くなっていますが、その分ポップスとしては迷いがないとも言えます。アルバム4枚のうちどれか、といえばやはりこれになるかな。中ではトミー・ロウの "Traffic Jam" が軽快なサンシャイン・ポップであって、特に好みですね。

翌年の「Song」はImperialの親会社であるLibertyよりリリース。ジャケットにあるのはデニス・ヨストの顔だけであり、ヨストの名前がグループ名より大きく記されています。
音楽のほうはゴージャスなオケをバックにソロシンガーがしっとりと唄い上げる、という感じで、ときおりB.J.トーマスあたりに近い印象も受けます。全体に曲の粒は揃っていると思うのだけど、個人的にはやや落ち着き過ぎかな。都会的な面を強調した "Midnight" や、ブルー・アイド・ソウルとして聴ける "Pick Up The Pieces" なんていいですけれど。


ヒット曲だけ取ると似たようなものばかりながら、アルバム単位で聴くと短い期間のうちにも音楽性にはある程度、変遷があるのが感じられます。その初期においてはバンドとしての雰囲気を残していたのが、最後にはデニス・ヨストのソロといってもいいようなムード歌謡になっていくという。
あと、ライナーノーツを読んで知ったのですが、大ヒットシングルをいくつも持っているわりには、これらのアルバムはさっぱり売れなかったようであります。そういったところもリイシューが遅れていた理由かもしれませんね。

2019-01-03

Johnny Mandel / M*A*S*H (original soundtrack)


1970年のいわゆるニュー・シネマ、そのサウンドトラックであります。映画のほうは昔テレビでかかったときに一度見たことがありますが、あまり印象が残っていない。個人的に良く覚えているのはテレビドラマシリーズのほう。もっと思い入れがあるのはリチャード・フッカーの原作小説ですね。

この盤はいかにも古い時代のサントラらしく、劇中のダイアローグが盛り込まれているのですが、曲中にも会話が割り込んでくるので、純粋に音楽を楽しむにはあまり向かないのです。ジョニー・マンデルによる劇伴曲のほか、日本の古い歌も入っていて面白いのだけれどね。

テーマ曲は "Suicide Is Painless" で、さすがにこれは余計な邪魔もなく聴けます。パセティックなフォークロック調の曲で、レターメン風の男声ユニゾンがハーモニーへと変化していくさまが美しい。歌っているのはベイラー兄弟らL.A.のセッションシンガーたちで、まあ、聴き所というとこの曲に尽きるのですが(シングル盤も良く売れたそう)。さて、ここからが本題。
1973年にアーマッド・ジャマルがこの曲をカバー、シングルでリリースしている。リチャード・エヴァンズがアレンジを手掛けたこれがえらく格好いいジャズファンク。翌年のアルバム「Jamalca」にも収録されているらしいのだけれど、これが全く再発の対象にならないのだ。
ところが、このジャマルのヴァージョンが「MASH」のサントラ、その1973年の再発盤でコーラス・ヴァージョンの代わりに収録されたのだから妙な話。現在出回っている「MASH」の廉価版CDでもボーナストラック扱いで聞くことができるのは非常にありがたいのだが、サウンドの質が全く異なるのでなあ、「Jamalca」も出してよ、とは思う。

2018-12-22

G・K・チェスタトン「奇商クラブ」


1905年発表、チェスタトンのキャリアでも初期の連作短編集、その新訳。
タイトルの奇商、というのは原題では「Queer Trades」で、奇妙な商売ってことである。入り組んだロンドンの市街に存在するという会員制の「奇商クラブ」、その入会条件はこれまで誰もやっていないし、既存のものの応用でもない商売で生計を立てている、というものだ。
物語の中心となるのは発狂した元判事のバジル・グラント。彼の友人である語り手と、半ば趣味で探偵をやっているグラントの弟がその他のレギュラー・キャラクターである。

各編において、どのような商売がひそかに営まれているのか、というのが読者にとっての謎ではある。しかし、作中人物たちはそういったことについては意識していないのだ。犯罪を匂わせる奇妙な事件に首を突っ込んで(あるいは巻き込まれて)いるうちに、お話のなりゆきでその商売が明らかになるという構成である。それぞれの真相は趣向を凝らしたものだが、グラントがどうした過程を踏んでそこに辿り着いたかは説明されないので、謎解きの興趣は薄い。
一方で、陰惨な事件は起こらないので、読後感は明るい。その奇抜な展開も逆説として捉えるより、ユーモア小説のそれと受け止めたほうがお話としては飲み込みやすい。

収録された6作のうち、前半の3作がそのへんてこな商売や愉快なプロットでストレートに読めるものになっている。後半になるとチェスタトンならではの世間離れしたロジックが出始めていて、「おお、来たな」と思わされるのだが、チェスタトンの作品に親しんでないひとが読んだらわけが判らないかもしれない。
中では、「牧師さんがやって来た恐るべき理由」が特に良いです。馬鹿馬鹿しいお話にリアリティを持たせる説得力のある語りが魅力的。実に人を喰った展開も楽しい。

チェスタトン流〈日常の謎〉というか。これもチェスタトンしか書けない類のお話ですね。軽めではあるけれど、面白かった。

2018-12-16

The Reflections ‎/ Love On Delivery


ニューヨークのボーカルグループによる唯一のアルバム、キャピトルからのリリース(1975年)。プロデュースはJ.R.ベイリーと彼の「Just Me 'N You」に大きく手を貸したケン・ウィリアムズ。アレンジは全10曲中6曲がメイン・イングリーディエントを手掛けたバート・ディコートーで、4曲がホレス・オットー。
このグループはシングルが一曲、R&Bチャートでトップテンに入っただけの存在なので海外ではさほど人気はないのでしょうが、ここ日本に限っては何度かリイシューがなされてきました。
ボーカルグループとしてはハスキーなハイテナーのリードが特徴的です。熱っぽく、ラフな歌声は端正なバックとのコントラストで良く映えています。

ニューヨーク録音であっても、音のつくりはフィリーを強く意識したもの。特にミディアム・ダンサーでそれが顕著で、オープナーの "Day After Day (Night After Night)" なんてまるっきりスピナーズだし、"Telephone Lover" なんて歌いまわしもフィリップ・ウィンだ。時代的にややディスコ入りかけであって、個人的な好みのサウンドからは少しずれているものの、まあ相当に良く出来ています。

作曲は全体の半分がプロデューサーのベイリーとウィリアムズによるものですが、あと半分はリフレクションズのメンバー自身によるオリジナル。後者でもスロウの曲にはいいものがあります。"Now You've Taken Your Love" はサビ終わりの転調が洒落ていて、コーラスのトップがファルセットになるところなどたまらない。同じくスロウの "One Into One" もオーソドックスでありながら雰囲気たっぷり、実に聴かせる出来栄え。ミディアムでは "Are You Ready (Here I Am)" のイントロのつくりや、歌のバックでリズムがストップするアレンジが印象的で、よく考えられていると思う。

ベストとなるとやはり "She's My Summer Breeze"。これだけが陰影の深いニューソウルといった趣で空気感が違う。まあ、もろ「Just Me 'N You」の音世界なのだが。

2018-11-25

Hugo Montenegro / Lady In Cement


フランク・シナトラ主演の私立探偵もの映画「セメントの女」(1968年)、そのサウンドトラック盤。リイシューは2002年に英Harkitから。ボーナストラックとして別テイクが二つに出演者のインタビューが入っております。
Harkitという会社、評判は必ずしもよろしくない。音源がアナログ起しだったり、他社から限定で出ていたもののコピー臭かったり、あるいは権利をクリアしていないものを発売していたり。しかし、レアなタイトルを持ってくるので、なかなかに悩ましい。
この「Lady In Cement」も他所はどこも手を出してこなかったのだ。音質のほうはそこそこで、我が国の紙ジャケリイシュー専門の会社とどっこいってところ。

音楽そのものはとても良いのです。11曲中3曲は古い映画の挿入歌で、甘いムードのものでもしつこくなく、さらりと仕上がっているのは流石。そして、残りは全てヒューゴ・モンテネグロ自身のオリジナル。サスペンスを掻き立てるような都会的でジャジーなものや、いかにも'60年代らしい軽やかで優美なラウンジ調、荒々しいアップ(ハル・ブレインが大活躍だ)などさまざま。いずれもカラフルな音使いが楽しい。
中でも特に良いのが、ベイラー兄弟と思しい男声スキャットが涼しげな2曲。テーマ曲 "Lady In Cement" ではハープシコードがクールな雰囲気を強めているようで実に効果的だし、"Tony's Theme" でのバカラック的な管アレンジも洒落ている。こういうのばっかりだと、また飽きてくるのだろうけれど。

アレンジを生業としていたプロにとっては、さまざまなジャンルなど素材のひとつに過ぎないわけで。その自然な加工っぷりが音楽家としての大きさを示しているようで格好いい。
サントラやイージーリスニングには巨大な実験場としての面もあったのではないか、などと考えてしまった。